エイプリルフールの手紙 心得その一:本当のことだけを
嘘の日、ということで、嘘にまつわる頭の中にしまっていた話を形にしようと書き始めました。
よろしければお付き合いください。
今日は4月1日。
僕が一年の中で一番嫌いな日だ。
だって、今日はどんな嘘をついても許される日なんだぜ?
幼い頃から「正直・誠実・清貧」をモットーに育てられた僕としては、受け入れたくない習慣なわけ。(最後の清貧ってやつはウチが極貧貴族の家庭だからってわけじゃないぞ、決して!)
だから僕は毎年3月31日の夜10時を超えた時から心の準備をするんだ。
どんなことが言われようと、いや言われること全てを信じてはいけないって。
そんな僕に朝、王宮から手紙が届いた。
ほーら来たよ、早速。
わざわざ僕なんかを騙すために手の込んだことするなぁ。封だって王宮で使われているものじゃないか。
使いから受け取って手早く確認しながらそう思った。書類仕事には慣れている。
一応僕だって貴族の端くれだ。
16歳になった去年から王宮に仕官を始めている。といっても、文官の下っ端の下っ端で毎日毎日雑用の日々だけれど。
こんな悪戯を仕掛けてくるのは同期のルイスかも・・・いやあいつかな?
なんて知り合いの顔を一人ひとり思い浮かべながら封を開ける。
中に入っていた紙はとても上質なもので、透かしまで入っていた。
え・・・?
ここで僕の鉄壁の心が揺らぐ。
僕の予想なら、ここで『残念でした。April Fool’s Day』なんて書かれた紙が入っているはずなんだけど・・・。
くそ、どこまで手が込んでいるんだ。
何が書いてあろうと驚かないぞと、再び覚悟を決めて手紙を開いた。
仕事で鍛えた速読でザッと目を通す。
「・・・はぁぁぁぁ?!」
再度塗り固めた鉄壁は呆気なく粉砕。
思いっきりすっとぼけた声を上げてしまった。
手の中の手紙を握り締める。
「ナニコレ。嘘だよね?これ。ホントのはずないよねぇぇ?!」
「うっさいぞ。セイン。朝っぱらから騒ぐな、鬱陶しい」
後ろから頭を結構な力で叩かれた。
玄関口で騒いでた僕も悪いけど、いきなり叩くって・・・。
「痛ったぁ・・・。ルイン兄さんやめてください。たんこぶでもできたらどうするんです。もう、馬鹿力なんだから」
「馬鹿力とは何だ、ああ?」
「いぃ痛い痛い!締まる締まってる!」
ヘッドロックも掛けられてしまった。
本人は軽くやってるつもりなのかもしれないが、軍人として頭角を現していると評判の筋肉馬鹿だから僕は軽く意識を失いそうになる。
阻止するために腕を叩いてやめさせた。
普段は一応(礼儀にうるさい家庭なので)敬語を使ってはいるが、歳の近いこの兄に対してはこういう時は砕けた口調だ。
「ふん。このもやしっ子め」
「う、うるさいな。僕には剣より学問の方があってるだけです!」
顔が赤くなる。
実は全然剣術ができないのが僕のコンプレックスなのだ。それを容赦なくつついてくるのがこのルイン兄さんだった。
「・・・で?何を一体騒いでいるんだ?」
「この手紙です。悪ふざけにしてはタチが悪すぎですし、かと言って本気で僕宛にこんなものが来るとも思えません」
そう言って僕は手紙を手渡した。
それを僕よりずっと遅い速さで読み進めるルイン兄。
僕は手紙の内容を思い返した。
端的に言えば、秘書にならないかというお誘い。
しかもその相手が第4王子のミヒャエル・ベーレンツ殿下。
流れるような達筆の本文の最後には、これまた綺麗な署名入り。
王子殿下の秘書だなんて、なりたくてなれるもんじゃない。
しかも極貧、ゲフンゲフン慎ましく毎日を過ごしている下級貴族の、仕官したてでペーペーのペーペーの僕がなんて。
そういうのは王子殿下のご学友とか、そうでなきゃ位の高い貴族とかがなるものなんだ。
うん。やっぱりこれはなにかの間違いだ。
一人で納得していると、ようやく読み終わったらしいルイン兄が顔を上げた。
「・・・あー、これな、セイン」
「やっぱり、何かの間違いですよね?」
短くかりあげた頭をガシガシ掻きながら、気まずげに目をそらすルイン兄。
なんだろう。はっきり言わないなんて珍しい。
「兄さん?」
「これ、この手紙な」
「はい」
「本物だ」
「えええ?!」
「だけどな。この第4王子ってのが曲者でな。噂で聞いたことがあるんだが、『嘘つき王子』っつー渾名があるらしいんだわ」
「嘘つき王子・・・ですか」
嫌な渾名だ。これがその渾名通りの人物だとしたら最悪。好きになれそうもないぞ。
いや、王族だからってみんな好きにならなきゃならないことはないだろうけど。
でも国民にそう言われるってのもどうなんだ?
しかめっ面でもしてしまったのか、ルイン兄が更に言った。
「いや、この噂ってのも王宮内でしか流れてないみたいだけどな。・・・まぁ手紙自体が本物でも差出人が怪しいんだから、担がれてるだけなんじゃないか?」
「そうですね。僕もそう思います。・・・それにしても嫌な王子様ですね。臣下を嘘で担ぐなんて」
僕のセリフにルイン兄は苦笑した。
「おいおい、滅多なこと言うんじゃねぇぞ?ここがウチだからいいようなもんの、もし王宮なら不敬罪で拘束されても文句は言えねぇんだからな」
「僕は嘘は嫌いです」
「俺だって好きじゃねぇが・・・。お前の融通の効かなさ、ちょっと心配になるなぁ」
そう言って、僕の頭を乱暴に撫でた。
ルイン兄とは違ってある程度伸ばしている僕の髪は猫毛なので直ぐに絡まってしまう。
「ちょ、だから痛いですって!」
いつまでも僕を子供扱いするんだから。
「僕だってもう大人なんですからね!王宮でも立派に立ち振舞ってみせますよ」
「はいはい。楽しみだなぁ」