到着と入学:1
こんばんは、PAKUPAKUです。
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「楠原雹耶、君には明後日からフランスのパリにある、アルフレッド王立学院に留学してもらう」
その知らせが唐突に来たのは、つい一昨日の事だった。
威厳溢れる室内に、厳格な雰囲気を感じさせる赤の絨毯と煌びやかなシャンデリアが優雅に飾られている。壁には何十個もの賞状が飾られていて、もう少し集まればスペースを移動せざるを得ないだろう。
また、目立たないが、部屋の隅の方にはショーケースが置いてあり、やはりそこにも賞状や、トロフィー、盾等が飾られていた。
これらのものは、全てこの雹耶が通っている学校の歴史を示していた。
そして、そんな学園長室に雹耶は呼び出されたのだ。
「何故、急にそんな事を?」
「アルフレッド王立学院は知っているかね?」
質問に質問で返される、雹耶は釈然としない気持ちで小さく頷いた。
アルフレッド王立学院といえば、世界でも有数の傀儡師専門育成学校で、この学院には全世界から優秀な傀儡師になる見込みあり、と判断された傀儡師の卵達が集まる超名門校だ。
雹耶が現在通っている、国立宮坂学園附属もこの賞状の数から分かるとおり、十分有名な学校なのだが、所詮それは日本での話。
アルフレッド王立学院に比べれば月とスッポンなのだ。
そして、そんな有名な学校を傀儡師の卵である雹耶が知らないわけが無かった。
「実を言うと、そこの学院長は私の弟なのだ」
「――なっ……」
思わず、驚愕する。この学園長に弟がいたという事実も驚きなのだが、その弟がまさかアルフレッド王立学院の学院長だったなんて、夢にも思わなかった。
「弟は私と違って優秀でね。私がやっとこ、この日本での名門であるこの学園の学園長に就任した時に、既にアイツは世界の名門であるアルフレッド王立学院の学院長に就任していたよ。あの時ほど、自分が滑稽に思えたことは無いね」
そういうと、学院長は自嘲気味に苦笑した。あの、学園長がだ。いつも、堂々としているこの男が、自嘲気味に過去を振り返る。それほど、学園長の弟との差は大きかったということだろうか。
雹耶は何と答えればいいか分からず、曖昧に言葉を濁した。
「ええと……それで、何故僕がそのアルフレッド王立学院へ留学なんですか? 正直、僕の成績はせいぜい中の上。推薦で留学するにしても、もっと良い人がいると思いますが」
「私は、今の君を留学させたいのではない」
「え? どういうことですか?」
意味が分からないという様に、首を傾げる。
「私は、弟から『将来的に見込みのある生徒』を留学させて欲しいと頼まれたのだ。確かに、今の君は成績不十分かもしれないが、果たして未来の君はどうなっているだろうか? 私はその可能性に賭けてみたのさ」
「未来の僕……ですか? 僕のどこに将来性を感じたんですか? 成績も普通で、魔術人形だって型落ちしたものを、古人形屋から安く買ったものです。それの何処に、そこまで期待されるほどの将来性が?」
あくまでも、意味が分からないという風に首を傾げる。
しかし、学園長は不敵に笑みをこぼした。口元が愉快気に歪む。それは、まるで小さな発見を見付けた、子供のようだった。
雹耶は今まで学園長のこんな顔を見た事がなかった。
「君は極普通に話しているがね、その古人形屋から安く買った魔術人形で、誰もが成績を取れるとでも思っているのかね? そう思っているなら、考えを改めたほうがいい。傀儡師はそんな甘くないんだ。魔術人形は一昔前の無機物なものではない。感情を持っているんだ。ましてや、古人形屋に売られた魔術人形は、前の傀儡師への思い入れがあったり、捨てられたという消失感で、大抵はほとんど機能せずに壊れてしまう。それを、自らの人形として成り立たせ、更には型落ちしたその人形で成績を取っていた。これだけあれば、推薦条件としては十分だと思うがね」
「たまたま、買ってきた古人形が元主人への思いが弱かったから、すぐに懐いてくれただけです。学院長、本当の理由は何ですか? ただ、それだけの理由で僕が推薦されるわけがない」
雹耶がいぶかしむ様に、目線を鋭くする。
普段の温厚な雹耶とは少し違った顔つきだ。
それを見て、学院長はトドメとばかりに笑い出す。
「私が何も知らないとでも、君が全てを隠せるとでも思ったのかい? 私はこれでも、学園長だ。生徒の全てを把握するのは、当然の義務だとは思わないか? あるんだろう、君にとっての魔術人形が」
しかし、雹耶は答えなかった。この男をどこまで信用すればいいのか、迷ったからだ。確かに、雹耶には周囲に隠していたことがある。この事を知っているのは、雹耶を含めても数人しかいなかったはずだ。
もし、本当にそれを学園長が知っているのだとしたら、何処から情報が漏れてしまったのだろうか。雹耶は考える。
だが、これはハッタリの可能性もある。
もしかしたら、雹耶が何かを隠している事は知っていても、その何かの正体は分かっていないのではないか。
そう思い、雹耶は少し牽制した。
「何を言っているんでしょうか? 確かに、僕は今使っている魔術人形の他にも、四体所持しています。それは皆僕にとっての相棒です。それがどうかしましたか? 確か、入学の時に書類に書いたはずですが」
「あぁ、そうだったな。確かに、君は今使っている一体と、他にも五体(、 、)所持しているな」
「ッッ!?」
雹耶が表情に驚きを隠せなかった。
「言っただろう? 生徒の事を知るのは義務だ、と。あえて、それを知った方法は言わないが、ともかくそういう事だ。古人形屋の型落ちした使い物にならない魔術人形で、それだけ出来るんだ。君が、その人形を使えばもっとやれるだろう?」
ニヤリと笑う学園長を溜息を吐きながら睨む。雹耶としては、絶対に隠さなければならないというわけでは無かったのだが、あまり知られたくは無かった。
知られてしまえば、アイツを使わざるを得ないからだ。しかし、状況が状況では仕方ない。学園長からの直々のご指名となれば、引くに引けないだろう。先を思うと、雹耶は少し頭痛がしてきた。
嫌そうな顔をしてみせる。最後の意地みたいなものだ。
「……わかりました」
「おおっ! 行ってくれるのか!」
「行かなきゃいけないんでしょう?」
「まぁ、面目というものもあるからな。それでは、明後日にはもうフランスへと旅立ってもらう。それまでに、全ての支度を終えて空港に行ってくれ。そこに、向こうへの学院留学手続き等の書類を渡す先生がいるから、その人に貰って旅立ってくれたまえ。――おっと、くれぐれも魔術人形を忘れないように――」
次の投稿は月曜日のAM9:00丁度と、PM7:00頃の2回です。