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MATTO-A5  作者: 咲之美影
第一章 ~シカゴ編~
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(NO.tre カラ・ファミリア

 

 オークリッジ墓地に到着したころ奇跡的に雨は上がっていて、俺は颯爽とリムジンから駆け降りた。もわっとした独特な空気が気に触るが、雨が降っていないだけヨシとしよう。


 「ンあ~! 雨上がってラッキーッ!」


 歓喜の声を上げ、俺は両手を天に伸ばした。まだ分厚い雲があるけれど、この調子だとお天道様が顔を覗かせるかもしれない。


 「少しは場所を弁えろ、ほら足が止まってるぞ」


 そう言って、ジョゼは俺を追い越して前方を歩いて行く。顔色も幾分よくなっているし、短い睡眠でも効果はあったようだ。


 (さっきまで死んでたくせによ~)


 行きたくない衝動に抗いながら、俺は地に張りつく重い足を億劫に動かす。ジョゼが速度を緩めていてくれたお陰ですぐに追いつくことができた。


 「遅い、こっからは先は気を引き締めてくれ」


 隣に並んだ途端、ジョゼが一瞥して睨んでくる。完全に仕事モードに切り替えているようで、その声は深淵まで低く鋭い。


 負けじと、俺はニヤリとすましてみせる。


 「バーカ、俺はいつでも気を引き締めてんぜ?」


 「いつもだと? どこが――」


 ジョゼがムキになりかけたとき、着信音が鳴り響いた。色気もない機械音は、俺が設定している着信音ではない。ジョゼの携帯電話のようだ。


 余程大事な電話なのだろう。一度音は途絶えたものの、またすぐに着信音が響いた。


 「気にせず出な」


 顎をしゃくって命令口調で言うと、ジョゼは渋りながらも電話に出る。刹那、電話の向こう側の人物と口論をし始めた。アルジェントの幹部、あるいは元老幹部からだろうか?


 (ンー、何を話してんだ? 遅いのなんだの……まさか、もう俺らのこと見えてんのかな? あ、ちんたらしてっから元老幹部が怒ってるとか?)


 ジョゼの電話に聞き耳を立てながら、俺は辺りを見渡してみる。


 広大な敷地に森や芝生、遠くにはリンカーンが眠っているという墓の塔のてっぺんが見えた。視線を彷徨わせていると右側前方にちらちらと人影が見えて、「お?」と俺は一点に目を凝らす。だが突如、左前方の森から地鳴り声が響いた。バッと見やれば森から突進して来る猛獣が、否、寸分違わずあれはフラン・カロ・バルドーニだ。


 「ゴルラアアッ! ヴェルヴィオオ!」


 手には携帯電話が握られている。俺は額に手を当てて、隣の男に聞いた。


 「電話の相手、もしやアレだったりする?」


 「……ああ」


 耳に添えていた携帯電話を下ろし、一拍置いてジョゼは頷く。


 足が速いフランはすぐに距離を縮め、俺の前に来るなり息せき切って吠え散らかした。


 「テンメエこのタコがっ! 葬儀すっぽかしやがって! 何で俺たちが元老幹部らに頭下げねえといけねえんだ! ゴラアアッ」


 「Ciao~フラン、イライラしてっとガールの日って思われんぞー?」


 「~~シバく! いますぐブッッ殺す!」


 フランはわなわなと身を震わせ、芝生を土ごと蹴りあげる。


 (ウゲ……ッ! スイッチ入っちまったなこりゃ……)


 けれど、興奮状態のフランは逆に扱いやすい。俺はとびきり良い案を思いつき、仲裁に乗り出すジョゼの肩を止め、フランに近寄ってジャケットの襟元を正してやった。


 「まあまあまあ、イイ男が台無しだぜ。なあ? フラン様」


 そして右目の瞼をパチリ、一撃必殺のウインクだ。


 「~~~~っ」


 思惑通りに、フランは耳を赤らめてそっぽを向いた。羞恥心に先程までの怒りが消えている。フランはこういった行動に弱い。


 (男として褒められることになーんか恥じらいもってんだよなあ、コイツはよ)


 何食わぬ顔で俺は微笑み、胸元を叩いて一歩下がる。


 「オーケー、これで完璧」


 「……キメエッてんだ、テメエはよおっ! ――オラッ、これ……っ」


 フランは力なく悪態つき、懐からストロベリーグレープ味の棒キャンディーを取り出すと乱暴に差し出してきた。


 「グラッツエ、フランッ! さすがにいま舐めるのは無理だし、あとで舐めるとすっか」


 俺は迷わず受け取り、胸ポケットに忍ばせ礼を告げる。ストロベリーグレープ味は俺にとっては一種の媚薬、一度その味を知ってからは病みつきなのだ。


 「扱い上手だな、ヴェル」


 「へへ、任せとけって」


 耳打ちしてくるジョゼに俺は妖しげに口角をつり上げ、密かにブイサインをした。


 「ボサッとしてんじゃねえ、さっさと行くぞ。肝心のボスが来ねえってんで、みんなピリピリしてんだよ」


 鼻を鳴らしてフランは踵を返す。


 「――だ、そうだ」


 と、ジョゼは大袈裟に肩を竦めてフランのあとに続いた。要するに二人は「ボスのせいで」と言いたいらしい。


 「やっぱ、カルシウム的なアイテム持ってくるべきだったかなあ」


 冗談交じりに呟き、俺はフランとジョゼの背中を追った。追いつけば、二人は自然と俺の左右に並んで厳重な警戒態勢に入る。目的地はもう目の前のだろう。


 (……へえ、あそこか)


 前方――森の入口付近に黒い集団が見えてきた。フランがつい先程、勢いよく飛び出してきた場所だ。


 「ボス! お待ちしておりました」


 ようやく到着したボスの俺に、アルジェントの構成員は温かく迎え入れてくれた。元老幹部もこのくらい温かく迎えてくれないだろうか、と奇跡的な淡い期待を抱いてしまう。


 「お疲れちゃーん」


 俺は入口に整列していいる構成員に軽く声をかけ、そのまま森へ入ろうとしたけれど右腕を掴まれ身体が引き戻った。


 「ちょっ、なに……」


 ハッ! とジョゼとフランの息を呑み、戦闘態勢でこっちに振り返る。


 「……っ、気配消して近づくんじゃねえ!」


 フランが苛立ちと安堵の合わさった声音で叫んだ。ため息を吐くジョゼにくいっと顎で促され、俺は遅れて自分の腕を掴む人物に振り向いた。


 「なんだ、ヴァルドじゃん」


 そこにいたのは、ヴァルド・ベンツァーだ。


 「……ボス待ってた。ごめん、腕……。そのまま行っちゃいそうだったから」


 ヴァルドは俺の腕から手を放すと、握っていた箇所を擦ってくる。


 「いいってことよ、出迎えに気づかなくて悪かった。あー、あと遅れちゃってごめんな」


 俺の謝罪にヴァルドは首を横に振った。


 「謝るのいい……、気配消してたのは俺」


 「ハハッ、んじゃあ一緒に行くか」


 「……うん」


 ヴァルドが頷き、俺は幹部三人と森の中へと踏み入る。肺の隅々まで沁み込む緑の香りに、風に靡く木々たちの音が心地いい。所々に立っている構成員を目印に足を進め、どうにか広い空間へと辿り出た。


 (ンあ~、とうとう来ちまったぜ)


 そこにはアルジェントの元老幹部やイタリア配下ファミリーのボス、中央には牧師の姿まであり、遅れて登場した俺は必然にも注目の的になってしまう。構成員のような温かい眼差しは一切ない。


 (ま、仕方ねえわな)


 足を止めているわけにもいかず、張り詰めた緊張の糸の中を掻い潜る。目配りしていると一人の男と目が合い、鼓膜を直接刺激するほどの図太い声を発してきた。


 「ヴェルヴィオッ!」


 駆け寄って来た男に足を止める。


 「チャオー、ルヴァン」


 「テンメエ、俺様に無駄な心配かけんじゃねえ!」


 軽く挨拶した直後、男の拳骨が頭に落ちた。その一撃はまるで容赦がない。


 「イッテテ、脳みそが死ぬー」


 俺は鈍い痛みに頭を擦る。険悪な表情から一変、男はため息交じりに微笑んだ。


 「でもま、相変わらずで安心したぜ」


 「くう……そらどーも。相変わらず熱いな、ルヴァンも」


 「おうよ!」


 ルヴァンは豪快に笑った。


 男の名はサルヴァトーレ・レオーニ、愛称はルヴァンと言う。二十六歳の若さでイタリアマフィア――フォルティッシモを二年で築き上げた若きボスだ。同時にアルジェントの配下でもあって、信頼ゆえに配下の総元締めを担ってもらっている。


 ルヴァンは特徴的な赤い瞳と赤髪を持ち、ツンツン跳ねる短い髪が表すようにその性格は太陽みたいに明るくて熱い。基本は赤のスーツに黒いシャツを着ている。理由は自身のパーソナルカラーが赤だからだとか言っていた。


 (つうかあの、あんま並びたくねえ)


 百九十以上の長身でがっちりな体格は、男として些か羨ましい。


 マイナス点を上げるとすれば、俺様主義なところとカイン一族を崇拝するところだろう。


 その証拠にフォルティッシモの紋章ではなく、アルジェントの紋章を己の額の右上に刻んでいる。


 「――何だよ? 俺様の顔に見惚れてんのか?」


 黙って凝視する俺に、さすがに違和感を感じたのか、ルヴァンがからかい口調で聞いてきた。


 「バーカ、寝言は寝て言えって」


 ハンッと鼻を鳴らし、俺は言い返す。


 とそこへまた一人、艶やかな声音で男が話しかけてきた。白いサテンの小さなシルクハットを軽く浮かせ、男は艶然と笑う。


 「サルヴェ、ヴェルくん」


 「チャオー、ルカ」


 「へえ、随分と綺麗になったんじゃない? 恋でもしてるのかな?」


 「いや、何かソレって女同士が久々に会ったときに言うセリフじゃね? やめろよ、キメーから」


 思わず俺はつっこんだ。真顔で聞くから尚のこと恐ろしい。


 「酷いなあ。僕は君のことを綺麗だと褒めているのに」


 顎に手を添え、男は不満気に唇を尖らせた。


 男の名はルカ・アリケル・トレアドール、イタリアマフィア――ルミノスィタファミリーのボスだ。自称二十四歳の若さでボスの座を掴んだその類まれな実力をジョバンニ・カインに買われ、いまはアルジェントの配下として勢力を上げている。


 (にしても、マジで存在が派手……)


 ルカは黒ふちの白いスーツに白いシャツとネクタイを合わせ、頭には白いバラに黒のリボンがついたハットを被っている。身長は俺より少し高いくらいで服装も至ってシンプルなのだけれど、白金の艶やかな髪に誰もを虜にする金色の瞳、透明な肌と無駄のない顔立ちはどこぞの王子にしか見えない。


 「ヴェルくんの美容法、是非知りたいな」


 そして性格も変わっている。ルカの美への執着は何ものにも代え難いものなのだ。理由は敢えて聞かないけれど。


 「美容法は何もしねえことじゃねえの?」


 しばらく考えて俺が答えると、一人の女が口を挟んできた。


 「あら、奥が深いことを言うのね? ヴェルちゃん」


 「あー、出口? 出口は向こうだぜ」


 来た道を指して言う俺に、女は金切り声を上げて噛みついてくる。


 「ちょっと! そんなこと誰も聞いてない! 酷いよ、ヴェルちゃん! 昨日も一緒に寝た仲じゃない!」


 「ンだとおお!? おい、ヴェルヴィオ! 俺様はンな話し聞いてねえぞ!」


 ルヴァンが血相を変えて叫び、俺は慌ててその口を塞いだ。


 「ちょっ、うるせえ! 声がでけえよ!」


 「……ヴェル、もう遅い」


 ジョゼの冷ややかな声に、俺はゾッとしてルヴァンの口から手を放した。


 そっと目を動かし先を見やれば、中央で待機していたはずの元老幹部たちが何事だとこちらに向かって来るではないか。


 「ジョゼ、一分くらい」


 な? と俺は声を潜ませて頼んだ。ジョゼは仕方ないとばかりにここを離れ、元老幹部の足止めに向かってくれた。


 俺は女とルヴァンに向き直り、肩を落として重い口を開く。


 「なーマルティナ、妄想してヒステリック起こすのやめてくんねえ? マジ色々メンドーだから。ルヴァンもさ、簡単に鵜呑みにしてんなって」


 「もう! ルヴァンのせいで、ヴェルちゃんが怒ってるじゃない!」


 「テメエこそ! ヴェルヴィオとの仲を偽ったな!? 身分を弁えやがれ! このぺーぺー女がっ!」


 「ぺッ、ぺーぺー女ですって!?」


 ルヴァンの暴言に女は目くじらを立てた。ルカは「何もしない美容法」について考えているのか、自分の世界に入り込んで会話にすら入ってこない。


 (……もうみんな好きにやってちょうだいな)


 二人の口論に巻き込まれないよう、俺は心の中で呟いた。


 女の名はマルティナ・シレア――イタリア女マフィアでファティーナのボスだ。ジョバンニ・カインにどういう手を使ったかは知らないが、アルジェント配下に加わっている。


 金髪に青い瞳、ぷっくりとした唇に長い睫毛、マルティナの容貌は美人の領域だろう。前髪は横に編み込み、後ろ髪はふわふわと右側に三つ編みで寄せ、小さなピンクのバラと白のバラを散りばめている。平たく言えば、結婚式のブーケのようだ。


 服装も女らしく、薄いピンクのフリルリボンのシャツに黒の短いスカート、黒いジャケットでスーツ感を出していて、靴は踵が高いクリアなハイヒールを履いている。髪に巻きつくバラと同じものが足下を色鮮やかに飾っており、外見だけでマフィアと断定するには些か難しい。


 (身長も百七十はヨユーで超えてっし完璧……、じゃねえな)


 もし残念なところを上げるとするなら、妄想癖でヒステリックな性格ではないだろうか。


 「――ン?」


 そんなことを考えていると、フランが肘で小突いてきた。ヴァルドも俺が動くのを待っている。


 (ジョゼも限界かー)


 俺はフランとヴァルドの肩を叩き、三人に軽く挨拶をしてその場から離れた。


 「取り込み中悪いけど俺行くわー、埋葬儀式始めっから静かにしてろよー」


 後方で何か叫んでいるが、耳栓をしているつもりで足を進める。途中、何人かイタリア配下のボスが話しかけてきたけれど、フランとヴァルドが上手くカバーしてくれて、躓くことなく中央まで来れた。俺が声をかけるとジョゼが無気力に振り向き、元老幹部たちは何か言いたげに口を結んだ。


 開口一番、俺は謝罪の挨拶をした。


 「スクーズィ、元老幹部のジッ様方」


 「よく来れたもんだな、ヴェルヴィオ。お前のことだ、ジョゼに任せてワッシたちから逃げおおすと思っていたが」


 五人の中で一番我の強い元老幹部、アルベルトが皮肉交じりに言ってくる。


 「逃げれるなら逃げますってアルベルトのジッ様、説教は後程たっぷり受けるとしていまは祖父の埋葬儀礼を始めても? 牧師様もお疲れのご様子なので」


 俺が牧師を窺い見て言うと、アルベルトは元老幹部らと顔を見合わせ、心ならずも承諾の意で頷いた。


 「では――」


 俺は中央に歩を進める。一歩が自棄に重い。


 頭でどんなに理解していても現実をもう一度目の当たりにしてしまえば、心は脆く簡単にあの日を悔いて思い出してしまう。


 (……ジジイ)


 カイン一族の紋章と生命の樹が彫られた棺の前で止まり、俺は深く息を吸った。


 一族で墓を建てるのは初めてのことだ。


 ジョバンニ・カイン――、俺の祖父で偉大な男だった。故に俺が憧れた男でもある。


 ここにいる誰もがいま一度、この男の死を嘆き苦しんでいるだろう。道を示し、道を導く者がいなくなってしまったのだから。終末が来るその日まで。


 一呼吸置き、俺は向き直った。


 「本日は――」


 静寂な時間に尊さを感じながら、俺は集まったファミリーに短い挨拶をする。


 それから牧師の話に繋がり埋葬儀式を執り行う。それぞれがバラやユリを持ち、最後の別れを各々に終わらせるのだ。これが最後、もう二度と語りあえることはない。


 (ジジイと語る気なんざねえさ……、でもこれだけは言っておきてーんだよな)


 俺は赤いバラを胸に、最後の一言を告げる。


 「――――」


 その言葉に隣のジョゼは苦笑し、フランは涙ぐんだ目で怒鳴りつけてきて、ヴァルドはくすりと笑っていた。


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