そのきゅう。
「まだ、あんたの目的を聞いてない。俺を捕まえて、美紗をどうするつもりだ? 言っておくが、あいつはこの状況で手加減できるほど器用じゃないぞ」
「あらあらまあまあ、まるで私が上原美紗に負けることが前提であるかのような口振りね。うざったいわ」 言葉とは裏腹に、住吉加住と名乗った女の子は優雅な笑みを浮かべる。
「遊び半分、というわけじゃないわ。かといって何か目的があるわけでもない。強いて言えば、ただ貴方達にかかわり合いたかっただけ」
「早く逃げたほうがいいと思うぞ。悪いことは言わないから」
「ご親切にどうも。上原美紗が帰ってくる一週間後までには、ここから消えているわ」
やっぱりそこで間違っているのか。
「美紗が帰ってくるのは一週間後じゃない」
「あら? うちの情報網に不備があったのかしら。じゃあ、いつ?」
「今日だ。もうすぐ」
住吉はピクッと反応したものの、すぐに平静を取り戻して続ける。
「あらあら、それは大変な情報だわ……すぐに交通網をストップさせなきゃね」 住吉はベッドからスマートフォンを取り、どこかへかけ始めた。俺の言葉を信じたのか、万が一を危惧してのことなのかは分からない。
「……そう。そう。早めにお願い。ええ」
住吉はスマートフォンをベッドに投げ捨て、大きく背筋を伸ばす。
「あ」
「ん?」
住吉は何かを考えながらじっと俺を見、やがてぽつりと呟く。
「あなたを殺したら……上原美紗はどうなるかしらね?」
何の悪意も策略もない、心の底から湧いた疑問をただ口にしている風な言葉。「やめておけよ。死人が出るぞ」
「だから、それはあなた」「だから、そうじゃなくてお前が美紗に殺されるよって事を俺は言いたいんだ。どうせもうすぐそこまで来てるんだから。あいつは俺に手を出したやつを決して許さない。危害を加えたなら尚更だ。折角ならもう少しお話したかったんだけどな」
「今、このビルから半径十キロ圏内の交通網を全面的にシャットアウト……」そこまで言ったところで、住吉のスマートフォンが鳴った。
「ったく、誰よ」舌打ちしながら住吉は画面を見て、顔が固まった。震える瞳でこちらを伺い、再び視線を画面に戻して通話モードにしたようだ。
「も……もしもし」
『もしもし。そこから動かすによく聞いて。もうすぐあなたをコロシに行くから、それまでは、たのしんでいることね。間違っても悠一に指一本触れないで。悠一が汚れる。それさえ守ってくれれば、まあ……守っても殺す』
スピーカーから美紗の声が聞こえる。今まで聞いたことがないほど不機嫌で、もう温情は望めそうにない。
「ちょっと待って、わた」『ああもううるさいウルさいウルサイ……あなた私を誰だと思ってるの何だと思ってるのどういうことなの?まったく解らな、解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない!ふざけんな!ふざけんなよぉ!』
「ひぃっ」住吉はスマートフォンを床に投げた。すかさず俺が代わる。拘束されているので床のスマートフォンに口を近づける形だ。
「美紗。俺だ」
途端に美紗の声が喜色のそれに代わる。
『悠一! ごめんね? すぐ行くからね。本当にすぐ。待ってて。悠一からメール来て、ビックリして、今飛んで来てるの! 文字通り。えへへ』
「飛行機か何か使ってるのか? さっきからやけにうるさいんだけど」
『ヘリコプターなの』
いくら何でも空まで交通を規制することは出来ないだろう。もっとも、当の本人はそこまで考えておらず、それが一番速いからそうした、ぐらいの理由だろう。
『あと八キロ』
交通規制圏内まで入ってきた。もう目と鼻の先だ。「うわあぁっ!」
いきなり、住吉が辺りのものを手当たり次第にスマートフォンへ投げつけ、画面の真ん中がひび割れると同時に美紗の声は止んだ。「はあ、はあ、はぁ……」 住吉は立ち上がり、ポケットに仕舞ってあったもう一台の携帯でどこかに電話をかける。
「緊急事態! ビル内にいる全警備員、使用人を臨戦態勢にさせて! 敵はヘリコプターでこちらに向かっている! 墜としても構わないから急いで!」
『しかし、それでは周囲に被害が』「いいから!」
乱暴に電話を切って、住吉は所在なさげに部屋をうろつき始める。落ち着かないのだろう。
「……どうしてバレたの……こんなに早く? 盗聴器か発信器か……監視……探偵でも雇ってた……?」
どうやら美紗に感づかれたことが不思議でならないらしい。俺を監視していたのは確かだろうが、もっと単純で直接的な答えがある。
「本当にどこから情報が……? 順当に行けば上原美紗に気づかれもしないまま一週間やり過ごせるはずだったのにっ! まさかうちにスパイが?」
「いや。ただ単に、俺が伝えたんだよ。さっき美紗も言ってたろ、俺からのメールを見てここに向かってるって」
「そんなことがないように私はネット回線も操作してた。特に貴方のパソコンと携帯は」
「そんなことがないようにって美紗が、俺と美紗だけの通話回線を開いてくれたんだ。俺達だって色々経験してる」
「……まあ、今さらどうでもいいわ、そんなこと。それが本当なら、まだ全部バレてる訳じゃないから」
「それでもムリだと思うぞ? あいつは出し惜しみしないタイプだから」
「!」
「ただの狂人が、あいつに勝てると思うな」




