そのよん。
「……で、何が聞きたいの?」
「全部です。何から何まで全部」
立ち話も何だからということで、俺達は近場の喫茶店にいた。テーブルにはコーヒーが二つ。
「見た目は普通の幽霊……普通の幽霊っていう表現が正しいのかは分からないけど、長い黒髪に白いワンピースで、青白い肌。目は虚ろだったな」
「他には? 幽霊が出てきた時間とか場所、言動などなど」
コーヒーを一口すすり、俺はあの時のことを思い出しながら話した。
「……なるほど、よく分かりました。上手くまとめられています」
「それはどうも有難う」
仁科の顔は真剣そのものだ。
「まるで推理小説に出てくる探偵みたいだね」
なんとなく、そんな言葉が俺の口をついた。仁科はそれを聞くと、少し微笑みコーヒーに砂糖を混ぜる。
「探偵ですか。っふふ、確かにそんな感じですね。でも私にはもう結末が見えています」
「どういうこと?」
「すべての材料が揃った、ということです。あの幽霊はこれまで度々目撃されていましたが、貴方達ほどアクティブに接触しようとした人はいませんでしたからね」
「となると、俺達が出会ったのはただの幽霊じゃないんだね。少なくとも、君には」
「ええ。話すと長くなりますが、あれは私を探しているんですよ」
「ふーむ……」
学校に現れた幽霊とそれを追う少女。古典的な展開ではあるけれども、なかなか面白い。「私の前にそれが初めて現れたのは、私がまだ幼稚園に通っていた頃でした。公園で遊んでいたら話しかけてきたんです。『あなたを連れていってあげる』と。そう言いながら手を差し出してきたんです」
俺のときと同じだ。
「私は、その手を取りました。その瞬間、頭の中に見たこともないような光景が浮かんできたんです。光り輝く野原、穏やかで暖かい陽射し、澄みきった空気、そよぐ風。どれをとっても素晴らしかったんです。でも、それ以来その幽霊には会えませんでした。周りの人に訊いても知らないっていうだけで。それからもあの光景が忘れられないんです」
俺はますます興味を惹かれている。見た目とはギャップが有り過ぎる幽霊。幽霊は何故そんな景色を見せる?
何故幽霊は仁科の前から消えた? 何故幽霊は今再び、よりにもよって高校の教室に現れた? 謎が多すぎる。
と言っても……。
「さっそく今日、行ってみようと思います」
仁科は嬉しそうに声を弾ませ、笑顔でそう言った。
「え……ちょっと待って、もう少し慎重に考えた方が良いんじゃない?」
「何故ですか? せっかくもう一度逢えたのに。それに、私はもう十年間考えてましたよ。何回も何回も、何回も何回も考えてましたよ。でも私は見たいんですよねぇ、あれが」
「……そう。そうだね」
仁科の十年にも及ぶ願望を止める術は、俺には思いつかなかった。
「お話、有難うございました。そろそろ帰りますね。あ、お金……」
「いいよ。払っとく」
店の前で仁科と別れ、俺は一人家路についた。
「……」
あの幽霊の結末について俺は敢えて伏せておいた。 遭遇したことを知っているならば結末も知っているだろう、ということ。
知らないとしても、俺が余計な事を言うべきではないということ。あくまで仁科と幽霊の問題だから。
そして何より、今の話を聞くところによるとただの幽霊騒ぎではない。幻覚を見せる幽霊なんて聞いたこともない。いくら美紗が強いと言っても、果たしてあの夜の戦いで完全に幽霊を倒せたと言えるのだろうか? と、確信が持てなかったということもあったからだ。
仁科のことが多少心配になったが、俺はそっちより自分を心配してやらなければならない。
俺は服の袖を嗅ぎながら「大丈夫かな……」と呟いた。