序章 第2話 白のナビゲーターと、選択の記憶
何もない白い空間。
床も天井も分からない。
ただ、やわらかな光だけが満ちている。
(……ここだ。俺が死んだ直後に来た場所だ)
IT企業で働いていて、
徹夜続きの末、机に倒れ込んだあの瞬間。
目を開けたら、この世界にいた。
「ようこそ、朝日 悠斗」
静かな声が響く。
振り向くと、白いローブをまとった青年が立っていた。
金色の瞳は、どこか人間離れした透明さを帯びている。
「私は“シオン”。
この領域で転生希望者の案内をしているナビゲーターです」
「ナビゲーター、ね。神様じゃなくて?」
「神に近い存在、と思っていただければ問題ありません」
シオンは柔らかく笑う。
「まずは、お疲れさまでした」
その一言で、胸が少しだけ熱くなった。
「あなたは仕事そのものを嫌っていたわけではありません。
ただ“人との関係”が、あまり得意ではなかった」
「……身も蓋もないな」
否定はできない。
「成果を追い、正しいことを貫こうとして、
人の気持ちを置き去りにしてしまった。
その結果として、孤立していきました」
図星すぎて笑うしかない。
「あなたには、やり直す権利があります」
そう言って、シオンは片手をすっと上げた。
スキルとポイント制
白い空間の中央に、光の柱が立ち上がる。
無数の文字がその中に浮かんだ。
「ここに、あなたが次の世界で扱える“スキル”が表示されています」
シオンの声に合わせて、
いくつかのスキル名が目に飛び込んでくる。
《剣術強化》
《火魔法》
《身体強化》
《初級治癒》
どれもゲームで見たことがあるような名前だ。
「あなたには“スキルポイント”が100付与されています」
「ポイント?」
「はい。
簡単に言えば、ここに並ぶスキルに“振れるポイント”です。
たとえば――」
シオンが指先でいくつかのスキルを示す。
「《剣術強化》に20、《火魔法》に30、《身体強化》に10……と、
合計100ポイントになるまで、好きなように振り分けることができます」
「戦士寄りにするか、魔法寄りにするか、
あるいは生産や商売に大きく振ることもできます」
スキルの一覧はスクロールできるらしく、
見る気になれば延々と続きそうだった。
(全部把握するのは無理だな、これ)
ざっと眺めるだけでも――
戦闘系、生産系、補助系、生活系。
かなりの種類があるのが分かる。
「まあ、チート戦闘職ってのも、ちょっと憧れるよな……」
思わず本音が漏れた。
シオンは笑わない。ただ穏やかな顔で聞いている。
スキル一覧の中でも、
ひときわ光が強い枠がいくつかあった。
ユニークスキル枠
ほんの一瞬見えただけだが――
《因果調整》(詳細は読み切れない)
《記憶封印解除》(これも説明を読む前に視線が滑る)
じっくり読めば凄そうなことは分かるが、
今の時点では「何かヤバそうだな」程度で、
そこまで踏み込む気になれなかった。
そんな中で、ひとつだけ、妙に目に入りやすいスキルがあった。
《人心文章化》
【話しかけた相手/話しかけてきた相手の“本音”が文章として視える】
【ユニーク】
【取得時、スキルポイントをすべて消費】
(……これか)
他のユニークと違って、説明文が短い。
戦闘力アップでもなければ、お金が増えるわけでもない。
「これ、本当にユニーク枠なのか?」
思わずシオンに聞く。
「ええ。
このスキルは、この世界にただひとつだけです」
「……正直、あんまり強そうには見えないんだが」
シオンは、少しだけ目を細めた。
「強さという意味では、他のスキルの方がずっと分かりやすいでしょうね」
「でしょうね」
「ですが、“あなたにとって”という条件をつけるなら――
これほど噛み合うスキルはありません」
「……俺にとって、ね」
シオンは一歩、僕に近づいた。
「あなたは、前の世界で何に苦しんでいましたか?」
「……人間関係、だろうな」
即答だった。
「成果を出したくて、効率よく動きたくて、
でも相手が本当に何を感じているのかが分からなくて」
「それで、間違え続けた」
言葉にすると、思っていた以上に刺さる。
「あなたは悪人ではありません。
ただ、相手の本音を“想像すること”が、とても苦手だった」
シオンの言葉は、責めているようでいて、どこか優しい。
「《人心文章化》は、
あなたのその“苦手”を補うスキルです」
「……話しかけるか、話しかけられた時だけ、本音が見える」
「ええ。
相手の心の中を、勝手に全部覗くわけではありません。
コミュニケーションが発生した瞬間だけ、
そのときの“本音の一部”が文字として浮かびます」
「一部、ね」
「人の心は移ろいますから。
全てを見せるわけではありません。
ですが、あなたが前の世界で
『見えなくて困っていた部分』は、かなり補えるはずです」
(……確かに)
あのとき、
仕事でぶつかっていた相手の本音が少しでも見えていたら――
どれだけ違う結果になっていただろう。
「もちろん、楽ではありませんよ」
シオンは率直だ。
「本音には、醜いものも、弱いものも、
見ていて辛いものも、たくさん含まれています」
「だろうな」
「それでも――
“人の心を理解したい”と思うなら、
このスキルはあなたの武器になります」
戦闘チートを取れば、
今度の人生はもっと楽に戦えるだろう。
生産や商才に振れば、
穏やかで、静かに暮らす人生もあり得る。
それはどれも、
前世では手に入らなかった魅力的な選択肢だ。
(……でも)
机の上で倒れたとき、
心のどこかでずっと繰り返していた言葉がある。
――もっと、人の気持ちが分かればよかったのにな。
あの後悔だけは、
やけに鮮明に残っている。
(今度こそ、そこから逃げたら多分ダメなんだろうな)
分かりやすい力を取れば、楽だ。
でもそれは、
大事な部分からまた目を逸らすことになる気がした。
僕は《人心文章化》の文字に手を伸ばした。
「……これだ」
シオンが静かに見つめている。
「強くなるより、器用になるより、
今はまず、人の心が分かるようになりたい」
口に出してみると、少しだけ、胸が軽くなった。
「その選択を、歓迎します」
シオンが軽く手を振ると、
《人心文章化》の文字が眩しい光を放ちはじめた。
「これを選んだ時点で、
あなたのスキルポイントはすべて消費されます。
戦闘チートも、生産チートも、今回は見送ることになります」
「分かってる」
「それでも?」
「それでも、だ」
シオンは、どこか嬉しそうに笑った。
「では――あなたの次の名前を伝えましょう」
白い空間がゆっくりと揺れる。
「あなたは、“リンド・シール”。
アムレストという領地の、次期領主として生まれます」
「領主、か……」
「比較的平和な土地です。
ですが、人々の心は少しずつ動かなくなりつつあります」
その言葉の意味を、このときの僕はまだ理解していなかった。
ただ――静かで停滞した空気の中で、
人の本音が文字として視える“次期領主”として生まれるということ。
それが、かなり面倒な運命だろうことだけは、
なんとなく察していた。
「どうか、今度こそ」
シオンの声がやさしく響く。
「あなたが後悔しない人生でありますように」
白い光が視界をすべて覆い尽くした。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを大切にして書いています。
リンドの一歩一歩が、少しでも皆さまに届いていれば嬉しいです。
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これからも静かに、誠実に物語を積み上げていきます。
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