小石と喋ろう
いたい、と声が聞こえました。
夜の道を、自宅に向かって歩いていたときのことです。
街頭も少ない、雨上がりのアスファルトにわずかな光が反射するだけの路地、私はその声を聞いて立ち止まります。
そして、首を曲げて下を見ました。
声は下から聞こえたからです。
そこには、小石がありました。手のひらで握り込めそうなほどの大きさの、少しごつごつとした小石です。
私はその場にしゃがみ込みました。
「喋った?」
尋ねましたが、聞こえるのは遠くから聞こえる車の音ばかり。
けれど、この辺りで話をしそうなものといえばこの小石くらいなのだから、先ほどの声はこの小石に声に違いありません。
だというのに、小石は一向に口をききませんでした。
仕方なく、私は立ち上がります。
そして、小石に向かってつま先を動かしかけてから、やめました。もし本当に痛くて声を上げたというのなら、もう一度やるのはかわいそうだからです。
「ひまだなぁ」
しかし、私がその小石を避けて足を動かした途端、また声がしました。さっきと同じ声です。
くるりと後ろを向きながらしゃがみ込みます。
耳を澄ませて、小石を凝視しました。
「喋ったの?」
もう一度尋ねました。間違いありません。この小石が喋ったのです。
自転車がゴウと音を立てて私の横を通り過ぎていきました。
私は指をそおっと伸ばして、小石にぴとりと当てました。
「さわった」
やっぱり!
この小石はしゃべる小石です!
今度という今度はちゃんと見ました。聞こえました。この小石が声を発したのです。
「喋れるの?」
指を引っ込めて、私は小石を覗き込みながら尋ねました。
小石は少し黙ってから、
「はなしてる」
と答えました。
なんて奇妙で珍しい小石でしょう。
「どうして喋るの?」
続けて問いかけてみると、やはり、また暫くおいてから、
「なあに?」
と答えます。
私はその小石を掴んで拾い上げようと手を伸ばしました。この不思議な石を、もっと間近で見たかったからです。
「みずだね」
けれど、そんな声が聞こえて私は手を止めました。
ぽつり、ぽつり。
着ているコートが音を立てます。
雨です。また降ってきたようでした。
「雨だよ」
小石に向かって言いました。小石は何も答えません。
次第に頻度を増して落ちてくる空からの雫で、ただつややかになっていくばかり。
もう一度その石に手を伸ばしかてから思いとどまって、立ち上がりました。少しだけ足が痺れます。
「また明日ね」
声をかけて、家に向かいます。
のんびりしていると土砂降りになりそうなほど、そこそこ大粒の雨粒が降り始めていました。このままではコートや服を乾かすのが大変ですし、風邪をひいてしまいます。
その点、小石は風邪など引かないのだから気楽なものです。
「またね」
そんな声が、ずっと後ろから聞こえたような気がしました。
家まであと五分はかかります。




