【短編】ライバルな同期と、このあと……?
どうしていつも私が二番なのよ!
和香はモニタに映し出された営業成績表を見ながら唇を噛んだ。
壁にかけられた大きなモニタは、売上金額の営業成績表、契約件数の営業成績表、そして新規取引のみの営業成績表の三種類を1分置きに表示していく。
すべてのグラフで二番だった和香はグッと拳を握りながら席へ戻った。
くやしい! くやしい! くやしい!
一番はすべて同じ男。
隣の席の同期、山岡悠だ。
「あっ、おかえりなさぁい、山岡さん」
「今月も一番おめでとうございます!」
営業から帰った山岡を女子社員たちが取り囲む。
「ありがとう、教えてくれて」
見事な営業スマイルで女子社員たちをかわしながら和香の隣の席に戻った山岡は、鞄からスッとまんじゅうを取り出し、和香の机に置いた。
「甘い物は苦手だから」
待って、その細長い独特の形は和菓子の老舗、九条園の上用まんじゅう!
取材などは一切受けない店で午前中に行かないと売り切れてしまう、あの九条園!
こんな高級和菓子が出てくるような大企業に営業へ行っていたってこと!?
本当に嫌な奴!
おまんじゅうはもちろん貰うけれど!
「おいしい」
やわらかくしっとりした皮の中に、溶ける様な食感とあっさりとした甘味のこしあんが最高だ。
本当においしい。むちゃくちゃおいしい。
「もう食べているのか」
「つやつやのうちに食べた方がいいじゃない」
時間がたつと水分が抜けるでしょと真顔で答えた和香は山岡に笑われてしまった。
なによ。そんなに笑わなくたっていいじゃない。
食い意地が張っていて悪かったわね。
「今日は早く帰った方がいいぞ」
山岡の大きな手が和香の頭に添えられる。
子どもじゃないのに、頭ポンポンなんて恥ずかしすぎる。
「……そうやって私をまた二番にする気ね」
その手には乗らないわと答えた和香は、再びパソコンとにらめっこすることにした。
来週、和香が訪問する予定の会社は、社員が500人程度の中小企業。
勤怠管理や生産管理のシステムを売りに行くのが和香の仕事だ。
今時、なにかのシステムを使用している会社が多いので、今使っている物よりも使いやすい、安価、便利ということをアピールしなくてはならない。
もちろんパンフレットはあるけれど、画面を見せながら使用時のイメージをしてもらえるように和香は独自の資料を作ることにしている。
「山岡さぁん、みんなで飲みに行きましょ~」
定時になると、女子社員たちが山岡を誘いにわざわざ席にやってくる。
「梅村は? まだ帰らないのか?」
「私はもう少し残業する」
隣だから気軽に誘ってくれるけれど、私を睨む女子社員たちの顔にも気づいてほしいわ。
「ほどほどにしろよ」
立ち上がった山岡は同じグループだけでなく、総務や人事の女の子にも囲まれながら帰って行く。
飲み会には他の男性たちも行くようだが、女子社員たちの狙いは山岡だ。
そんな怖い飲み会なんて絶対に参加したくないと和香は肩をすくめた。
時計は六時、七時と過ぎていく。
あと少し、あと少しと思っているうちにあっという間に九時になってしまった。
「帰ろ」
おなかも空いたけれど、お店に食べに行くのも面倒くさい。
マンションの近くのコンビニでいいかと和香はパソコンの電源をOFFにして立ち上がった。
会社のゲートをくぐり、電車はすぐそこ。
「……あれ?」
急なめまいに襲われた七海は、改札を通過する人の波から抜け出し、壁際にもたれかかった。
嘘でしょ、貧血?
あぁ、ダメだ。
世界が回っている。
和香は背中を壁につけたままズルズルと床に崩れ落ちた。
人がどんどん改札に吸い込まれていく。
ときどきこちらをチラ見しながら改札を通る人はいたけれど、実際に声を掛けてくれる人はいなかった。
早く立ち上がらないと。
電車に乗って帰らないと。
安物の腕時計で時間を確認し、あと十分だけ休憩したら立ち上がろうと決意したが、十分経っても、十五分経っても和香の身体はまったくいうことをきかなかった。
「大丈夫か?」
少しひんやりした大きな手がおでこに触れ、驚いた和香はうっすらと目を開けた。
「……山岡?」
どうしてここに?
「立てないのか?」
小さく頷いた和香の膝の下と脇に手を掛けた山岡は軽々と和香を持ち上げ、歩き出す。
飲み会は?
なんで抱えられているの?
どこに行くの?
聞かなくてはいけないことはいっぱいあるはずなのに、限界を迎えた和香は山岡に尋ねることができないまま、ゆっくりと目を閉じた。
◇
見知らぬ折り上げ天井は、間接照明と化粧梁がおしゃれだった。
柔らかい布団の中で目が覚めた和香は、数秒間ぼんやりと開放感あふれる天井を見たあと、ハッと我に返った。
見間違いでなければ壁時計の時間はもうすぐ0時だろうか?
「終電!」
飛び起きようとした和香は、再び襲ってきためまいのせいで枕に逆戻りした。
「気分はどうだ?」
「……山岡?」
そうだ。思い出した。
電車の改札前でめまいがして、動けなくなって。
山岡が来て、それで。
「ここは?」
「俺のマンション」
ということは、これは山岡のベッド!
「ご、ごめん。すぐ退く」
「顔色がまだ悪いな」
山岡は和香に手を伸ばすと、医者のように首筋に手を当て、耳の後ろに触れる。
少しくすぐったかったが、ひんやりした手が気持ちいいと思ってしまった。
「今日は早く帰れって言っただろ?」
「え? でも飲み会に誘って……?」
「まだ帰らないのか聞いたが、飲み会に来いとは言っていないぞ?」
あれ?
そうだっけ?
そうだった気がする。
誘われてもいないのに、女子社員たちの目を気にして、私って自意識過剰!?
「もう電車もないし、また倒れるといけないし、今日は泊っていけ」
食事も準備してくれて、ぶかぶかの大きい服も貸してくれて、ベッドも占領させてもらって、おやすみって安心する笑顔で言われて?
それでなんで山岡がソファーで寝ているの?
自分のマンションよりも広くて綺麗な部屋のふかふかベッドで、いい匂いがする布団で、おなかもいっぱいで、こんなのもう眠るしかないじゃない。
体調があまり良くなかったせいか和香はすぐにうとうとし始める。
ゆっくりと目を閉じた和香が次の目を覚ましたのは、土曜の昼だった――。
「本当にごめんなさい!」
昼ごはんまですっかりごちそうになってしまった和香は山岡に謝罪した。
「気にするな」
「でも」
「それより体調管理。ちゃんとしろよ」
土曜の昼だというのに昨日と同じオフィスカジュアル服でビジネス鞄を持った和香を、山岡は駅まで送ってくれた。
もちろん山岡はラフな服でも女性たちの視線を釘付けで、一緒に歩くとアンバランスだ。
「しっかり休めよ」
「ありがとう」
山岡が会社から徒歩10分のマンションに住んでいるなんて知らなかった。
料理ができるなんて知らなかった。
営業スマイルはよく見るけれど、こんなに屈託のない笑顔をするなんて知らなかった。
なんて見とれている場合じゃない!
「本当にありがとう」
和香はいつもの電車に乗って自分のマンションへ。
会社の最寄り駅だが、土曜だし、昼間だし、完全に油断していた。
山岡が女子社員たちに人気だと知っていたはずなのに。
月曜日。いつものように出社した和香はひそひそ遠巻きに話される状況に困惑した。
気のせいかと思ったが、エレベータでわざとぶつかってくる女性や、廊下で足を引っかけて転ばされそうになったのはきっと気のせいではない。
「梅村さぁん。この営業資料、手伝ってもらっていいですかぁ?」
「え? でもこれは佐藤さんの仕事でしょう?」
後輩の佐藤が持ってきたクリアファイルのグラフは、毎週佐藤が更新するものだ。
この子はまだ外に営業に行っていないので、こういうデータまとめがメイン業務なのに。
「梅村さん、暇でしょう~?」
「今日は大野製作所と羽鳥部品に打ち合わせに行くけれど?」
「えぇ~? でも朝帰りするくらい余裕はあるってことですよね~?」
とにかく今日中によろしくと佐藤はファイルを置いて逃げてしまう。
朝帰りってまさか土曜のこと?
山岡と歩いていたのを見られていたってこと?
周りを確認すると、サッと目を逸らされる。
和香はようやく朝から感じていた違和感の正体を確信した。
幸いなことに山岡は夕方まで外回りでいない。
金曜の夜から土曜にかけても迷惑をかけてしまったのに、さらにこんな噂まで、本当に申し訳ない。
あとで謝らなくては。
「あれ?」
先週作った資料を机上トレーに入れていたはずなのに見つからない。
金曜日に残業して印刷しておいたはずなのに?
嘘でしょ?
他の書類の下になっているのかと全部めくってみたが資料はやはり見つからなかった。
鞄の中にも、もちろんない。
「急がなきゃ」
慌てて印刷した和香は急いで大野製作所に。
だが、そこで言われた言葉は思いもよらない言葉だった。
「お約束はキャンセルになっていますが」
「……え? キャンセル? 今日の11時から小杉さんと……」
「今朝、御社からお電話いただき、キャンセルさせてほしいと言われましたので、小杉は別件の打ち合わせを入れさせていただきました」
キャンセルの電話……?
そんなのしていないのに?
「電話した者の名前はわかりますか?」
「はい。梅村様から……ご本人様?」
「私は電話をしていないので、女性だったということですね?」
「はい」
受付の女性は電話の女性の特徴は覚えていなかった。
体調が悪いのでキャンセルさせてほしいと言われたので、わかりましたと答えたと。
大野製作所はすでに使用しているシステムがあると何度も断られていたのに、一度だけでいいのでお願いしますと無理やり打ち合わせの予定を入れさせてもらったのに。
「もう一度どこかで予定を入れさせてもらえないでしょうか?」
「小杉に確認し、ご連絡させていただきます」
そうですよね。
これはほぼお断りの言葉だ。
やっと約束を取り付けたのに。
和香は受付の女性にお辞儀をすると、大野製作所をあとにした。
そして午後の打ち合わせ、羽鳥部品でも。
どちらも女性からの電話で今日の打ち合わせがキャンセルされていた。
嫌がらせ……だよね。
さすがに業務に支障が出るレベルの嫌がらせはよくないのではないだろうか?
和香は羽鳥部品の最寄り駅前のコンビニで買ったコーヒーを飲みながら溜息をつく。
少しだけ休憩した和香は、気合を入れなおして会社へ。
「なにこれ」
戻った和香の机の上には、会社を出るときにはなかった山積みの資料と付箋が置かれていた。
『資料の修正、今日中にお願いします』
『問い合わせが来ているので対応お願いします』
『部長からの依頼です。明日の朝までに』
どうみても私の仕事ではないものばかり。
誰からの依頼か名前が書かれていないが、どれも女性の字ばかりに見えた。
問い合わせから対応をはじめ、優先順位が高そうなものから順番に処理をする。
「おい、どうした? 資料に埋もれているな」
外回りから帰ってきた山岡に声をかけられた和香は、ぎこちない笑顔を返すことしかできなかった。
必死で作業をしても定時時間内に終わったのは半分程度。
「手伝うか?」
「大丈夫」
「無理すんなよ」
山岡の大きな温かい手がいつものように頭に向かって来たことに気が付いた和香は、思わず払いのけてしまった。
驚いた山岡の顔で、和香はハッとする。
「ご、ごめん」
「いや。悪い。よく考えればセクハラだよな」
「ち、違っ」
どうしよう。変な噂のことも謝らなきゃいけないのに、余計に気まずくなってしまった。
「山岡さぁん~! 今日もみんなでご飯行きましょう~?」
「月曜なのに、また飲むのか?」
「いいじゃないですかぁ~! 行きましょう~」
部屋を出て行く山岡の方を見ることもできないまま、和香は部長の資料を作成する。
頼まれた仕事が全部終わった頃には、夜の10時を回っていた。
「……サイアク」
今日も夕飯はコンビニに決定だ。
和香はパソコンの電源をOFFにし、電車に乗ってマンションに帰る。
こんな時間に帰ったらもうテレビを観るような心の余裕もなく、ただ眠るだけ。
すぐに朝になり、また出勤。
打ち合わせに行く前に予定がキャンセルされていないことを確認してから会社を出たのに、到着するとキャンセルされていて、怒られて。
会社に戻ると資料が山積み。
こんな嫌がらせは月曜から金曜まで毎日続いた。
当然、今週の営業成績はゼロ。
打ち合わせがすべて断られてしまってはどうすることもできない。
「ゼロだって~」
誰かはわからないけれど、あなたたちのせいでね。
「今まで二位だったの、枕営業じゃないの?」
「あぁ~、オバサンになったからとうとう相手にされなくなったってこと?」
枕営業なんてしてないし。
オバサン……なのかな。
でも、アラサーだけれどあなたたちには言われたくない。
どんなに資料をがんばってもどうせまた次の仕事が置かれるし、打ち合わせの予定を入れてもキャンセルされて相手にも迷惑がかかるし、心がすり減ってしまった和香はしばらく営業をしないことにした。
「梅村、今日の午後、俺の代わりに行ってくれないか?」
黙々と資料を修正していた和香に山岡がメモを出しながら話しかける。
「……え? 私が?」
「あぁ。スケジュール空いてる?」
「空いてるけど……」
空いているどころか打ち合わせは一件も入っていない。
「悪い、先方がどうしてもこの時間にしてほしいって言うんだけど、移動時間を考えると無理で」
代わりに頼めないかと山岡がお願いポーズをする。
「私じゃ……無理かも」
たぶんキャンセルされてしまうと言った方がいいだろうか。
それとも山岡の案件だから邪魔されない?
「俺は梅村に頼みたいんだけど?」
「あー、うん。わかった」
「先方には梅村が代理で行くと連絡しておくから」
必要な資料を教えてもらい、和香は準備をする。
会社の地図と担当者の連絡先を山岡から受け取った和香は、「いってきます」と席を立った。
そろそろ転職を考えた方がいいかもしれない。
電車に乗りながら和香はぼんやりと考えた。
このままずっと営業成績がゼロだったら、さらに居づらくなってしまう。
今月はまだ先週の成績もあるから良いけれど、来月は一ヶ月ずっとゼロだ。
さすがに部長に何か言われるだろう。
潔くやめた方が山岡にも迷惑はかからないだろうし。
本当に山岡と何か関係があったならこんな嫌がらせも納得だが、体調が悪いところを助けてくれただけなのに。
女の嫉妬は怖くて醜い。
正直、もう疲れてしまった。
「うわ。おっきい会社」
さすが山岡と言えばいいのだろうか。
こんな大会社と仕事をしていれば毎月営業成績が一番なのは当然だ。
人脈も私なんかとは全然違うし、もう完敗だ。
やっぱり会社は辞めよう。
がんばっても敵う相手ではなかった。
「エンドウジシステムの梅村です。本日、山岡の代理で寺内主任様と打ち合わせを」
「……先ほどキャンセルのお電話をいただいておりませんでしょうか?」
受付嬢の言葉は今週何度も聞いた言葉だった。
「そうですか。弊社の手違いがあったようで。申し訳ありません」
ごめん、山岡。
やっぱり私じゃ無理だった。
こんな大会社と打ち合わせを組むのは大変だったと容易に想像できるのに、私には何もできない。
和香は受付嬢にお辞儀をし、扉に戻る。
「あの、エンドウジシステムさんですか?」
「あ、はい。そうです」
「寺内です。お待ちしておりました」
主任と聞いていたのでもっとオジサンだと思っていたのに、同じくらいの年齢の男性に声をかけられた和香は驚いた。
「あの、キャンセルになったと……」
「えぇ。受付から連絡をもらってすぐに山岡に連絡をしたらそんなはずはないと言われたのでお待ちしておりました」
どうぞ会議室へと案内された和香は、何事もなかったように打ち合わせをさせてもらえた。
山岡が準備してくれた資料は完璧。
相手の寺内主任も優しくていい人だった。
「山岡とは大学の同級生なんですよ」
あいつの性格上ドタキャンは絶対にないと思っていたと寺内はコーヒーを飲みながら、待っていた理由を話してくれる。
ついでに聞いてはいけない山岡の黒歴史まで。
「大丈夫、あいつは頼りになる男です」
意味深な『大丈夫』の意味を聞くことができないまま打ち合わせ予定の一時間が経ち、寺内は次の打ち合わせにいってしまった。
もしかしたら山岡は、今週営業成績がゼロの私を心配して、同級生の仕事を回してくれたのかもしれない。
そうだとしたら本当に優しすぎる。
あの日、駅で声をかけてくれたのも山岡だけだった。
たくさんの人が改札を通って行ったのに。
仕事ができて優しくて料理もうまくて人脈もある男。
やっぱり完敗だ。
和香は電車に乗りながら転職サイトを検索する。
できれば引っ越したくないので、今のマンションから通えそうなところで。
給料は今と同じくらい欲しいけれど、わがままだろうか。
土日休みで、福利厚生もあって。
検索しているとあっという間に会社の最寄り駅に。
「ただいま戻りまし……」
自席に戻った和香は会社を出るときには山積みだったファイルや付箋がすべて消えていることに驚いた。
「おかえり。どうだった?」
「山岡のおかげで無事に……えっと、ここにあった仕事は?」
「あぁ。本来の人たちに戻した」
打ち合わせの報告を頼むと言われた和香は、山岡に今日の内容を説明する。
キャンセルされたことを知っているはずなのに何も聞かずに、仕事の内容だけ話してくれる山岡の気遣いもうれしかった。
「梅村に行ってもらえて助かった」
コーヒー奢ると山岡は席を立つ。
「一番高いのにしようかな」
といっても自販機だけれど。
冗談を言いながら二人でリフレッシュルームに向かった和香は、中で話している女性たち数人の声に足を止めた。
「ホント、サイアク。あのオバサン」
「山岡さんから仕事もらうとか恥知らずじゃない?」
「でもゼロだからさぁ~」
あははと笑っているこの声は後輩の佐藤の声。
「枕営業もできる年じゃなくなったしね」
「最近老けててヤバいよ」
「昨日の服、見た?」
笑っているけれど、別にあなたたちの服とそう変わらないレベルの服を着ているけれど。
昨日は確か白のブラウスに、黒のパンツ。
あぁ、そうか。袖に紐がついていてちょうちょ結びしたのがオバサンのくせにってことね。
隣を見上げると、山岡の驚いた顔が見える。
あぁ、聞かせたくなかったな、こんなこと。
「またあとにしようか」
引き返そうとした和香を無視し、山岡はリフレッシュルームに向かって歩いていく。
和香は急いで追いかけたが、山岡の長い足には追いつくことはできなかった。
「わぁ! 山岡さんに会えるなんて」
「一緒に休憩しませんか~?」
さっきとは全然違う声で話し出す女子社員って怖い。
外まで丸聞こえだったけれど、気づいていないのだろうか。
私の代わりに怒ってくれている山岡にも。
リフレッシュルームの入り口の扉をダンッと叩いた山岡に女子社員たちはビクッとする。
そして山岡の後ろに私の姿が見えたのだろう。
後輩の佐藤に鬼のような形相で睨まれてしまった。
「おまえたちだろう。営業先にキャンセルの電話をしたのは」
「えぇ~? 知らないですぅ」
私たちじゃないと顔を見合わせる女子社員たちに山岡は胸元から取り出したスマートフォンを見せる。
「総務に頼んで調べてもらった」
画面に表示されているのは電話の発信履歴。
和香の取引先に電話をした日時とどの電話から掛けられたかの番号付きのリストだ。
「営業がどれだけ大変なのか知らないだろう。黙っていれば仕事が来るとでも思ってんのか!」
暑くても寒くても会社を回り、聞かれたことにはすぐに答えなくては信用がなくなるから自社製品を誰よりも使い込み、もっと見やすい資料を自分で作ったにも関わらず相手にそっけない態度を取られ、ようやく打ち合わせを取り付けた努力をたった一本のいたずら電話で台無しにされた営業の気持ちがわかるのかと、山岡は和香の気持ちを代弁してくれる。
「おまえたちがやったことは会社に不利益をもたらす悪質な嫌がらせだ」
「……そんな、私たちは別に」
経理部の女子社員は売り上げに敏感なのか、もごもごと口ごもる。
「山岡さんがそんなに怒るなんて。いつも優しいのに、やっぱり梅村さんだけ特別なんですかぁ?」
「今はそういう話じゃないだろ」
「みんなの山岡さんを独り占めなんて納得できないです!」
まったく現状がわかっていない後輩佐藤だけは、和香が悪いと攻め続ける。
他の女子社員たちがドン引きしていることにも気づかずに。
「逆だ」
山岡に腕を引っ張られた和香はバランスを崩し、山岡の白いワイシャツに顔が埋まる。
「俺が梅村を独り占めしたいんだ」
文句があるなら俺に言えと宣言している山岡に一番聞きたいのはきっと私だ。
逃げるように去っていった女子社員たちの足音を聞きながら、どういう状況なのかわからず真っ赤な顔で困惑することしかできない和香は、動くこともできずに固まった。
「……なんでこんな場所で告白しないといけないんだ」
「こ、こく、告……」
「今夜リベンジするから予定を開けて待ってろ」
見上げると山岡の顔も真っ赤だった。
ゆっくり解放された和香も真っ赤な顔は収まりそうにない。
「あ~~、暑っ」
手でパタパタ顔を仰ぐ山岡に、和香は真っ赤な顔を隠せないまま「助けてくれてありがとう」と言うのが精いっぱいだった――。
END
多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます。