2章 第13話 迎える準備
第一王子来訪の報せは、公には大きくは出されなかった。
「前線より戻る兵の静養のため、十名を受け入れる」
町にはそう伝えられた。
王子の名は伏せられている。
だが、隠しきれるものではない。
【十名だけ?】
【妙に少ない】
【ただの兵ではない】
噂は広がる。
「王都の人間らしいぞ」
「偉い誰かだって話だ」
【何かある】
【町が巻き込まれるのでは】
市場の空気は、明らかに重い。
領主館では、準備が進められていた。
使用されていない客棟の清掃。
水路の点検。
警備経路の再確認。
父は細かく指示を出す。
「兵は西棟にまとめる。
出入りは門を限定。町中への無断外出は禁止だ」
声は冷静だ。
だが胸元には、別の文字が浮かぶ。
【失敗できぬ】
【町を乱させぬ】
【王都との関係も守る】
リンドは廊下からその様子を見ている。
父は動いている。
昨日の涙の跡は、もう見えない。
だが完全に消えたわけではない。
【今度こそ】
【守る】
その一行が、かすかに残っている。
町の外れにある水路では、職人たちが堰を点検していた。
「兵が来るなら、水は余計に気を付けねえとな」
【問題を起こすなよ】
【町の評判に関わる】
アムレストの誇りは水だ。
その水を汚させるわけにはいかない。
若い者たちが、少し浮き足立っている。
「王都の兵ってどんなだ?」
「戦ってきたんだろ?」
【怖いのか】
【強いのか】
リンドはその揺らぎを読む。
恐怖と好奇心が混じっている。
戦は、もう抽象ではない。
人の形をしてやってくる。
夕刻、父はリンドを呼んだ。
「見ておけ」
それだけ言う。
客棟の前に立つ。
夕陽が石壁を赤く染める。
「王族は象徴だ」
父は静かに言う。
「象徴は、力でもあり、重荷でもある」
【敗戦の象徴】
【立て直しの象徴】
リンドは読む。
父は続ける。
「町は、変わらないことを望む。
だが変わらないままでいるためには、
時に外を受け入れねばならぬ」
【私は間違えぬ】
その言葉の裏に、まだ不安がある。
【本当に守れるか】
リンドは何も言わない。
導くことはしない。
ただ読む。
そして、感じる。
町全体が、息を潜めている。
川の音は変わらない。
だが、その上に重なる呼吸が、明らかに早い。
《人心文章化》が、場を拾う。
【見られている】
【試される】
【静かにしていよう】
翌朝、門の外に土煙が上がる。
十騎。
多くはない。
だが中央にいる一人の姿が、明らかに違う。
姿勢。
馬の扱い。
周囲の視線。
町は静まり返る。
【あれか】
【本当に来た】
リンドは門の陰から、それを見ている。
戦の影が、ついに形を持った。
第一王子レオニス。
まだ顔は遠い。
だがその存在だけで、空気が変わる。
父が門前へ進み出る。
その背中は、昨日よりもまっすぐだった。
【ここからだ】
リンドは、静かに息を整える。
読む準備はできている。
だが何も定めない。
王子は、アムレストの門をくぐった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを
大切にして書いています。
リンドの一歩一歩が、少しでも皆さまに届いていれば嬉しいです。
もし続きが気になる、応援してもいいと思っていただけましたら、
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
いただいた反応は、今後の執筆の力になります。
これからも静かに、誠実に物語を積み上げていきます。
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。




