(NO.due Chicago O'Hare International Airport
問題なく無事にチェックインを済ませた後、俺と愛犬たちはとある集団を捜していた。
「いねえなあ……」
だが、人に捜されても捜すほうの免疫は極度に薄いため苦戦している。
「ハー、メンドッちい」
適当に目線を流して舌を出すと、俺の両腕に絡みつく愛犬双子が抗議してきた。
「総大将っ! 舌にはアルジェントの紋章と一緒に、『ボスナンバー』が刻まれてるんだから! 無闇に出しちゃダメ!」
「へ~い、ごめんちょ」
抗弁もなく、俺は軽く謝る。
裏世界――マフィアに身を置く者ならば組織の紋章を身体に刻み込むのは当然至極、もちろん、俺も二人の言葉通り舌に焼きつけていた。
加えてアルジェントのボスと現幹部は組織の紋章に各々のナンバーを刻み込んでおり、数字は組織内の地位を示すもので身分証の役目をも担っている。因みにボスの俺は祖父にA-00の数字をもらい受け、現幹部は元老幹部にA-01からの数字を引き継いだ。
(一応、強請られてイチゴとブドウにも数字は与えてんだけどね。必要ねえのになー、忍には)
数字の使い道は裏世界特有で、他のマフィアボスやカポと疎通を図るときに活用する。薄汚れて信頼性に欠けた世界でも、「俺は替え玉じゃなく本物だぜ」と断言できるように。
しかし、数字の欠点は大きい。
(ドジッて敵に捕まって……挙句に数字を見られりゃTHE END。マフィアってのは容赦ねえからなあ)
二人の指摘に思索にふけていると、突然、肩を掴まれて呼び止められた。
「オイッ、ドブ猫!」
振り向くとそこには見知った男いる。
「――あん? 何だフランかよ……ってフランだあ!? テメ……ッ、何でこんなところにイんだよバカ!」
危く流しかけたが、ここにいるはずのない人物に俺は声を荒げた。
「っるせえ! こっちはさっきまで仕事でなア、徹夜明けだってのにわざわざ見送り来てやったんだ!」
有難く思え! と傲然に言い放つフランに、当然、イチゴとブドウが黙ってはないない。
「誰も頼んでないし。檻に戻れフラミンゴ」
「ああ、いたのか駄犬共。ちっこすぎて眼中になかったぜ、ワリーワリー」
ニヤリ、フランは冷笑した。
「早い老眼、お気の毒に」
クスリ、二人は揶揄して微笑んだ。
短い沈黙をフランが絶ち切る。
「……上等だゴラ」
「こっちの台詞」
二人の切り返しは早い。
(やれやれ……)
フランと愛犬二匹は言わずと知れた犬猿の仲、俺は火花が散る両者の間で手を叩いた。
「ハーイ、タイムオーバー。引き分け~い」
「ンな!? ヴェルヴィオ!」
納得がいかないとばかりに眉尻を吊り上げ、フランが鋭い眼光で睨んでくる。
(っとにコイツは……面倒な性格してるよな)
内心でため息を零しつつ、俺はフランの頬にそっと手を伸ばした。フランを黙らせるコツ、それは熱い眼差しで甘美に囁き声で言うことだ。
「見送りサンキュ、フラン。二週間、俺がいねえからって浮気すんなよ。お前の愛がねえと俺……生きてけねえんだわ」
「~~キ、キメエことほざくなヴェルヴィオッ! こ……ンの、勘違い野郎! 俺に気安く触るんじゃねえ!」
思ったとおりの反応で手を払われ、フランは火照った顔を片腕で隠して目を逸らす。
(チョロイすぎんだろ、フラン様)
この男ほど扱いやすい男はいない。
(あとはこっちか……)
影を背負う双子を見て俺は微苦笑した。
「腕、寂しいんだけど」
両腕をぷらぷらさせて言うと、遠慮がちに二人が絡みついてくる。
「……ね、総大将」
そして意を決したように「僕らのことスキ?」なんて可愛らしいことを訊ねてきた。
単純且つ純粋な質問の意図はわからないけれど、もったいぶらずに俺は両腕を引き寄せて即答する。
「大好きに決まってんじゃん♪」
自分から『宝血』と『ボス』の肩書を取ってしまえば、『マット・アドーネ』の異名と『愛犬家』しか残らない。
「ヘヘッ、良かったねブドウ」
「ヘヘッ、良かったねイチゴ」
答えに満足したのか、二人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。喜ぶ姿に俺は擽ったさを感じる。何にせよ一件落着だ。
と一息ついた瞬間、野太い呼号が辺りに響き渡った。
「いましたあああっ!」
切羽詰まった声音に、周囲が一気にざわめく。
「あ? 何だいまの声は……」
「どっちどっち?」
警戒に呟くフランとは違い、興味津々に俺はきょろきょろとする。
「総大将、あっちだよ」
「そっちね、……あ」
イチゴとブドウが指差す先を目で辿り、俺は小さな声を漏らした。一際目立つ二人が黒いスーツに身を纏う男数十名を引き連れ、真っ直ぐこちらに向かって来るではないか。
(――ヤベッ! うわー最悪、すっかり忘れてた……)
レイク・フォレストの屋敷を出発する寸前まで、ジョゼに何度もしつこく言われていたことをいまになって思い出した。
(なんで思い出しちまうかねえ、こんなときに限って。どう言いワケすりゃ……)
フル回転で弁解を考えるが間に合わず、集団は俺の眼前で足を止める。圧迫感が半端ない。
「捜したぞ、ヴェル! ジョゼから連絡受けてラウンジで待っていたが、肝心のお前さんが一向に姿を現しやしない!」
水色の前髪を左に退け、口を開くや否やロベルトが怒鳴った。今回ばかりは色男もお冠のようだ。
「ぶ、無事で良かった……ボス……」
傍らには右目に黒い眼帯をした男、ヴァルドもいる。
「まさかとは思うがヴェル、『ラウンジ集合』をよもや忘れていたとか言わないよな? ほんの数十分前、ジョゼには『今朝伝えた』と聞いているが」
腕を組みながらロベルトが捲し立ててきた。急所をえぐられた俺は、素直に「すまん」と認めるしかない。
「や、マジでアンタらの顔見て思い出したんだぜ? こっちもずっと捜してたんだけどさ、ハハッ、どーりで見つからねえはずだよなあ」
Sorry、と再度謝って俺は薄く笑った。
刹那、ロベルトが片手で両目を覆う。
「Damn it! 腹立つが可愛い……ッ! しょうがねえから一発、一発で俺を満足させることができたらチャラにしてやろう。無論、口内は一発に加算されんぞ」
手を口元にずらして艶めかしく交渉を切り出すロベルトに、誰よりも早く反応したのは思春期真っただ中のフランだ。
「テ――、んメエの脳ミソはそればっかか、ロベルト!」
「これしきで動揺とは情けないな……本当にタマついてんのかフラン?」
ロベルトが至極真面目な表情で訊ね、聞かれた本人は顔を真っ赤に染め上げている。
「~~っの、ハゲ! Crepa!」
「心配して言ってるんだろうが。最近、いつシた? いつイッた? しっかり起動しているのか? お前さんの息子は」
「~~おっさんウゼエッ! 黙らねえとブッ殺す!」
フランは鈍感だ。遊ばれていることに気づいていない。
「ロベルト、やめとけ」
慈悲の心で俺が口を挟むとロベルトは肩を竦ませ、さも興味なさげに「ならばフラン、お前がここにいる理由を聞こう」などと今更な疑問を投げかけた。
「はあ!? 理由ってお前それは……」
案の定、短兵急な話題転換にフランは口籠る。
「頑なに……『誰が見送りに行くかタコ』とか……言ってただろ。なのに結局来たんだ……? よく……ツラ出せたな。尊敬、するよ……違う意味でね……」
素知らぬ顔だったヴァルドが冷やかな眼差しで毒を吐き、痛いところを突かれたフランは焦って反論した。
「う、っるせえ! 俺アな、部下が心配だっつーから仕方なく来てやったんだ!」
そんな捻りに乏しい強弁も虚しく、果然ロベルトは「そうかい」とつっけんどんに受け流し、ヴァルドはフランを無視して俺の傍に小走りで駆け寄って来る。蜜柑色の瞳は熱を帯び、純白な頬を朱に染めた姿は女よりも女らしい。
「ボ、ス……荷物……持つよ」
謙虚に手を伸ばすヴァルドの斜め後方ではフランが地団駄を踏んでおり、俺は吹き出しそうな笑いを堪えつつ申し出に甘えて荷物を手放した。
「グラッツエ。やっぱ最高だぜ、ヴァルド。あ、待たせちまって悪かったな」
「うっ、ううん! 謝らないで……! ボスが無事なら俺は……それでいい、から……っ!」
ヴァルドは必死に首を振る。スナイパーの腕は殺人鬼と通り名がつくほど悪名高いのだが、俺の前では単に恥ずかしがり屋な男にすぎない。
(プラス、腹黒さは天然で不思議ちゃんっつうところかね。まあうん、本性はわかんねえけど)
ぼんやり思考を余所に働かせていると、突如、フランが荒々しい声を発した。宥め賺す構成員と何やら言い争っている。
「ダアアッ、邪魔くせえんだよ! どきやがれ! 俺は帰るっつってんだろうが! 耳ついてんのかテメエは!」
「お、落ち着いてくださいカポ・フラン! 折角、ここまでいらっしゃったんですから! せめてボスに一言だけでも挨拶を!」
「アアン!? ソルジャーが俺に指図すんじゃねえ! 立場を弁えやがれってんだクソが!」
激怒したフランに、構成員はたじたじだ。
(おうおう、蚊帳の外に追いやらて怒ってやんの)
俺の表情に「面白い」と滲み出ていたのか、ロベルトが単語を強調して呟いた。
「隠せてねえぞ」
「Non c'e` problema、別に俺隠してるつもりなかったし。つーかさ、そろそろヤバイんじゃね? アイツが警備員に捕まりでもしてみろ、こっちにまで火の粉が飛んでくるぜ」
俺はフランを一瞥して催促する。
「ガキのお守は御免だってのに」
ロベルトは小言を吐いて一喝した。
「ギャアギャア喚くな!」
さながらジョゼのようだ。迫力も負けてはいない。
「……セキュリティ・チェックも済ませてねえんだ、時間がねえからさっさと行くぞ。フラン、自分の意思で来たなら一言くらい告げてボスを送り出すことが筋だろう?」
「――――っ」
一呼吸置いて淡々と告げられた言葉にフランは口を噤んで下を向き、ふっと笑うロベルトは構成員に顎をしゃくって歩いて行く。
「ボス……」
促すヴァルドに俺は相槌を打ち、悄然として俯くフランに声をかけた。
「気イつけて帰れよ、フラン。留守番頼んだぜ」
「……はっ、テメエだけには言われたかねえっつの」
眉根を寄せた厳つい顔を上げ、いつもの悪態で返してくる。それでこそフランだ。
「元気でヨロシイ。じゃあな」
そう言って俺は愛犬と共に一歩を踏み出した、が名前を呼ばれて足が止まる。
「――ヴェルヴィオ!」
直後、フランが懐から何かを取り出して投げつけてきた。
「っと、ナイスキャッチ」
イチゴとブドウが瞬時に掴み、「これ」と手に捕らえたモノを俺に見せてくる。
それは俺の大好物、ストロベリーグレープ味の棒つきキャンディーだった。二つの束に分けられていて、一束七本で括られている。合わせて十四本、一日一本計算で二週間分だ。
「サンキュ、大事に食うわ」
予期せぬ土産に俺は礼を告げた。
フランは得意げに親指を立ててくる。
「仕事、しっかりしろよ」
高圧的な態度もいまは許せてしまい、俺はウインクで返答してフランと別れたのだった。気配を絶った『獣』、影に身を潜めた男の瞳に自分が映っているとも知らずに。




