そのに。
「悠一、さよなら」
「え……」 そう言って美紗は、俺の元から歩いていく。
「おい、待っ……」
というところで眼が覚めた。
「……夢オチって、いつの時代だよ。まったく」
でも夢で良かった。もちろん美紗が俺から離れるなんてあり得ないけど。
ふう、とため息をついて俺は再び布団に潜る。
「ん?」
何かおかしい。いつもより生暖かいような、いつもより狭いような。
不思議に思って掛け布団をめくると、まるでそれが当たり前であるかのように美紗が寝ていた。
やれやれと再びため息をはき、美紗を軽く揺する。
「美紗、起きて」
「んん……おはよう」
美紗は赤いパジャマを着ている。加えて寝起きの呆けた顔。これはたまらない。
「ご飯、作るね」
美紗は呆けた顔のままフラフラとキッチンに行く。
俺は一応一人暮らしだが実際のところ、美紗が連日入り浸っている。自然、美紗の生活雑貨もかなりの数ここに揃っているわけだ。
着替えを済ませてリビングに行ったが、まだ朝食の準備は出来ていなかった。
「手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。もう少しで出来るから」
特にすることもないのでテレビをつけると、朝のニュースがやっていた。どこかの高校で男女の遺体が見つかったらしい。
「はい、お待たせ」
食事の支度を終えたらしい美紗がほほえみかけてくる。
「あ、なんかこの事件聞いたことある。二人とも拳銃で撃たれてて、手を繋いだまま死んでたんだって」
「ふーん……死んだら意味ないのにな」
「そうだね。さ、食べよう」
いつものことながら美紗の料理は美味だった。ああ、幸せ。
食器を片付けた後、美紗は唐突に真面目な声を出した。
「ところで悠一、私は納得いきません」
「うん? 何の事かな」
あえてしらばっくれてみる。
「昨日の、幽霊のこと。どうして私が退治しなきゃいけなかったのか」
「最初は幽霊なんて信じてなかったよ。単なる肝試しのつもりで。美紗はその、保険というか」
「結局、私が不愉快になっただけの気がする」
「悪かったと思ってるよ、それは」
「それでね悠一、駅前のショッピングモールでフェアやってるみたいなんだ。今日から」「……」
そして今、俺は両手に紙袋を持って駅前を歩いている。美紗は俺の腕にくっついているが紙袋を持ってくれそうにない。
「ねえ美紗ちゃん」
「なあに? 悠一くん」
「ちょっと恥ずかしい。ついでに歩きにくい」
「そんなこと言って離れようとしても駄目」「いや、そうじゃなくて……」
「仲が良さそうじゃねぇかお二人さん」
白々しい語り口で話しかけてきたのは、いかにも悪さをしていますというような感じの若者だった。しかも一人ではなく、数人の連れがいる。
「お?こっちの娘カワイイじゃん」
「男はいらねえよ。どっか消えろ」
「この男呆けた顔しやがって、マジ腹立つし」
まったく好き勝手な事を言っているが、俺は怒っていないしもちろん呆けているわけでもない。
「なに、こいつら」
美紗はまるで死んだ魚を見るような目で不良たちを眺めた。この不良たちに恨みは無いけれど、降りかかった火の粉は払わなくてはならない。
「美紗、こいつらは敵だ」
「そうだね。私の悠一に向かって生意気な口きいて」
「懲らしめてやりなさい。ただし包丁はナシで」
「かしこまり」
それから後のことは言うまでもない。幽霊すら倒すほどの実力だ、そこいらの不良に負けるはずがない。「終わったよ」
しばらくすると美紗が終了を宣言した。こういう時の美紗はいつも以上に晴れやかだ。
包丁は禁止したはずなのに不良たちは血だらけだ。対して美紗の服には、血どころか折り目ひとつない。「私達が外に出ると毎回誰かが話しかけてくるね。この前は芸能プロダクションだっけ? その前は確かカメラで撮影されて」
「みんなお前が目的だったけどな。その度に俺は嫉妬の嵐だ」
少し嫌味っぽくなってしまったが、彼女が評価されるというのは悪い気分じゃない。
「やっぱり家にいたかった?」
「うーん、美紗を独り占めしたいっていう気持ちはあるかな。でもまんざら悪いってことでは」
「私も同じ気持ちだよ!」
美紗が俺の言葉を遮る。不良たちはいつの間にか姿を消していた。
「私も悠一を独り占めしたいもの! いいえ、私の気持ちの方が強い!きっとそうだよ!」
「もしもし、美紗ちゃん?もしもーし」
「私、やっぱり悠一がいればいいの。そりゃお出かけできないのはちょっと悲しいけど、でもいいよね! そうと決まれば、いろいろ準備しないと」
「おい、美紗ー?」
「まず手錠、あと鎖、食料、服と……あ、トイレはどうしよう」
俺は美紗に気付かれないようにその場を立ち去ろうとしたが、美紗は俺の腕を掴んで話さない。
「悠一は、ずっと私と一緒にいたいよね」「まあ」
「だったら、私から逃げないよね?」
「……はい」