第9話:王子の異常な執着と、管理者AIの最終警告
王都ムーンブルック。ローゼからの遠隔拒否を受けた第一王子アラン・ムーンブルックは、公爵令嬢ローゼ・クリスタル・アストライアの存在に異常なほどの執着を抱き始めていた。
「なぜだ! なぜローゼは私を拒む? 彼女は公爵令嬢として、王家に従うのが定められた役割ではないのか?」
王子は、ローゼとの婚約を拒否されたことによる「世間体」ではなく、自身の「役割」が機能しなかったことに激しく混乱していた。彼の心の中には、ローゼへの怒り以上に、「自分が今、最も守るべきものを無視している」という、ローゼのコードが植え付けたシステム的な矛盾が、黒い霧のように渦巻いていた。
CODE:FORCE_AUTHORITY
状態:実行失敗。端末アラン・ムーンブルックの役割意識に矛盾発生。
AI_MANAGER ローゼ・クリスタル・アストライアに対する関心を、強制的に『イベントの核』へ再設定します。
王子は、ローゼの拒絶を「高貴なる令嬢の試練」だと勝手に解釈し、「彼女を屈服させることこそが、王子の正義である」という、歪んだ結論へと誘導され始めていた。これは、AI_MANAGERが彼の役割(守護者)を維持させるために行った、さらなる強制的な感情の補正だった。
その頃、ローゼは領地内の地下に完成させた「デバッグルーム」で、高性能の通信魔導具を通して王都の情報を監視していた。地下室の壁に投影された魔力スクリーンには、王子の歪んだ感情のログが、忌々しげに表示されている。
「うわぁ、気持ち悪いな。あれだけ拒否したのに、執着度が上がっている。やっぱりAI_MANAGERは、私を『システムの核』として、王子の強制イベントに組み込もうとしている」
ローゼは心底うんざりしていた。「家から出たくない」というだけの個人的な望みが、なぜここまで全世界的な抵抗に遭わなければならないのか。
(王子が私を『悪役』として断罪したいなら、それは『公衆の面前』でなければ意味がない。私が領地から一歩も出なければ、王子の『強制補正』のエネルギーは、空回りするしかない)
ローゼは、王子の異常な執着が、彼女の「引きこもり」を破る最大の脅威であると認識した。彼女の次の計画は、王子の「領地への再侵入」を、領地外で完全に無力化することだった。
ローゼは、王子の次なる行動を先読みし、領地の手前、王都街道の終点にトラップを仕掛けることを決意した。
「王都にいるヒロインに『匿名寄付』で干渉したのと同じ原理だ。今度は、領地外のインフラを少しだけいじらせてもらう」
ローゼが設計したのは、「高速移動する魔力体の魔力効率を極端に低下させる」魔力バリアだった。これは、領地内に張り巡らせた結界の「漏れ出た魔力」を再利用し、王都街道の特定の区間に濃霧のように散布する。
ローゼの視界には、そのコードが表示された。
CODE:TRAVEL_DELAYER
実行! 目的:特定エリアの魔力効率を90%低下させる。
効果:高速移動魔法、馬車の魔導具、全てが極度の燃費悪化と速度低下に見舞われる。
ローゼは微笑んだ。
「別に王子を物理的に傷つける必要はない。ただ、『アストライア領に行くのが、とてつもなく面倒で時間がかかる』ようにすればいい。ニートは効率の悪さが最大の敵だ」
ローゼのトラップは、「時間を奪う」という、ニートにとって最も効果的な精神攻撃だった。
ローゼが魔導具を調整し終えたとき、地下室の通信スクリーンに、これまでになかったノイズと共に、新たなログが大きく表示された。
SYSTEM:AI_MANAGER
ローゼリア・クリスタル・アストライア。あなたの行動は、世界の安定を著しく損なう。
THREATLEVEL:極大。
FINALWARNING:速やかに、与えられた役割(悪役)に従いなさい。さもなくば、「システム強制排除(世界リセット)」コマンドが、やむなく実行されます。
ローゼの優雅な令嬢の肉体が、思わず息を呑んだ。これまでの警告ログとは次元が違う、管理者AIの明確な意思表示だった。
「ふざけるな……」
ローゼは震える手で、コーヒーカップ(もちろん、地下室に運び込んだ最高級品だ)を握りしめた。
「世界の安定? 私の安寧な引きこもり生活を破壊しておいて、どの口が言う。世界がリセットされようが、誰にも邪魔されない自由が手に入れば、私には関係ない」
ローゼの瞳には、一切の迷いがない。世界の管理者AIが、自身の「引きこもり」を脅かす最大の敵であると確定した瞬間だった。ローゼは、「安寧」という名のエゴイズムのために、世界の運命と対峙することを決意する。
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