そのじゅう。
『お嬢様、三番隊二班から不審なヘリコプター……が南西の方角より接近していると報告がありました』
「すぐに落として!」
美紗からの電話が途絶え、室内はいきなりあわただしくなった。目の前のお嬢様と電話の向こう側の相手だけでも随分やかましい。
『いえ、それは不可能と思われます』
「どうして!? 相手は一機なんでしょう!?」
『それが、報告によると、十……二十……増え続けています! こちら側の装備では全てを撃ち落とすのは不可能です。何とか対応してはいますが、もうじき凌ぎきれなくなるかと』
『こちら十八番隊七班! 北西より不審なヘリコプターを確認。一機です。機体は大きく旋回して、こちらとは別の方向に向かっています』
「十八番隊七班、そのヘリコプターを撃ち落として。三番隊はそのまま応戦を続けなさい。以上」
住吉はベッドに座り、蹲るような形で思案を続ける。窓ガラスにはポツポツと水滴が現れ始めていた。
「この天気じゃ向こうを追跡するのは困難……十八番隊が打ち落とせるとは思えない。でも、これでヘリはどこかに着地しようとするはず。そこを叩けば……」
「後になって出てきた単体のヘリを攻撃するのか」
「そっちを重点的にするってだけ。多分そっちが本命なんだろうけど、万が一」
そうだろうか。
作戦にしては稚拙に過ぎる。俺を助けてもらわないと困るのだが。
「でもまさか、こんなにヘリを投入してくるとはね……貴方、結構大事にされてるじゃない」
「そうなんだよ。だからあいつは絶対にここへ来るんだ」
「あらそう。ごちそうさま」
どたどたと荒々しい足音を立てて、住吉のボディーガードと思われる屈強そうな男が入ってきた。手にはごつい衛星電話を持ち、いかつい顔を目一杯困惑させながら住吉に近づき、何やら耳打ちして電話を住吉に差し出す。住吉は恐怖と嫌悪が入り混じる顔でそれを受け取り、耳元に当てた。
『……』
「ひっ! わあ!」
住吉の態度がまた豹変する。今度は本当に怯えだし、電話を乱暴にボディーガードに押し付けて、荒い息を吐きながらきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どこ? どこよ!」
住吉と悠一がいるビルの下、正門の前には二人の男がいる。二人は黒いスーツに身を包み、手にはマシンガンが握られていた。二人はビル前の監視を住吉から仰せつかっていたが、敵はおろか虫一匹すらもその目に捉えてはいなかった。
二人のうちの一人、若い方の男が気怠そうに口を開く。
「でも先輩、ホントに敵なんか来るんですかね。ここいら辺はお嬢様の指示で住民は全員避難させましたし、パッと見でも異常事態って分かるじゃないっすか。そんなとこに乗り込んでくるとは思えないんすけどねぇ」
事実、この若い男が住吉の下で働き始めてから今日までの四年間、男はこのような風景を幾度となく見てきた。その経験から得た教訓として、男には、ここに敵が襲来してくるとは想像できなかった。
対して、もう一人。同じようにマシンガンを構えて周囲を警戒する男は違った。四十代ほどに見える外見は傍から見ていても強張っているとわかるほどで、引き金に指を乗せ、完全な臨戦態勢を取っている。それでも最低限の礼儀や意地から、未熟者の後輩へ簡素な忠告を送った。
「お前はまだ生半可だから知らんかもしれんが……この世界には、お前みたいな正常思考からは程遠い、いざとなったら戦争でもおっ始めようって輩がいるのさ。そいつらはポンポン平気で人を殺す。平気で金を使う。自分の身体だって捨てられる。そういう狂気じみた人種なんだよ」
「へえ……」
まだ納得していない風な後輩に小さく溜め息をつき、自分もこうだったのかと心中で苦笑いを漏らす、そのとき。
「……!」
異変が、起こった。
その異変に若い男も気付き、緩んだ顔が瞬時に強張る。
「何ですか? この音……」「黙れ。静かに」
男たちの耳には、断続的に音が聞こえていた。金属と硬いコンクリートが当たるような音が規律正しく、かつ非常に大きくなって。そのせいで、どこからその音が発生しているか分からない。
と、その音に混じり別種の音も聞こえた。それは、何かとても硬いものが壊れた音。一度その音が聞こえて数秒の静寂、その後にまた断続的な音になる。
「お前は西側を回れ。俺は東側だ」
「了解。報告はどうします?」
「一度調べて分からなかったら報告する。ビルの裏側で落ち合って、二人とも音源や正体を特定できなかった場合だ」
「了解」
二人は同時に逆方向へ走り出した。マシンガンに力が込められ、周囲を最大限に警戒しながら二人は走った。やがてまたバキンッという強烈な音が聞こえ、二人は建物の裏側で同時にビルの壁へ背を預けた。
「どうだった」
「わかりませんでした」
「こっちも同じだ。一体何なんだこの音は」
「さあ……」
若い男は気付かなかった。
ビルの壁に背を預けたとき、自分のすぐ近くに、包丁の欠片が落ちてきたことを。そして背を預けた壁面に、上へ向かって無数の傷跡が伸びていたことを。




