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序章 第4話 声なき少女ルミナ

半年が過ぎ、僕――リンド・シールの赤ん坊としての生活は

少し余裕ができ始めていた。


相変わらず泣いて、飲んで、寝て、

世界との接点は限られているけど、

《人心文章化》のおかげで少しずつ

“この領地の空気”が肌に染みていく。

断片的で、途中でかすれて、

何を言いたいのか分からなくなる本音ばかり。

でもその曖昧さが、この世界の“薄い影”に似ている気がした。


その日。

母・エリナが、僕を抱いて外へ出た。

「今日はね、リンド。少し町まで行きましょう」

【……あの子に会わせておきたい】


(また “あの子” だ。母は誰かを気にしてる?)


エリナの表情は柔らかいけれど、

その裏にある感情まではまだ見えない。

屋敷の門を抜けると、

アムレストの町並みが広がった。


アムレストの町は通りは広いのに

歩く人々はゆっくりで、数も少ない。


店先には野菜や布が並んでいるが、

鮮やかな呼び込み声はない。


ただ、淡々と日が差して、

淡々と人が歩いて、淡々と時間が流れていく。


(……静かすぎる)


平和といえば平和だ。

争いも喧騒もなく、

のどかな景色だと言ってもいい。


けれど、“期待”や“新しい何か”の匂いがない。

風が吹いても、町の空気はまったく揺れないような、

そんな感覚。


(みんな、毎日を“繰り返している”みたいだ……)


暗くはない。

ただ、変化がない。

平和が続きすぎて、

どこかで未来への感情が止まってしまった町。


でも表面上は誰もそれを悪いとは思っていないように見える。


母が小さく呟く。

「……相変わらず、静かな町ね」

【このままじゃ……】

本音の断片はまた途切れた。


(続きが読めない……今はまだわからない)


エリナが足を止めた先に、

木造の食堂があった。


「着いたわ。ここよ」


扉が開き、店主の男性が顔を出す。

「いらっしゃいま――……エリナ様!? こ、これはどうも!」


母が優しく微笑む。

「こんにちは。外気浴のついでに寄らせてもらったの」

「そ、それは嬉しいことで……! お坊ちゃまもどうぞ!」


(お坊ちゃま=俺だな。母じゃない)


僕へ向けられる“歓迎と緊張の混ざった本音”が

文字として淡く揺れる。


そして、店主の背後――

銀色の髪がふわっと揺れた。


白いワンピース。

大きな瞳。少し背を丸めた小柄な姿。

銀髪の少女が店の奥からそっと顔を覗かせていた。


(……この子が)


母が静かに声をかける。

「こんにちは、ルミナ。今日はリンドも一緒よ」

その瞬間――

僕の視界に淡い文字がフッと浮かんだ。

 【……こわい……けど……みなきゃ……】


(……今の、俺に向けられた感情?)


だけど、ルミナは声を発していない。


《人心文章化》は

「声をかけられた時/声をかけた時」に反応するはず。

なのに――

声もないのに文字が出る。

(え? どういうこと?話しかけられてないよな……?

 なんで文字が……?)


スキルの仕様を疑うしかない。


(俺の能力、まだおかしいのか?

 それとも……この子が“何か”を俺に伝えようとしてるのか?)


真相は分からない。


ただ、ルミナの本音だけは確かに僕に届いている。


少女は警戒しているのか、

僕をじっと見つめて動かない。


そして――

右手の親指を、ぎゅっと握り込んだ。


(……? なんだ、この仕草)


まだ“癖”だとは分からない。

ただの奇妙な動きとしか見えない。


母がやさしく笑う。

「ルミナ、この子がリンドよ。

 少し泣き虫だけれど、やさしい子なの」


【……この子が……変える……?】

(変える? 何を?)

その本音も、すぐにかすれて消えた。


ルミナは小さく震える手を伸ばし、

そっと僕の手に触れた。

冷たい指先。

ためらいと決意が同居した動き。


その一瞬、

文字が鮮明に浮かんだ。

 【……きた……】


(また“きた”って……なんなんだ?)


問いかける手段はない。

喋れない赤ん坊と、喋れない少女。

会話の形が成立しない2人の間で、

スキルの妙な挙動だけが真実を揺らす。


母が名残惜しそうに言う。

「また来るわね、ルミナ」

少女は小さく頷き、

再び親指を握り込んだ。

淡い仕草と、淡い本音。

それらは確かに“未来の影”のようだった。


(……この子、本当に普通じゃない)


この日、

僕は初めて“停滞の町に射す異質な光”を見た。

それが後に、

アムレストの未来を大きく揺らす存在になることも知らずに。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを大切にして書いています。

リンドの一歩一歩が、少しでも皆さまに届いていれば嬉しいです。


もし続きが気になる、応援してもいいと思っていただけましたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


いただいた反応は、今後の執筆の力になります。


これからも静かに、誠実に物語を積み上げていきます。

引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。

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