(NO.dieci 後②:サングエミスト side:ジョゼ
「いや、誤りだ。加減するつもりはない。可愛がってやりたいがな」
俺は訂正に呟き、パンジーをじっと見据えた。自分が放つ殺気で空気中の微小な水滴が弾け飛び、潤いが除去された空間は一気に乾燥する。
錆びた自転車に数羽居座っていた烏も異変を感じてか、バサバサ黒い羽音を響かせ飛んでいってしまった。
それを目で追う素振りも無く、パンジーは銃身をそのままに疑問を零してくる。
「……甚だ残念であり理解できません。それほどの力を持つ貴公が何故……、数世紀と天の呪いを甘んじて受けている宝血に従属心を抱いておられるのか」
血族の始祖を冒涜する発言だ。けれど、目は至って真剣で釈然としていない様子が表情に表れていた。
律儀に応じる義理はないが、勘違いされていては黙っておけない。
「『始祖カイン』を……、知ったふうな口で語るな。永続的に『カイン家』はただ俺たちが伸ばす手を払わないでくれているだけだ、献身したいと願う気持ちを尊重し傍に置いてくれている。つき従う関係は否定しないが……、支配などという形ではない。各々が自ら忠誠を誓っている。天上神に等しい強大な力を持つ『始祖カイン』が一族のために呪いを絶つ過酷な運命を選んだ意味……、お前には到底理解できんだろうがな」
自分が孤独の果てに生み出した愛すべき家族に呪いが伝達し、『始祖カイン』は最愛の弟を殺した大罪の重さを知った。自ら犯した罪で一族が十字架を背負ってはならぬと、枷でしかない一族を見捨てず、干涸びた黒い地上を去らず、白き天に歯向かうこともせず、潔く四大天使の呪いを克服する堅固な覚悟を決めた『始祖カイン』を誰が見咎められる? 彼の意志を継ぐ『カイン家』を誰が見放せる?
血族の数少ない純血種は、己の血に誇りを持つ者が多い。だからこそ、一族の呪いに思い悩む哀れで愛おしい始祖家に自分のすべてを捧げてきたのだ。いま現在の俺のように。
「まあお前に限らずとも、誇り高き血族でなければ理解できんだろう」
「フフ、そうですねまるで理解し難い。どうやら、血族は生き方の根本が違うらしい。……無論、『彼ら』を除いてですが」
俺の返答にパンジーは軽く肩を竦め、太さがない親指で撃鉄を引き倒す。引き金に絡んだ人差し指に目配りしつつ、俺は語尾に足された言葉に頷いた。
「ああ、同じじゃない。王血と新たな大罪に加担したもう一人の人物……、カストを操るジョバンニ・カインの息子はファミーリアの――血族の敵だ。ヴェルが歩く天の下には生かしておけない」
「……貴公の拒絶は承りました。貴公が勧誘を拒んだ場合の対処は仰せつかっております、『処分せよ』と」
パンジーが黄金紅の瞳を刃に細める。対象を捕獲から獲物に切り替えた目つきだ。
「ほう、片言でいい命令だな」
そう俺が空々しい口調で言うと、パンジーは眉間に皺を寄せた。低い声音で不満げに問うてくる。
「貴公は……、ワタクシが女故に蔑視しておられるのですか?」
「どうしてだ?」
聞き返せば、反射的に返ってきた。
「あまりに無防備でありませんか」
「無防備? ――ああ」
自分が得物を構えて『殺す』と宣言したにも関わらず、俺がいつまでも武器を持たない姿勢が『余裕』に映っているのだろう。
「気に障ったかすまん、これが俺の戦闘スタイルだ。十分、警戒している」
俺は眉尻を下げ、軽く両腕を広げた。代わり映えしないものの、額面通りだ。偽りはない。
「俺は自分が武器だ。仕事上、人間に使う銃は所持しているが……試しと言わず本気で撃ってみていいぞ」
言い添え、攻撃を促した。俺の下手な挑発に、パンジーの表情が険しくなる。
「ならば貴公の有難いお言葉に甘えて、ワタクシは迅速に務めを果たすと致しましょう」
「…………」
眇められた目と無言で見交した一刹那、耳をつんざく銃声が鳴り響いた。
「――いい腕だ」
しかし、俺は生きている。
「ヴァルドに負けちゃいないな、お前が半端者じゃないお陰で軌道が読めた」
パンジーの狙いが甘かったわけではない。親指と人差し指でがっちり挟み取った銃弾は、ヴァンパイアを灰と化す急所の一つ、二つとない心臓の一歩手前だ。
「くっ! 貴公は……いったいッ!」
パンジーが奥歯を噛み、上目遣いで睨んできた。動揺が顔色に表れているけれど、闘志は失われていない。
「…………」
「…………」
数秒の対峙に沈黙が訪れる。直後、遠くで言い争う声が微かに聞こえてきた。
「オイ! こっちの通りだ急げ!」
「バッカ野郎! 誰がいるかわかったもんじゃねえ、サツが到着するまで待てよ!」
「なに呑気なこと言ってんだ! 助かる命があるかもしんねーだろうが!」
「バッ、待て――ったくよお! 朝っぱらから血塗れ死体なんざ拝みたくねえぞ、俺は!」
人間の男たちが徐々に近づいて来る。
(さっきの発砲を……、早起きなもんだ通報されたか。五分足らずで人間が集まる、厄介だな)
筒抜けの会話で意識が人間に向いた矢先、パンジーが引き金を引き宙へ飛んだ。
「人間がおいでになった。勝負は持ち越しに願います」
「何だと!? ……ふざけるなっ! 逃がさん!」
突然邪魔が入り、止むを得ず取り逃がしたでは済まない。俺は銃弾を避け、パンジーのあとに続いた。
「――クソッ、何たる失態だ!」
だが、煉瓦の壁を超えて飛び乗った平らな屋根にパンジーはいない。気配も消えている。
そこへ、折良くか悪くか先程の男らが辿り着いた。
「やべえぞオイ! 止まれ!」
「でも見ろ、たったいま銃声がしたのに誰もいねえ!」
「テメエ、声がデケエよバカ! 身を隠したのさ!」
二十メートル真下で口論が始まる。自分とパンジーがいた位置で、だ。
「じゃあ尚更、ほっとけねえだろうが!」
「サツを待ったが利口だ、相手は銃を持ってんだぞ! 普通じゃねえよ!」
猛り立つ二人に反し、俺は怒りに速まった脈拍が治まっていく。腹の虫が治まることはないが。
「……理性を失うな」
一言、自分に言い聞かせた。一息吐き、携帯電話を取り出す。
電源を入れ、画面に表示された留守番電話を確認した。直属部下の捲し立てる内容に、俺が頭を痛めたのは言うまでもない。
「ハア……、どこで倒れてやがる。そう簡単に死んでくれるなよ、フラン」
未だ騒ぐ男二人に薄ら笑い、俺はまず現場に転がる銃弾の回収、フランの捜索、ヴェルヴィオの安否を現幹部か配下に報告させるよう、本部に連絡を繋いだのだった。
* * *
別の路地裏に身を滑らせ、私は彼に連絡を繋いだ。すると開口一番、戦果を問われた。
『遅かったですねパンジー、手古摺りましたか?』
「……申しわけございません、邪魔が入り仕留め損ねました。ですが次こそ」
『――次? まさか次こそ必ず、なんて言葉を私が信じるとでもお思いですか?』
「…………ッ」
私は口を噤んだ。完璧主義の彼の性格は、たった一回の失敗であろうと許さない。
『ハア……、わかっているはずですよ。貴女が次にすべき行動は――』
「……はい」
続けられた指示に、私は短く返事をし通話を切る。そして落書きされた汚い壁に寄りかかり、どこまでも自由が広がる空を仰ぎ……涙した。




