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white summer

作者: 八月一日









white Summer


八月一日








 真夏の日が照ってる午後。俺はいつものようにとある家にいる。


「甘酒、雲海、麦秋、芒種、夕涼み、夕立ち」

「なあ、夏帆(かほ)。さっきから何言ってんだ? 新興宗教かなんかの祝詞か?」

「夏の季語」

「何の意味があるのかしらんが、これ以上やるとヤケドするぞ」


 背中剥きだし状態の夏帆。その背中に軟膏を伸ばして塗っていく。すこしばかし熱を持った夏帆の背中は、ところどころが赤い。

 というのうも、このバカ女は海に行けない(・・・・)からベランダで素っ裸で寝転がっていた。肌を焼いて気分だけでも、とか思ったらしいが、自殺行為だ。


優輝(ゆうき)? そこじゃなくてもうちょい下がひりひりするんだけど」


 ちなみに今軟膏を塗ってるのは肩甲骨の下。どこなんだろうな、赤くない所。


「夏帆、お前いつから寝転がってたんだよ」

「んーとね、30分くらい」


 30分……。


「あのな、お前自分がアルビノだって自覚あるか? ただでさえ色素が無いに等しいのに紫外線浴びてどうすんだよ」


 先天性白皮症(せんてんせいはくひしょう)。アルビノと呼ばれる先天性の遺伝子疾患。本来メラニン色素を有するはずの組織、体毛・皮膚・虹彩・脈絡膜(みゃくらくまく)網膜色素上皮(もうまくしきそじょうひ)のメラニン色素の欠乏。

 夏帆の髪はプラチナブロンド、白金色で、皮膚は赤くなければ乳白色、虹彩は泡青色で、瞳孔はぶどう色。

 網膜色素上皮の色素が欠乏してるから、光の受容が不十分で、夏帆を含めたアルビノは視力が弱い。現に夏帆の視力は、裸眼で右が0.4で左が0.3。1メートル先もぼやけてる。

それに虹彩に色素がほとんどないから、羞明(しゅうめい)――光を非常に眩しく感じる――で、皮膚も色素がないから、紫外線を遮断できない。にもかかわらず。


「30分だろうが10秒だろうが、死ぬぞ」


 皮膚がんの発生率も、白人にくらべてかなり高い。

 UV-ABカットの日焼け止め、長袖の着用、目を保護するためのUV-Aカットのサングラス。夏帆が昼間の世界を歩き回るためにはこれらがいるし、紫外線量が高ければ外出は無理。今こうして、夏帆の背中に軟膏を塗ってる、この部屋の閉めたカーテンの向こうの窓にも、UVカットフィルターが貼ってある。


「はいはい」

「お前な……」

 こうして軟膏を塗ってても、夏帆の火傷(ひやけ)の熱は冷めない。


「……………………………早く、夜にならないかな」


 太陽に嫌われた夏帆は、太陽が寝静まった夜にしか軽装で出歩けない。明るい日中は、紫外線対策をしても万全じゃないから。


「ねえ、優輝。私なんかと付き合ってて楽しい? 他の子みたいに昼間のデートもいけないし」

「残念なお知らせだけどな、どちらかといえば昼間は嫌いだ」

「………?」


 こちらに綺麗な淡青色の眼を向けた夏帆の顔は、何を言ってるのかわかんないといった風。


「夜景とかの方が正直好きだな。真上見上げても目、痛くないし。それとな、こっち向くのはいいけどさ、服着てないから見えてる」


 正面はともかく背中は手が届かないから俺が塗ってるってのもあるけど、なにしろ素っ裸でベランダで寝転がってたんだ。全身が赤い日焼けを起こしてる。


「そっか」


 夏帆はあわてた風もなく、向きをなおした。


「じゃあさ、優輝は私の事、好き?」

「……さらっと答えにくいこと聞くなよ」

「嫌いなの?」

「好きだよ」

「じゃあ、キスしよ」


 向きを直したばっかりなのに夏帆は、体を起こすとおおいかぶさるように抱きついてきた。こいつ服を着てないって自覚あるのか? あったとしてもなんとも思ってない気がするけど。


「今自分が全裸って自覚は?」

「あるよ? なんならこのまま襲ってもいいよ」


 夏帆は耳元でそんな馬鹿げたことをささやいてくる。視界には、夏帆の白金色の綺麗な髪。


「馬鹿か」


 首筋に見つけた日焼けを指でなぞる。


「いったぁいっ!」


 水ぶくれがないだけで、火傷ともいえる、夏帆の日焼けは、こうして軽く触るだけでもこんな反応。

 軟膏塗ってるときは軟膏越しだから大丈夫なんだけど。


「痛いじゃないのっ!」

「夏帆がばかげたこというからだろ」

「軟膏塗った体とはいえ、目の前に素っ裸の彼女がいるんだからちょっとくらいうろたえたり、欲情するくらいしてもいいんじゃないの」

「あのな、全身火傷してる相手にどうしろっていうんだよ」


 アルビノなのに健常者みたいな振る舞いをする夏帆の行動は、時折予想をはるかに超える。


「だ・か・らー、欲情してそのまま襲えばいいの」

「日に当たりすぎて頭も煮えたか?」


 吐き気や頭痛がするってのは本人から聞いたことはあるけど、煮えたってたのは聞いたことがない。


「それとも、アルビノとの間に子供はいらない?」

「バカかお前は。有色素の俺とアルビノの夏帆からは生まれないし、可能性だけがあるだけだっての」


 孫の代、その時にはありえることだけど。


「でもさ、優輝って誘ってこないよね、そんなに」

「はいはい、それよりもさっさと薬塗るぞ?」


 倒された体を起こして、夏帆の体をうつぶせにして赤くなってる所に軟膏を塗っていく。背中から脚に向けて。


「ねえ、優輝」

「ん?」

「お尻触ってる手がなんか卑猥」

「さっきの夏帆の発言の方がよっぽど卑猥だ」



 卑猥とかいわれながらも、軟膏を塗り終え、残った正面を夏帆本人に任せて俺は一階のリビングに降りていた。

 諸事情とかいろいろあって、夏帆は二階建ての紫外線対策された一軒家に一人暮らし。仕送りの方も十分に来ている。

 エプロンを着てキッチンに立てば、たまった洗い物とご対面。


「自分でするからいいって、いつもいってるでしょ」


 軟膏を塗り終えて服を着た夏帆が下りてきた。ジーンズにサマーセーターと、上下肌が露出していない格好で、白金色の綺麗な髪は後ろでゆるくまとめてあった。


「夏帆、洗うの雑だからどこかしら皿が欠けてるだろ。それに、そんな赤々とした手でやるきか?」


 夏帆はそういうと、リビングにあるソファに横になった。


「なんかさ、こうしてると彼氏彼女っていうより夫婦みたい」

「そうだとしたら俺が主夫か?」


 カチャカチャと皿を洗う音がよく響く。量もあまりないからすぐに終わるだろうけど。


「それだと私がなんもしてないみたいじゃない」

「現に今、寝転がってるだけじゃん」

「……座ったらひりひりして痛むから座れないの」

「結構赤かったもんな」


 赤くなったら塗れって、かかりつけの病院から夏帆が貰ってる軟膏。今日のでだいぶなくなった。


「天気予報、明後日雨って言ってたから病院行くぞ」

「えー……」


 見なくてもわかる。かなりめんどくさそうな眼をしてる。


「あんだけ赤くなってたんだ。あたりまえだろ」

「はーい」


 ソファから起きた音がしたと思ったら、足音がこっちに向かってきてる。


「あー、やっぱ烏龍茶おいしい」


 目的は烏龍茶だったらしい。コップに注いだ烏龍茶を飲みほしていく。


「優輝も飲む?」

「んー」


 夏帆がコップに烏龍茶を注いで、渡してくる。ちょうど皿を洗い終わった所で。


「あ、そうだ」


 何を思いついたのか、夏帆はコップの烏龍茶を飲んだ。


「何して――」


 妙な事をするのはいつもの事だけど。


「んはぁ……口うつししてみました」


 今回のは、ねえ?


「もう一回、する?」

「いや、いい」


 俺と夏帆の身長差は大体10センチ。下から覗きこまれながら、顔を傾げられた。やべぇ。


「ん? ん~? 優輝顔赤いよー?」

「ち、近いって」


軟膏塗るのは慣れてるけど、こうしてダイレクトにされるのは、ねえ。


「じゃあ、も一回」


 避ける間もなく2度目の口うつし。


「んふふ~」


 夏帆に手を引かれて連れて行かれたのはソファ。そこに座らせられたと思ったら、夏帆は何故か同じソファに寝ころび、俺の膝の上に頭。


「それじゃあ、優輝」

「ん?」

「おやすみ」


 いうやいなや寝息が聞こえだした。寝付きがいいとかの次元じゃない。充電の切れた携帯とかだろ、これ。


*** *** ***

「ん、ん~。おはよ」


 テレビを見てたら眠り姫はやっとのこさ起きた。睡眠時間約2時間。その間、一切乱れる事ない寝息を立てて、夏帆は寝ていた。その寝顔もえらく満足げというか、至福顔だった。


「目覚めのキスは~?」

「昼ドラかって」

「えー? 夢のなかじゃしてくれたのに」


 一体どんな夢みてんだよ。


「ベッドの上でねー」

「……いわなくていい」

「冗談だって。結婚して、新婚生活中の夢。キスとかいっぱいしてたかな」

「結婚ねえ」

「ねえ、優輝。正夢にしない?」

「正夢?」


 正夢っていうと……。


「えーと、そうだあれ。毎日味噌汁作ってください?」

「それいつの時代だよ。ドラマでも聞かなくなったぞ、それ」

「いいじゃない別に。じゃあ、改めて。優輝、私と結婚してくれる?」

「気が早いきもするけど、よろこんで」


 法的には合法の年齢だし問題ないか。


「じゃあね、キス」

「……はいはい」


 寝ている間にまとめていた白金色の髪が、すこし乱れていて、そこにフィルターを貼っている窓から入ってきた低い光度の光が髪をキラキラと輝かせてる。


「じゃあ、今日からこういわなきゃね」


 微笑みながらそういう夏帆はどこか人間離れしているようで、天使か何かのように見えた。


「優輝、愛してる」

「俺も、愛してる」


*** *** ***


「なあ、夏帆」

「んー、何?」


 あの後、夏帆に夕飯をたべて行くことを強要されて、今しがた夏帆手製の夕飯を食べ終わったところ。


「その手は?」

「んー? もう遅いよね」

 まあ、あたりはすっかり暗くなってる。

「じゃあ、泊まって行こう」

「このくらいなら帰れるぞ」

「泊まって、行こう」

「……はい」


 夏帆に手を引かれて連れて行かれた場所が、風呂場なのはきっと何かの間違い。というか日焼けのせいで、まともに風呂なんてはいってられないと思う。



「……いたい」


 夏帆の部屋にて、軟膏、塗り直し。

 連れ込まれた風呂場でまず悲鳴。火傷みたいな日焼けにシャワーあてたんだ、痛いに決まってる。

 そのあとも悲鳴とか悲鳴とか悲鳴とかあげながら、今に至る。


「優輝、もう少し優しく塗ってよ」

「そんなことよりも、また全裸で寝転がってることに観点を置いてほしんだけど」


 全裸でうつぶせの夏帆の背中にまた、昼見たく軟膏を塗ってる。足りるかどうかが妖しい。


「ひいてるっちゃひいてるけどさ、まだ赤いな」


 乳白色の肌には目立つ、赤い痕。


「そこは、ほら。優輝の愛の力で」

「何の話だよ」


 てきぱきと赤い所に軟膏を塗って行く。


「ん、やっぱお尻触ってる手つきがヤラシイ」

「じゃあここまで赤くするなよ」


 地肌の色はどこにいったんだよ。



 軟膏を塗り終え、ごろごろとしながら話したりして時間を潰していた時の事。


「ねえ、優輝。ベッド一つしかないんだ」

「床でよくね」

「だから一緒に寝よう」

「無視かよ」


 床でいいって言った俺の発言は無視ですか。


「それじゃ、電気消してーっと」

 夏帆は言うなり即行動に移して部屋の電気を消し、俺の手を掴むとベッドに引きずり込んだ。俺はなんかの餌かっての。

「んふふ~優輝、おやすみ」

「……おやすみ」

 夏帆は夏帆でえらく幸せそうな顔で寝入った。たくっ、可愛らしい顔なことで。


「ふあぁ……、おはよ」

「おはよ」


 寝ている間にすり寄ってきていたらしい夏帆は、俺の服を軽く握っていた。

 寝起きの顔がこれまた、なんとも。


「おやすみ~」

「今起きただろ」


 顔をうずめて寝ようとする夏帆。寝ぐせのついた白金色の髪が枕に散乱してる。


「うにゅ……」


 眼をこすりながら眼を開けた夏帆。そこから覗く淡青色とぶどう色の眼。


「……結婚したら、これが毎日?」

「だろうな」

「……♪」


 寝起きのわりには、頭の回転速度は急激にあがってないか。


「ん、おはよ。やっぱおはようのキスがないと」

「はいはい」


 抱きついてくる夏帆を抱きしめて、夏帆の言うところのおはようのキス。


「優輝」

「ん?」

「愛してる」

「俺も」


fin




**********************



「ねえ、朝からこんな具合だけど……欲情とかしない?」

「夏帆の頭の中がそんなことばっかって事が残念」

「彼氏彼女で結婚承諾もした仲じゃない」

「だからって朝からそれはないわ」

「じゃあこれでもっ!?」

「だから、胸を押しつけるなっ!」



真・fin



* アルビノの説明と、夏帆の設定に関しては

ストーリーの構成状、多少曲げているところがあります。


どうも、ほずみです。

この作品も文芸誌に方に載せていたものを、編集してあげました。

アルビノ、というものを題材にしたんですが、どうでしたか?

いろいろ調べて、最後の方にも書いてるんですけど、多少曲げてるところもあります。


この物語でのアルビノはこのような感じにはなっていますが、実在するアルビノの方が全て同じというわけではありません。

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