(NO.sei The Commission
「売春ビジネスはご法度、名誉ある男が行うことじゃない。アイアス・ヴァイスは血の掟に従って、始末をするという決議で異存はない?」
「ありませんよ、妥当です。私が責任もって血の掟に従い、酸鼻を極めた制裁をします」
アドネの最終確認に、ブルーノは一本調子で部下の死を約束した。
マフィア界で売春と賭博はご法度だ。そう存知していながら、ザクニータの準構成員・アイアスは組織の目を盗んで売春ビジネスをしていたらしい。
(へえ、……抜かりねえな)
最下層である準構成員の粗相を議題に取り上げられても、ブルーノが至って冷静に対応できるということは、すでに調べがついていたということだろう。現幹部がしっかりしている証拠だ。
「――さてと、いまので議決で最後だよ。時間もまずまず、相対する意見が少なかったからだね。最初はどうなるかと思ったけど、円滑に進められて良かった」
手に持つ色褪せたクラスト紙をテーブルに置き、アドネが相好を崩して告げる。
「ええ、ヴェルヴィオがきちんと参加してくれていれば尚良かったのですが」
相槌を打ち、ブルーノが一瞥してきた。
「はあ? どういう意味だよブルーノ」
詰るような言葉に俺は眉根を寄せる。
「コミッション開始一五分で、うとうとしていましたよ。途中、呼びかけても返事がありませんでしたし……寝ていたのでは?」
「……や、ただ単に集中してたんだって」
「ハハッ、説得力に欠けるよね。涎の跡が残ってちゃさ」
アドネが失笑し、俺は「マジ!?」と咄嗟に手の甲で唇を拭う。が、涎らしきモノが垂れた痕跡はなかった。
「……クソ、アンタなあ」
「まさか、引っかかるなんてね。初歩的な手だったんだけど」
パチッ、とアドネがウインクで星を飛ばしてくる。
(…………)
俺は下唇を噛んだ。全力で首に噛みついてやりたい。
血が流れる動脈を目で追っていたら、ブルーノが滑らかに立ち上がった。肩に羽織ったスーツジャケットを、折り曲げた左腕にかけると息のこもった声で言い落す。
「ヴェルヴィオは、組織を背負うボスになっても依然たる性格のようですね。あなたが自縄自縛に陥らぬよう、祈っておきましょう。我々のためにも」
ブルーノの言葉尻から途切れることなく、ロニーが凄みを利かした形相で苦言を呈してきた。
「一度身が黒く染まれば色は拭えぬ、身を縛る血の掟からも逃れられぬ。それがマフィア世界だと知っておろうの、ヴェルヴィオカイン。イタリア四大マファアとして……、シチリアの血と誇りに反した下種な振る舞いを行えば儂が許さんぞ」
「…………掟には背きませんよ」
(掟には……)
マフィアであっても俺はヴァンパイア、後者に頷けずに曖昧な返事となってしまう。血族として自分の血に誇りを持つ以上、「シチリアの血に誓って大丈夫です!」などとは到底言えない。
弱い切り返しが不信感を生んだのか、場に妙な無言が続いた。すると突如、沈黙の圧力に耐えかねたのかアドネが立ち上がり、一直線に窓際まで行ってカーテンと小窓を開放する。
刹那にして天井で渦をなしていた煙草やパイプの煙が外へ逃げ、代わりに澄んだ空気が部屋に入ってきた。
「うっわー……、酷い有り様だね」
背を向けたまま、アドネが雑多な感想を述べる。恐らく外は地獄絵図なのだろう。耳に届く地を打つ雨音、轟く雷鳴は鼓膜を揺らすほど凄まじい。
(土砂降りのなか帰るのメンドクセー、つかアイツら大人しく待ってんだろーな)
ふいにそう思った瞬間、不安を煽る臭いが僅かながら鼻先を掠めた。俺は椅子を乱暴に倒して立ち上がると、アドネが立つ窓際まで駆け寄って嗅覚を研ぎ澄ませる。
(おいおいおい……、なにして遊んでやがんだあの二人)
風雨で臭いは薄れているが間違いない。イチゴとブドウ、二人の血の香りだ。
そして、二人と似て非なる臭いの正体に嫌な予感が胸を過った。
(――ウルフ、か?)
外れた試しがない第六感に俺が舌打ちをすれば、唖然とした面持ちでアドネが首を傾げる。
「ど、どうしたの? ヴェルヴィオくん」
「コミッションさ、さっきの議決で終わったんだよな?」
即座に俺は聞き返した。
「え? ああ、……うん。この後、時間あるなら食事でもって思ってたんだけどどう? いい機会でしょ、互いに信頼を売るには」
「折角の誘いだけど悪いなアドネ、仕事あっからまた今度声かけてくれ」
誘いに乗ってやりたいが、イタリア四大マフィアと親睦を深めている場合ではない。俺ははやる気持ちを抑えて告げ、アドネの肩をポンと叩いて木工ドアへと足を向ける。
「窮鼠猫を噛むと言う。無駄に追い回さんことだ、マット・アドーネよ」
真鍮のハンドルに触れる寸前、ロニーが背中越しに助言してきた。さすがは古ダヌキ、些細な行動一つで緊急事態だと察知したようだ。
俺はハンドルを握り、首を右斜め横に傾ける。
「断りもなくすみませんロニーの爺様、お先に失礼させていただきます。ブルーノもまたな」
そう一言謝って、簡単な挨拶を最後にその場をあとにしたのだった。




