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2章 第16話 たとえ話

王子との会話は、それきりで終わらなかった。


三日に一度ほど。

水路の近く。

あるいは客棟の庭。

偶然を装うには、少し頻度が高い。


だが護衛は止めない。

王子が望んでいるからだ。


ある日は、畑を見ていた。


「これほど整っているとはな」

王子は土を軽く指で触れる。


「領主の方針です」

「……守るための備えか」

【羨ましい】


その感情は、隠しきれていない。

リンドは問う。


「前線では、備えは足りなかったのですか」


王子は即答しない。

「備えはあった。だが足りなかった」

【予想外が多すぎた】


風が吹く。


「戦は、生き物だ」


王子は続ける。

「計算通りに進むことは少ない」

【それでも進めねばならぬ】


その確信は、揺らいでいない。


リンドは感じる。

王子は戦を否定しない。

敗れたのに。



別の日。


客棟の庭で、木陰に座る王子。

リンドが近づくと、王子はふと笑う。


「また水か」

「ここが一番落ち着きます」


王子は川を見る。

沈黙が、以前より軽い。

距離が少し縮んでいる。


「……リンド」

王子は不意に言う。


「お前は、人の顔をよく見るな」

リンドの胸が、わずかに強く打つ。


「そうでしょうか」


「戦場では、顔を読むことが重要だ」


王子の胸に浮かぶ。

【兵の迷い】

【恐怖】

【士気】


リンドは読む。

(この人は、見ている)


王族だからではない。

戦を経験しているからだ。


王子は続ける。

「仮に、だ」


たとえ話の口調。


「ある将がいるとする」

視線は水面。


「その将は、自分の声が兵の恐れを消すことに気づいた」

リンドは何も言わずに読む。


【本当は恐れている】

【だが声を上げれば皆が進む】

「だが同時に、その将は知る」

王子の声は静かだ。


「兵の恐れは消えていない。

 ただ、塗りつぶしているだけだと」


リンドの胸が冷える。

【気づいている】


王子は知っている。


「それでも将は声を上げる」


川の音だけが響く。


「進まねば、削られる」

【使う】

一行が、はっきり浮かぶ。


リンドは息を整える。

王子は、自覚している。

兵の本音を押し込め、進ませている。

それが正しいかどうか、揺らぎながら。


「……その将は、間違っていると思うか」


問いが落ちる。


リンドは即答しない。

導かない。

ただ事実を見る。


「削られるなら、進むしかないのかもしれません」


王子の胸がわずかに揺れる。

【肯定か】


「でも」

リンドは続ける。

「塗りつぶされたものは、消えません」


子どもらしい声音。


だが言葉は鋭い。


王子の胸に、重い文字。

【いずれ溢れる】


沈黙。

長い沈黙。


王子は目を閉じる。

「……そうだな」


それ以上は言わない。

だが、理解している。

気づいている。


それでも使う。

だから敗れた。

だから疲れた。


リンドは思う。

(強い。だが危うい)


異世界で生きた経験が告げる。

人の恐れを押し込めて進ませる力は、

国を一気に動かす。

だが、反動も大きい。


王子は目を開く。

「お前は、面白いな」


柔らかい声。

【弟と違う】


「ありがとうございます」


リンドは笑う。

王子も、わずかに笑う。

距離が、確実に縮まっている。


だが核心にはまだ触れない。

触れないまま、理解だけが深まる。


王子は立ち上がる。

「もう少し、ここにいる」


「はい」


リンドは川を見る。


水は流れている。

塗りつぶされた恐れも、

いつかは溢れる。


それを、王子も知っている。


それでも使う。

それが大国。

それが王族。



ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。




この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを


大切にして書いています。


リンドの一歩一歩が、少しでも皆さまに届いていれば嬉しいです。




もし続きが気になる、応援してもいいと思っていただけましたら、


ブックマークや評価をいただけると励みになります。




いただいた反応は、今後の執筆の力になります。




これからも静かに、誠実に物語を積み上げていきます。


引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。

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