れいこく女
走る。ひたすら走る。息が上がる。呼吸が止まらない。肺が痛い。でも、走る。
現在進行形、俺は人も車も全く通りが無い、全くもって無音のビルがひしめく市街地を走り抜けている。辺りは月の光と街灯で多少照らされてはいるが、その何倍もの闇に覆われている為良く見えない。でも、逃げる。
あいつが……あの女が追いかけてくるから。
黒の長髪を前に垂らしている為顔は見えないが、雰囲気から察するとおそらく二十代のその女は、闇の中でも目立つ赤のワンピースに、対して闇に溶け込むような黒のハイヒールを履いて俺を追いかけてくる。
そんな格好のくせに速い。
だから路地を利用しながら逃げる。でも、二十メートル程ある距離は全く広がらない。
何故あの女が追いかけてくるのか、皆目見当が付かない。思い当たる節が無い。
でも、その手にナイフを持って俺を追いかけてくる。だから逃げる。
そんなことを、もう十分程続けている。
そろそろ、体力が限界を迎えそうだ。もうダメだ。
俺は覚悟して、路地の終わりの角を曲がり、座り込んでそこにあった看板の陰に隠れる。
女の足音が聞こえてくる。
心臓が高鳴る。
近付いてくる。
来るな。来るな。来るな!
途端、足音が消えた。
俺は耳を済ますが、何も聞こえない。
立ち上がって、路地の方を見てみるが、誰もいない。
どうやら諦めたようだ。
安堵の息を吐く。
そして振り返る。
――そこには、前髪の隙間から冷酷な目を覗かせた、女が立っていた。
というところで目が覚めた。
今日は確か、本を読みながら寝てしまったんだな。豆電球が点いている。
……なるほど。夢か。最近何度もこんなのを見てしまう。
全くもうやめて欲しい。背中が濡れて、シャツが張り付いているのが分かる。
はあ……。また。まただ。
この夢も――
俺の腹の上にいる、さっきの女も。
午前二時。毎日例刻にこの女は現れる。