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MATTO-A5  作者: 咲之美影
第一章 ~シカゴ編~
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(NO.due レトロスペッツィオーネ

 

 「アドマ~ニッ!」


 太陽がすっかり真上に上がった時刻、ジョゼとロベルトは仕事だからとスイートルームをあとにした。早朝から長い時間いたけれどあれから仕事の話は一切なく、他愛もないバカげた話ばかりしていた気がする。


 例えばフランは外見から想像できないほど酒に弱いだとか、ヴァルドの未来は裸の王様だとか、そんなくだらない話だ。


 (こんなお気楽ボスでいいのかね、マジで)


 アルジェントの元老幹部や現幹部たちはヴェルヴィオ・カイン・ベルゴオッティ――、つまりは俺が次のボス候補だと予期していたらしい。だから誰もジョバンニ・カインの遺言に背くことなく、ボスの引き継ぎがすんなりできたと組織内部で仄聞した。


 けれど、ボスの器が自分に備わっているとは思えない。


 押し流されるようにボスの座を手に入れたはいいが、アルジェントを引き継ぐには経験が浅すぎるだろう。


 (そう楽々に扱えねえっての……)


 組織の体制や方針も大事、だけど幹部や下っ端のケアもしなければならない。大きい巣ほど丁重に扱わなければ、内部から脆く崩壊してしまう。それほどまでにイタリア四大マフィアの一つ、アルジェントの勢力は大きいのだ。


 「まあメンドーなことはあとで考えて、いまは目先の問題を解決しねえとな」


 そう自分に言い聞かせつつ、俺はテラスルームに向かった。太陽が降り注ぐ光りは心地良く、広いテラスルームは解放感に満ち溢れている。


 「うンあ~、久々の光合成~」


 自然と俺の声も弾む。白い手すりに背を向けながら眩しい世界を見上げていると、刹那、二つの黒い影が降り立った。


 「――総大将」


 光に影を齎す漆黒の髪が揺れ、神をも恐れぬ死神の目が俺を見据えている。鈴の声は見事に重なっていて、颯爽に登場する姿は鷹の如く格好良い。生憎、『総大将』の呼び名に慣れることはないが。


 「なあなあ、ソウダイショウってさ……、タイショウとどう違うの? ここ数日、聞くタイミング逃してたんだわ」


 最近までは大将だったにも拘わらず、ボスに格上げになってからは総大将と呼ばれるようになった。疑問を口にすると二人は声を揃えて答えてくる。


 「簡単に説明するとね、総大将は一番偉い人!」


 「へー、それボスじゃダメなワケ?」


 俺は立て続けに聞いた。二人は顔を見合わせ、直後、嘔吐の仕草で倒れ込んだ。


 「絶対にイヤ。他のヤツらと一緒の呼び方だなんて……オエップ、僕らのプライドが許さない」


 「……どんなプライドだそりゃ」


 下手くそな芝居と小さなプライドに呆れながら、俺は堪らず苦笑した。


 二人は一卵性双生児であり、名をイチゴとブドウと言う。兄のイチゴは左目眼球に「00-1」の数字を持ち、対照的に弟のブドウは右目眼球に「00-2」の数字を持つのだが、ぱっと見では見極めが難しい。


 「つうかさ、ンな格好してたら蒸発しねえ?」


 服装に難癖つけるつもりはない、がいまはまだ八月半ばだ。見てるこっちが暑苦しくなりそんな質問を投げてしまった。しかし、二人はけろりと首を横に振る。


 (コイツら揃いも揃ってニブチンなの? 体温調整できてねえって)


 二人の目元付近は黒いマスクで覆われていて、高い鼻筋から下半分しか見えていない。上衣はぴたりと肌に吸いつく黒いハイネックのノースリーブだ。それを補うように中指に引っかけられた手甲は腕まで伸び、籠手が装着してある。加えて籠手より頑丈そうな足鎧、ふわりとした下衣のズボンだけが涼しげだ。


 (ぜってー暑いだろ……)


 首元には濃く赤い菊柄のマフラーを巻いており、同じ模様をした腰マントは足下まで長い。その裏地は黒く、忍具が余すところなくぶら下がっていた。


 二人の格好は所謂、忍服だ。


 その昔、カイン一族の誰かが日本の伊賀忍者を気に入ったとかで服部半蔵保長とか言う忍者に数人を貰い受け、一族の陰影隊を作ったらしい。


 現代の日本では伊賀忍者の血を受け継ぐ者は耐えているようだが、カイン一族に仕える忍はいまも影に生きている。イチゴとブドウのように。


 (イタリアの陰影隊はもっと地味で身軽っぽい服なのによ、コイツらアレンジしすぎじゃね?)


 俺が凝視していると、二人が首を傾げて聞いてきた。


 「……総大将? 具合でも悪い?」


 絞り出された声には覇気がない。うんともすんとも言葉を発さない俺を心配したのだろうか?


 「まったく元気、ごめんごめん。あ! そういや昨日遊んだ結果教えてみ? ほら、金髪野郎の」


 昨日のことを思い出し、にかりと俺は話題を振って返す。二人は悪戯に微笑んだ。


 「しっかり葬ってあげた」


 「あらら、マジで? お前らの性格だとさ、殺すより生かしてネチネチ虐めてると思ってたわ」


 「僕らの総大将に手を出したんだ、道は一つしかないよ」


 イチゴとブドウは顔を見合わせ、互いに納得し合っている。


 「ンま、楽しめたらいいけどさ。でもよう、ジョゼが知ったら……」


 脳裏に浮かんだジョゼの姿に、俺は言葉を詰まらせた。考えるだけで頭が痛い。


 (ゼッテーに大噴火する。いつもの感覚で忘れてたわ、任務以外で殺させるなってキツク言われてたじゃん俺のバカ……。あ~、バレませんようにアーメン)


 神に祈る思いでため息を零していると、イチゴとブドウが声を押し殺し吐露してきた。


 「……紫イモも他のヤツらも大っ嫌い。僕らの総大将、横取りするし」


 忍は感情を表に出さないと聞くけれど、二人は忍であって忍ではない。紛れもなく伊賀忍者の血が流れ、カイン一族の陰影部隊なのだが、実のところわけありの双子なのだ。


 「ちと二人、こっちに来なさい」


 ちょいちょいと俺は手招く。二人は従うように両サイドにきた。左にはイチゴ、右にはブドウ、真ん中には俺がいる。三人並ぶときの定位置は七年前から変わらない。


 なるべく語調を和らげ、俺は二人の肩に手をかけ置いて話しかけた。


 「未だに人間や他生物は嫌いか?」


 「Ti odio」


 即答で返されて一笑してしまう。


 「そうだよなー。俺の世界はごちゃごちゃしてっからさ、もっと静かな世界がお前らには合ってんのかもな?」


 「――――っ」


 (ヤベッ、地雷踏んだ!?)


 俺の言葉にビクリと肩を竦ませるや否や、二人は頭を傾けてきた。黙って様子を窺っていると、ぽつりぽつりと耳元で囁いてくる。その声は風音にも負けそうなくらい弱く儚い。


 「……総大将がいない世界は僕らの世界じゃないよ、僕らは総大将の影で生きてるんだもん」


 「そ――、そうそう! 俺の影はイチゴとブドウッ! まあほら! 俺が言いてーのは……、たまに忙しくなってお前らの相手できねえけど影は常に一緒なんだから不貞腐れんなってコトだ。幹部らも仕事で俺を呼ぶだけで、お前らから世界を奪うつもりじゃねーよ」


 「総大将がそう言うなら……、これからは嫌いで留めておけるように努力する」


 (なんか噛み合わねえ!)


 「あー、……お前らなりにわかったならいい。この話はもう終わりな?」


 会話の選択ミスに、俺は一方的に話のピリオドを打つ。幹部のフォローを挟んで話を進めるつもりが、初っ端から地雷を踏んでそれどころではなかった。


 (コイツらの世界が俺の『影』、か。一緒にいすぎて忘れちまってたな……。言った本人より言われた本人のほうが覚えてるって……、アレ本当なのかねえ)


 初めて会ったのは七年前、イタリアの陰影隊が管理する山奥の監禁小屋に二人はいた。監禁されている恐怖心や憎悪心からか、二人はいまの数倍も獣じみていて誰一人寄せつけないオーラを漂わせていた。無理もないだろう。当初、二人はまだ十歳だったのだから。


 (や、俺も若かったね)


 当時十四歳だった俺は小屋に通い詰め、陰影隊の目を盗んでは外に出してやり、忍に欠かせない忍術や体術を学ばせた。そして日に日に二人が俺の存在に慣れてきた頃、ジョバンニ・カインと陰影隊の頭に話をつけ、二人を正式に俺の部下として迎え入れたのだ。


 狭い小屋の世界しか知らない二人は、最初こそ俺の申し出に首を振って頑なに断り続けた。だけど二人はいまここにいる。


 『俺の影になって――』


 (――って、なに思い出してんだか。やめやめ俺らしくもねえ、キンモッ)


 他人や自分の思い出に浸るほど俺はお人よしではないし、掘り起こそうとも思わない。


 過去を振り返るより、未来を見据えたほうが何倍も楽しいと思う。生きてきた過去は変えられないけれど、生きていく未来は平等に自分の手で選ぶことができる。


 大事なのは『この瞬間』で『足下を見失わない』、それだけだ。


 しかし、イチゴとブドウはどうだろうか?


 (俺より遥かに心は繊細だろうしな……、性格は図太くてドス黒いとこあっけど)


 考えるよりも先に動いてしまうのは俺の悪い癖で、気づけば唐突に訊ねてしまっていた。


 「イチゴブドウ、俺の足の小幅は大きいか?」


 自分の声が淡く耳の奥まで響き渡る。短くとも長い沈黙が続いたが、二人は言葉の意味を悟って答えてくれた。


 「ううん。すぐに背中を見つけられるよ、歩調合わせてくれてありがとう」


 「おーそっか!」


 「う、わわっ!? ちょっ、総大将なにするの!?」


 イチゴとブドウが慌てふためく。


 「フハッ! 褒めてやってんだろ!」


 そう笑って、二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。俺に逆らえない態度がまた健気でいじらしい。


 イチゴとブドウ――二人なりに自分で選んだ道をしっかり歩いているようだ。俺ができることは道標として立ち止まらずに歩き、たまに振り返って二人の名を呼んでやることだろう。


 「さーて! ンじゃ、そろそろ任務の話すんぜ」


 気分も上がってきたところで、俺は本題を切り出した。元々、テラスルームに出てきた本来の目的は二人に任務を与えるためなのだ。


 「えっと――、ってあれ?」


 気づけば隣に影がない。


 「いつの間に……」


 目にも留まらぬ速さで動いたのだろう。イチゴとブドウは俺の前に跪き、すでに総大将の命令を待っていた。


 「コホンッ、朝の話は聞いているよな?」


 仕切り直しに咳払いし、俺は頷く二人を確認してから命令を下す。


 「じゃあ早速。暗々裏にフランに状況報告して交代、ロバートを捕まえておいてくれ。場所はテキトーにお前らに任せっから追って連絡しろ、ロバートの護衛は一人として生かしておくな。明日ジジイの葬式が終わり次第、俺らもそっちに向かう」


 「ロバート・マッセリアと遊ぶのは?」


 二人が鋭い眼差しを向けてくる。


 「遊んで構わねえよ、話せる程度にな」


 俺が片眉を上げて許可すると、二人は左右に笑窪を作った。まるで悪魔の微笑みだ。


 「しっかり頼むぜ」


 「――――」


 この言葉を最後に二つの影は忽然と消え、白い太陽の光りだけが俺の視界に残った。


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