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MATTO-A5  作者: 咲之美影
サングエミスト編後 ~番外~
82/105

ヴァンパイアの舞踏会


 月面の一部が暗い闇に飲み込まれ、赤黒い月蝕が訪れた刻――エデンの東にあるノドの地の旧き宮殿で伝統的なヴァンパイアの舞踏会は開かれていた。カイン家主催とあってか、あらゆる土地に身を潜める嗜虐の純血ヴァンパイア、及び怪物を狩る側のヴァンパイアハンターたちが顔を揃えている。


 「ご機嫌麗しゅう」


 「おやおや、久方ぶりですな」


 式礼を交す身形が派手な貴婦人と着飾り下手な伯爵、頭上にぶら下がる眩きシャンデリアの照りで白光った牙が口から垣間見えても誰も気に留めやしない。


 (いいねえ、アンタらが羨ましいわ)


 単に交流を楽しむ輩が憎い。華めく光景をジト目で眺めていると、隣に立つジョゼ・パダラメンティが肘で小突いてきた。


 「ヴェル、挨拶の最中に余所見をするな」


 「へいへい、すいませんね」


 ジョゼの指摘に悪びれなく肩を窄ませる。無神経極まりない俺の態度に、対峙する長身の男が容赦ない殺気をぶつけてきた。ご立腹の様子だ。


 表情こそ変化はない。けれど、気迫やオーラでヒシヒシと苛立ちが伝わってくる。


 「……してヴェルヴィオよ、今回の一連の裏に何を隠した」


 男がへの字に曲げていた口を開き、渋い声音で息苦しい沈黙を破った。藤紫に褪せた紫の瞳、二重で垂れさがった目尻はどこかの誰かと違い温もりは感じ取れない。


 「隠すって何が?」


 間髪を容れず、俺は素気なく問い返す。男は「惚けるな」と言いたげな面持ちで眉間に皺を寄せ、再度、今度は口調に怒気を滲ませ訊ねてきた。


 「イタリア滞在の訝しい件に決まっている。お前は滞在理由を『息抜き』と称して、ヴァンパイア協会に禁足令を出し本部に待機させた。一方的な命にも拘わらず従ったのは代わり出された条件が頑なに拒んでいた協会の監視役一名を組織に受け入れ、更に面倒だと聞く耳を持たなかったカイン家主催の夜会を開くと言うものだったからだ。余儀なく協会は条件を呑みはしたが余程、我々には知られたくない『息抜き』をしたかったのであろう?」


 「ハハッ、やだねえ? 無駄な勘ぐりすんなっての、『息抜き』に裏も表もあるかよ。つうか久しぶりだよなアンタと直で話すってのはさ、白いタキシード似合ってんぜ誰のチョイスだよ?」


 邪推の念が強い目線を鼻で笑い、俺は男に似非笑顔を浮かべ話題を切り替える。が、渋面の男はやはり振った話に食いつかない。


 「謂われない疑いを晴らすのも又、組織を背負って立つお前の役目だと思うが? それとも何か……、ヴァンパイア協会代表取締役の私に真実を聴く権利はないと言いたいのか?」


 「…………」


 (オイオイ、どう切り抜けりゃいいのこれ)


 鋭く絞られる瞳孔が俺を目下に見据えた。より重なる圧力で居た堪れなくなった俺はジョゼに助けを乞うものの、横目で見たジョゼは弱々しく横に首を振るのみだ。


 (ハア……、案の定だなジョゼさんはよ)


 期待を裏切らない予測通りの反応でため息が漏れる。ジョゼはこの男を前にすると極端に言葉を発さなくなり、必要最低限の会話以外は拒む傾向にあった。


 (ったくアンタ何歳だっつの、役に立たねえな父ちゃんの前じゃあ!)


 そう、目と鼻の先にいる人物は取捨選択で成り立つヴァンパイア協会代表取締役――兼ジョゼ・パダラメンティ幹部首座の父親だ。名はラソンブラ・パラダメンティ、純血家系で名高いパダラメンティ家現当主である。


 ラソンブラは風貌に反さず厳格且つ冷酷非情な男だ。自己主張しない従順な妻は無論、血の繋がった息子とて甘やかしはしない。そんな父親に育てられたジョゼは、懲罰で生死を彷徨った記憶はあっても可愛がられた記憶はないらしい。故にジョゼは父親が苦手、を超えて嫌いだとか。


 (ガキの頃に受けた心の傷ってーのは案外、大人になっても残るっつーし……クソッタレ! ジョゼが機能しねえならいっそ始終をパーッとコミカルにゲロッちまうっきゃねえ……、っていやいやいや待て待て『終わり良ければすべてヨシ!』の相手じゃねえだろうが!)


 焦りで頭の中が大混乱に陥る。気色悪い冷や汗を掌に掻いて黙り込んだ俺に、ラソンブラが「ヴェルヴィオ」と低音を響かせ核心を突いてきた。


 「よかろう……、お前が答えれるよう順を追って聞いてやる。まず禁足令に取ってつけた苦肉の策の条件は我々協会につけ込まれぬよう張った予防線か?」


 「ハハ、ハ、いやだからさ? 予防線も何も息抜きだっつってんじゃん」


 真綿で首を絞められている気分だ。渇いた喉で苦笑い、俺はシラを切る。Giusto、なんて冗談でも叫べない。


 (そもそもの発端は俺、……になんのかねえ)


 ナポリ滞在の間、鬱陶しい協会と鉢合わせしたくなかった俺は半ば無理矢理ジョゼに予防線役を押しつけた。結果、先程ラソンブラが述べた『交渉』で接触は避けられ現在に至る。


 (ちくしょう……マミーの野郎、厄介な条件勝手に出しやがって)


 事の次第を説示されたのは数時間前だ。ジョゼに叩き起こされた俺は寝起きで状況を理解するヒマもなく引き摺られ、逃げるタイミングを失った挙句――何の因果か初っ端からラスボスのラソンブラと戦う羽目になった。


 (まーね、わーってますよ? こっちが身を削る条件じゃねえと、相手方さんは言うコト聞かねえもんな)


 この際、ジョゼの計らいで妥結した条件云々は止むを得ない。それは甘んずるとしよう。ならばいま俺が脱すべき問題はただ一つ、ラソンブラの質問に大人しく頷くか否かだ。


 (ンま、首を縦に振る気はさらっさらねえケド)


 もし肯定すれば、次の追及が用意されている。ラソンブラは食えない男だ、巧みに話柄を転換しジョバンニの死の真因まで踏み込み兼ねない。


 ――しかしだ。幾ら肝脳を絞っても、ラソンブラを宥め賺す方法が思い浮かばない。


 (やっべえ……)


 万事休す、限界が見えてきた。アハハ、と曖昧な回答でボケ続ける俺にラソンブラが顔を顰めた瞬間、白黒マントを翻す救世主が声をかけてきた。


 「salve」


 男はフードで面様を覆っている。見るからに胡散臭い魔術師っぽく怪しい。


 然れどラテン語の挨拶に加え、マントの裾に描かれたヘルメス薔薇十字が名を告げていた。疑うべくもない、彼は薔薇十字団を創設した開祖――人間界では伝説的錬金術師と崇められているクリスチャン・ローゼンクロイツだ。


 「チャオッ、ローゼンクロイツ! うっわ珍しいな! アンタが公の場に出て来るなんてよ!」


 「ふふ、見目麗しい神の化身よ。待ち焦がれた貴公の初舞踏会で欠席など誰が致しますかな、お招き戴けて光栄だ」


 そう言ってローゼンクロイツは俺の右手を掬い上げ、音も泡立てず指先に柔らかい唇を落とした。淡い温もりが皮膚に浸透する。


 (体臭を覚えさせない主義は健在か)


 そして毎度異なる微量の香料が鼻を擽った直後、ローゼンクロイツは挨拶代わりの唇を指先から離しつつ言葉を紡いだ。


 「貴公と積もる話をしたい再会ではあるが申しわけない……、パダラメンティ卿を少々お借りても宜しいかな?」


 「え……と、ああ! ラソンブラに大事な話があるんだろ!? いいぜいいぜ、遠慮せずそんまま持ち帰ってくれっと有難いわ! じゃあなラソンブラ、末永くお元気でさようなら! 邪魔しちゃ悪いし行くぞ、ジョゼ!」


 一瞬呆けてしまったが、願ってもいない要請を断る理由はない。俺は左手でローゼンクロイツの肩を加減なくバシバシ叩き、一息に捲し立てると同時にジョゼの腕を鷲掴み場を去った。急ぎ足に躊躇いはない。


 「――ヴェルヴィオ!」


 当然、即座に呼び止められる。だがラソンブラの制止声はウィンナ・ワルツの演奏に遮られ、俺はほくそ笑みながら活気に溢れたダンスホールを横断し――適当な場所――周囲の目が届かないテラスへ遁走した。


 外は割と明るく、中途半端に静かだ。


 「はあ~~、どっと疲れたわ」


 俺はアイアン模様が美しいガラス張りの扉を閉め、ピンと張り詰めた背筋を緩めてぐったり寄りかかる。熱の籠った身体、背中越しに伝う冷たさが心地いい。


 「マジで帰りてえよ、クソ」


 我慢ならない本音を吐き捨てて、ふと自分が拘束したままの個所に目線が落ちた。ミシミシと骨を軋ませる音が痛ましい、鳴らしている張本人は――もちろん俺だ。


 ハッとした俺は、力任せに引っ張っていたジョゼの腕を開放し一言謝る。


 「――っと悪い、痛かっただろ」


 「いや、平気だ」


 ジョゼは軽く袖を正し、伏せ目がちに継いで言った。


「……すまん、ありがとうヴェル」


 押し殺した囁きが脳髄を振動させる。熱っぽく切なげでむず痒い声音に免じ、主語のない謝罪と礼については聞かないでおこう。


 「お前にとっても最悪な夜だな、どーよ一緒にサボっちゃう?」


 「バカ言え、主役を掻っ攫う命知らずじゃねえよ」


 からかい口調で言えば、真率に返された。生真面目な男はノリが悪い。


 (チッ、コイツは一生ナイトにゃなれねえぜ)


 闇夜の舞踏会に迷い込んだ姫、もとい俺は逃げられないことを悟る。すると突如、ジョゼの唇が三日月に割れた。


 「ふふ……」


 「……キメエな、何だよ」


 吐息は笑いを含んでいる。俺はつい拗ねたような言葉遣いになってしまった。


 「悪い悪い、あまりに顔に出てるもんで可愛くてな。お前が相手役に拘らねえならどうだ、俺で不満なけりゃ一曲相手になるが?」


 水色の瞳を宝石みたく潤ませ、眩暈を起こす抗えぬ声音でジョゼが手を差し出してくる。不器用な男なりのサボろうと言う誘いだ。


 「いいな乗った、リード頼むぜ」


 俺は逡巡せず自分の手を重ね、ジョゼに身を寄せた。見上げる俺、見下ろすジョゼ、至近距離で視線が絡み合う。


 「…………」


 「…………」


 気まずさはなく目笑を交した。闇に咲く万華鏡の世界で回るシルエット、今宵の舞踏会はまだまだ終わりそうにない。



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