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MATTO-A5  作者: 咲之美影
第一章 ~シカゴ編~
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(NO.uno マット・アドーネ

 


 二十一世紀――アメリカ合衆国のイリノイ州・シカゴは、悪天候続きで今日も空の機嫌が悪い。この引き籠りたい衝動は自分の意思とは関係なく、久しく青空を見ていないせいだろう。賑やかな街道に出ても尚、気分は一向に重みを増すだけだった。


 「あーどこまで行っても身体がだりいし、何もねえ! ちょっ、マジで休憩だなこりゃ」


 ふらふらと覚束無い足取りで街角を曲がり、スラム街へと続く薄暗い路地裏に身体を滑り込ませると、肌寒い風が顔面にぶつかってきて鼻の奥がスンッと縮こまった。けれど湿気でべとついた身体には丁度良く、通り抜けていく風は涼しげで快適だ。


 「……ふへ~、有難い風だねえ」


 だらしのない声と共にグッと背筋を伸ばし、俺は重力に逆らうことなくドカッと腰を下ろした。そしてズリズリ地べたを這うように後方へ動き、煉瓦色の壁を背に寄りかかる。


 「……ふう」


 一呼吸置くと脱力感に襲われ、重い瞼が徐々に落ちていく。路地裏は静寂に満ちていて、微かに聞こえる街道の声すら手が届かない距離だと錯覚させるようだ。


 「よっこいせ、――っと?」


 ついでに足も伸ばそうと投げ出したとき、コツリと何かに当たって履いていたスリッパが脱げ落ちた。ぱちりと片目を開いて確認してみると、通りすがりの男たちが揃って足を止め、俺を見下ろしている。否、ガンを飛ばしていると言ったほうが正しい。そのまま足下に視線を落とせばその数人の一人、金髪のドでかい男の足に自分の投げ出した足が当たったのだと理解した。


 「…………」


 器用にスリッパを足で拾い上げ、面倒臭く絡まれる前に軽く男たちの素性を探る。人数は七人、服はそう高くなさそうだが首や手のゴツイ付属品は高価そうだ。善良な一般人の面構えとも思えない。ストリートギャングだろうか?


 微妙な空気の流れに数拍置き、俺は軽い謝罪のつもりで声をかける。


 「ええっとさ、ごめん」


 「謝って済むと思ってんのか? 俺たちを誰だと思ってやがる、ガキが」


 金髪の男が中腰になり、低い声音を尖らせてきた。誰だと聞かれても答えれることは一つしかない。


 「通りすがりの男」


 「違ええ! そんなこたあ、聞いてねえよ!」


 「ああっと……、通りすがりの……センスに乏しいギャング?」


 「ナメてんのか! このガキアッ!」


 怒声と一緒に伸びてくる拳に、俺は咄嗟に奥歯を食い縛った。


 「――ツッ!」


 ふわり腰が浮いて身体が横倒れする。左手で右頬を擦れば、口の中に鉄の味が広がった。どうやら手加減無しに殴られたらしい。


 「……やだやだ、荒いねえ」


 そう言って喉に溜まった血を吐き、俺は手首で口角を拭う。上半身を起こしながら片手で尻をずらして、一番近い黄ばんだ壁に凭れかかった。


 「俺らをそこらのパンピーギャングと一緒にするたあ、いい度胸じゃねえか。その生意気な口、いつまで続くか試してやるぜ」


 男は気だるく腰を上げ、周りの仲間に目配せする。リンチの合図だ。


 (ほー、相手方さんヤル気満々ってか。もっと奥まで足進めておくべきだったな、街道は近けえし運悪けりゃ見つかって通報とかされんじゃね?)


 ここで警察沙汰は避けたい。だけど逃げるにしても、これといって足が速いわけではない自分が逃げ切れる可能性は低い。どうするかと鶏以下の脳みそで思考を張り巡らせ、こねこね練ったしょうもない作戦を口に出した。


 「……アンタら、マジでギャングじゃねえの? んな強い拳で殴られたのも初めてだしさ、ギャングじゃないってほうが俺は信じらんねえや」


 大抵、傲慢な男ほど褒めて持ち上げればちょろいものだったりする。特に俺を殴った金髪の男は自信家のようだ、こういった相手にはキャンキャン尻尾を振って下手に出るほうが無難だろう。


 反吐が出るほどくさい芝居にも関わらず、男たちは顔を見合わせると機嫌良く各々口を開いた。


 「ギャングに収まる玉じゃねえんだよ、俺らは」


 「そうそう、何たって俺らはシカゴ最強のマフィアにいるんだぜ?」


 「冥土の土産に教えてやる。テメエもよお、名前くらい聞いたことあんだろ? マフィア界最強の組織――アルジェントを」


 アルジェント――、イタリア四大マフィアの一つで拠点をシカゴに移した組織の名だ。シカゴ・アウトフィットとも呼ばれ、シカゴを単独で支配している唯一のファミリー。アルジェントはイカれた連中の集まりだと聞く。裏世界に身を置く誰もが一目置いているファミリーだとか。


 俺は肩を竦め、嘯いて首を横に振る。ここで『知ってます』なんて口走れば、話がややこしくなるに違いない。


 「うーん、名前は聞いたことあってもよくは知らねえ。カタギだし」


 「それでもアルジェントのボス、ジョバンニ・カインの名くらい知ってんだろ?」


 その問いに口端が上がりそうなのを堪え、話題が途切れぬよう聞き返した。


 「ジョバンニイ? たしか三日前、『ジョバンニ死す!』ってな感じで大々的に報道されたけど?」


  一刹那、場が凍りつく。けれど、すぐに金髪の男が沈黙を破った。


 「……報道はガセだろ。前にも同じようなネタがあったしな、現に俺らはまだ何も聞かされてねえっつーんだ」


 そこに、隣の男が弱々しく言葉を繋ぐ。


 「けど報道と重なって、三日前に幹部クラスが緊急収集されてんのは気になるよな。その中に次のボス候補に上がってる……、マット・アドーネもいたらしいしよ」


 「Matto-Adone?」


 目を瞬かせながら俺が口を挟むと、男は茶髪の頭をガシガシと掻きながら乱暴な物言いで説明し始めた。


 「ああ……ジョバンニの孫、ヴェルヴィオだ。相当イカれた野郎だって噂だぜ。下っ端の俺らじゃ顔すら拝めねえが、アルジェント幹部を半殺しにしたことがあるってスゲー(ウワサ)も流れてたくらいだ。それでついた通り名がイカれた美青年! ……ったく、何が美青年だってんだよ。ただの命知らずな怪物だろ」


 「そうとも言えねえぞ? 見た奴に聞いた話じゃ――ほら、コイツみてえな銀髪頭のガキで顔も綺麗めだって話だ」


 と、スキンヘッドの男の親指が俺に向く。そこにいる全員の男たちに刮目され、俺がへらっと軽く手を上げて微笑むや否や、どっと哄笑した声が辺りに響き渡り、頭上で揶揄した言葉が飛び交った。


 「ブハハハッ、ねえよねえ! 有り得ねえって! こんな薄汚れたガキに似てたら、そこらにいても気づかねえだろ!」


 (どーせ、寝間着だけど……)


 「ガセネタが本当だったら洒落になんねえよ! アルジェントの未来は終わりだ! ギャハハハハ!」


 「ガキに従うなんざまっぴらだぜ! ギャングになったほうがマシだってーの! なあ!」


 (まあ、そうだわなー)


 「案外、マジで似てたりしてな! ちょっ、お前そこに立ってみろ!」


 一人の男が声を弾ませ、顎をしゃくる。逆らうことは簡単だけれど、視界の隅で殺気立つ黒い影を見ているのも愉快な上に、このあと何か途轍もなく面白い展開が待ち受けていそうで、俺は素直にノロノロと立ち上がった。


 「ハイ、これでいい?」


 両手を頭の後ろで組み、壁に背を傾ける。


 「――っお前! しゅ、出身と年齢に身長は!」


 「……スィ?」


 いきなり突拍子もないことを聞かれ俺は首を傾げた。身体検査でも始めるのかと嘲笑って返そうとしたが、スキンヘッドの男は血相を変えるほど知りたいらしい。


 「……イタリア・シチリア生まれのピチピチな二十一歳、身長は百八十センチくれえかな?」


 取り敢えず答えてみるとスキンヘッドの男は青紫色に表情を固くし、ガタガタと奥歯を震わせ始めた。


 「同じ……っ、マッ、ネ……」


 仲間の異変に、周りも色めき立つ。


 「お、おい! どうしたんだよ!?」


 「テメエ! 何言いやが――っ!?」


 興奮した金髪男の手が俺の肩に触れる寸前、ぴたりと動きを止めた。正しく言うと止められた。男の右手の甲には、忍道具のクナイが見事に貫通している。


 「グアアアッ! 痛ってええ! なんだよコリャアアアッ!」


 骨を砕かれて激痛に吠える男の後方、向かい側の錆びれたビルの上に二つの黒い影がこっちを見下ろしていた。クナイを投げたのは、あの二人のどちらかで相違ない。


 (チャオー)


 心の中で呼びかけて黒い影にウインクすると再び、クナイが俺の顔面すれすれに飛んできた。


 ふと、乱雑された文字に目が止まる。クナイに紙が括りつけられていたのだ。


 「――――ッ! ……クククッ」


 須臾に笑いを堪えたが、口端から声が漏れてしまう。


 「何だってんだ! 何が起きた!?」


 「テ、テンメエ! 俺らアルジェントファミリーに手を出してタダで済むと――」


 「――やっと見つけたぞ、ヴェル。勝手に部屋を抜け出すなってあれほど釘を刺してたってのに、そうやってすぐフラフラいなくなりやがって」


 怒号を上げる男たちの声と重なり、街道から一人の男が小言を並べながら向かって来る。徐々に露になる容貌に恐怖してか、そこにいる男たち全員の唾液を飲み込む音が俺の耳まで鮮明に聞こえた。


 前触れなく現れたその男の名はジョゼ・パダラメンティ、二十九歳という若さで幹部首座を任されたアルジェントの現幹部だ。


 ジョゼは高級な黒スーツにアルジェントの紋章入りネクタイを締めていて、身長が高い割に顔は小さく、いかにもできる男っぽい顔立ちにどんだけ綺麗な髪を目指してんだってくらいサラサラな紫色の髪を靡かせている。真ん中分けの長い前髪から見据える紫の瞳の瞼は二重だけれど、目尻が垂れ下がっている上に若干、疲れが目の下に淡く刻まれていた。その隈の原因には触れないでおきたい。


 「ボンジョルノー」


 俺は手をひらひらと振り、ジョゼに近づいた。ジョゼと距離が縮むなり腹音が鳴って、そういえば朝から何も口にしていないことを思い出す。


 「マミー、早速だけど腹減った。プリーズ、何か作ってー」


 「ヴェル……」


 目の前に来た俺にジョゼは更にぐっと詰め寄る。俺より身長が高いジョゼを見上げればくっきりと眉根には皺が寄っていて、険しく瞼を細めると語気を鋭くして言い放った。


 「頼むから、そのフラつくクセをどうにかしてくれ。俺はお前の世話ばっかりしてらんねえんだぞ、何度言えばわかるんだ?」


 「でもさ、世話のかかる猫ほど可愛いって言うじゃん。ほれほれー、イケメンさんが台無しだぜ?」


 ぐいぐいと眉間の筋肉を解してやり、ぽんぽんと両肩を叩いて怒りを鎮めてやる。


 「勝手に言葉を作るな。それに猫より犬派なんだよ、俺は」


 釈然としない様子でため息を吐かれ、次はどう宥めようかと俺の思考が右往左往していると後ろから助け船が出された。クナイで貧血気味なのか、血の気が失せた金髪男の船はいまにも陥没しそうだ。


 「グ……ッ! あのっ、ジョゼさんっすよね!? 俺らアルジェントの準構成員っす! 数日前、構成員から顧問になって下さったと聞きました……!」


 (……顧問? コイツが?)


 俺は疑いの眼差しで澄ましたジョゼの横顔を見やった。


 マフィアの顧問は組織内でも重要なポストで、立場はボスの横に位置づけられている。通常、幹部を介してしかボスやアンダーボスと接触できない構成員・準構成員が幹部と問題を抱えたときに、直接相談できるよう設けられたのが顧問なのだ。ジョゼは幹部の首座であってボスより忙しい立場だろう。面倒臭い顧問の仕事まで引き受けるとは思えない。


 しかしジョゼは俺を一瞥すると、ふっと口元を緩ませ肯定した。


 「ああそう、お前らアルジェントの準構成員か。まあ顧問っていっても生憎、このボスのせいで八割は部下に任せてある。何かあれば俺の部下に言え、すぐに対処させる」


 「ヒュー、マジで顧問なんてすんの? お前さあ、まさか仕事で自分追い込んでMを開発させてんじゃーッテテテ! ごめんごめん! マミー許して! ジョークジョーク!」


 俺の返しに不満を持ったジョゼは、不敵な笑みで頬を抓ってくる。地味に痛い。


 「あ――、あの! ボ、ボス……って、ジョバンニ・カインっすよね? 『このボス』ってのは……まま、まさか……」


 薄々感ずいているらしい金髪の男は、途中で唇をぎゅっと縫ってしまった。スキンヘッドの奇妙な言動から始まり、どこからか飛んできた怪しげなクナイに刺されれば大凡の察しはつくだろう。しかも追い打ちをかけるように俺がアルジェントの首座幹部と戯れ、『このボス』とまで核心づけられてはバレるのも当然だけれど――楽しくなってきた状況下にもう少し遊んでいたかったと不満げにジョゼを睨んだ。


 「ヘソを曲げれる立場かヴェル、根本を辿ればお前が悪いんだろ」


 ジョゼの冷静さは相変わらずで、七人の男たちの神でも祈るような熱い眼差しと上にいる二つの気配、そして俺の行動パターンまでを見透かして、これまでに至った現状を把握したように再度頬を抓ってようやく解放してくれた。


 「……はあ、何も喋らず自分で名乗らなかったことだけに免じて今回は許してやるよ」


 「グラフィヘ~」


 礼を述べながら両手で頬を包み込めば、少しばかり頬が腫れてるのがわかる。


 (うっぷん晴らししやがった、クソオ……こンのタレ目っ!)


 ここぞとばかりに抓ったな、と俺は女みたいにネチネチと心の中でジョゼに暴言を吐く。


 直後、警戒心の欠片もない俺の身体をくるりと反転させ、ジョゼは俺の顎を持ち上げるとマフィアらしい凛とした声を発した。


 「色んな情報で困惑してると思うが、明日には準構成員にも通達がいく。この場で二つ言えることはまず、ジョバンニ・カインはこの世にもういない。言いたいことがあるなら、明後日の葬式で綿々と思いのたけを述べればいい。そして――血の掟と血印書で決まったアルジェントの現ボスは、このヴェルヴィオ・カイン・ベルゴオッティだ。こんな飄逸な男でも会えて光栄だと思っておけよ、ボスと面会できるのは幹部クラスだけなんだからな」


 「ヴェルッ、……ヴィオッ!」


 威力抜群な爆弾を投げられ、男たちは腰を抜かした。あたふたとする者もいれば宗教的に拝む者もいる。呆気なくバレてしまったことに、俺でさえ嘆息を漏らすほどつまらない結末となってしまった。


 「ハイハイ、ピアチェーレ。あーあ、バレちまったしあとは二人に任せて飯にしようぜ。マミーの車はどっち? ――あ、これやるよ。あいつらの相手してあげてちょ」


 俺は街道に行きかけた足を止め、距離が近かった金髪の男に紙を手渡した。そして急かすジョゼの背を追って、そそくさと裏路地をあとにする。


 刹那、ひきつれた叫び声が響いた。


 (そうだなー、いまの悲鳴は二十点くらいか?)


 退屈が嫌いな俺はいつもフラフラと獲物を探しては遊んで、黒い影の二人とゲームをしている。ゲーム内容が血腥いことからついた通り名はマット・アドーネ、『イカれている』と言われるのは俺にとっては褒め言葉にすぎない。


 (アルジェント幹部を半殺しにしたのも、強ち本当だったりするし……。今日はここで引き上げ引き上げ、このあとのことは二人にあとで聞いちゃおーっと)


 期せずして俺と邂逅してしまったことに、男たちの不運さを感じる。何故なら先程の黒い影から届いた紙には『右手ゲット☆十点』と書かれていたからだ。今回のゲームは誰もが知る的当てゲームらしい。


 (…………お、次は四十点)


 ほらまた、的に当たって命を請う声が聞こえた。



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