第3話:アストライア領は最高のデバッグルームとなる!
入浴を終え、心身ともに清潔になったローゼの頭脳は、ニートの生存本能に基づき、極めて論理的かつ効率的に動き始めた。
「まず、このアストライア領の魔力効率35%というクソみたいな初期設定を何とかしないと話にならない。快適な引きこもり生活には、十分な電力……いや、魔力が必要だ」
ローゼは再び設計図を広げ、領地の地図に新たな線を描き加えた。これは、【HOME・DEFENSE】スキルが提案した「魔力リサイクル経路」の増築計画である。前世のニート時代、電気代を極限まで節約するために実践した「資源の徹底的な無駄排除」の精神が、今、異世界の魔法技術にフィードバックされようとしていた。
ローゼの指示を受けた魔力リサイクル経路は、領地内の枯れ木や石、さらには「古く澱んだ空気」にすら微量に含まれる魔力成分を抽出・圧縮し始めた。この作業により、領地全体が静かに、しかし確実に変化し始めた。
風景描写として、ローゼの部屋の窓から見える庭園の隅に、水晶のような微細な光の粒子が舞い上がるのが見えた。それは、本来は散逸するはずだった魔力のエッセンスであり、まるで領地全体が巨大なバッテリーとして機能し始めたかのようだった。
CODE:LOCALE_ASTRAIA_001
魔力効率:35% → 68%。
INFO
領地結界、レベル2へ自動昇格。外部からの侵入に対する物理防御力+500。
ログが表示され、ローゼは満足げに頷いた。
「よし。これで一応、最低限の電力は確保だ。次は防御。面倒な訪問者は、絶対に物理的に排除する」
ローゼが設計図に次の防御トラップの位置を書き込んでいると、視界の隅に普段とは違うログが現れた。
WARNING
警告。エリア境界線の魔力流量、異常値を確認。ローゼリア・アメシストの行動、予測モデルから逸脱。
SYSTEM:AI_MANAGER
領地内に強制的に監視ユニットを派遣します。
「うわっ、なんだこれ。AI_MANAGER?」
ローゼは冷や汗をかいた。これはただのゲームシステムではない。世界を動かす意志、すなわち彼女の引きこもり生活を破壊しようとする「管理者AI」の存在を初めて具体的に認識した瞬間だった。
(くそっ、やっぱりこの世界は誰かに管理されている。俺の行動が、システムの安定性を揺るがしているのか)
ローゼのTS後の身体は、恐怖で微かに震えたが、ニートの信念は揺るがなかった。
「監視ユニット? めんどくさい。監視される生活なんて、ニートの死活問題だ」
ローゼの顔が、令嬢とは思えないほど険しくなる。彼女は、「誰にも邪魔されない自由な空間」こそが、自身の存在価値の全てだと信じていた。その自由を奪おうとするならば、それが「世界の管理者」だろうと、徹底的に抵抗する。
ローゼは急いで設計図を閉じ、新たな緊急防衛策を練った。派遣される監視ユニットが人間か魔物かは分からないが、最も確実なのは領地内での遭遇をゼロにすることだ。
彼女は執事とメイドを呼び寄せた。彼らはまだ、ローゼが一日中部屋に引きこもっていたことを不審に思っている。
「ごきげんよう。わたくし、ローゼ・クリスタル・アストライアは、このアストライア領の『精神集中』をより高めるため、今日から領地内の散策を始めますわ」
ローゼは完璧な微笑みで、メイドたちを欺いた。その裏では、【LOG・READER】が、彼女のセリフがメイドたちの「疑惑フラグ」を下げるのを確認していた。
しかし、彼女の「散策」とは、「誰もいない、領地外縁の結界付近」を「魔力で見えないように」巡回し、侵入してくる監視ユニットを待ち伏せるという、究極の引きこもり型戦闘態勢のことだった。
ローゼは、執事に命じる。
「わたくしが散策中は、いかなる来訪者も、わたくしの「精神集中を邪魔しない」よう、敷地の外で丁寧にお帰りいただくように。特に王都からの使者や、王子殿下、そして怪しげなローブの人物は、いかなる理由があろうと門前払いよ」
そして、ローゼは侍女に、領地の魔力の特性を隠すための「魔力抑制のアロマポッド」を、領地中に設置するよう命じた。これは、領地内でローゼがチート級の魔法を使っても、「ただの良い香り」としてしか観測されないようにするための偽装工作である。
ローゼの心の中は、「面倒くさい」「早く終わらせて寝たい」という感情でいっぱいだったが、その行動は、世界の管理者にとって最も予期せぬ、完全なるシステム外の行動として記録され続けていた。
「さあ、お出かけ(引きこもり戦闘)の時間だ」
ローゼ・クリスタル・アストライアは、誰にも見えないように結界をすり抜け、最強の引きこもり場所を守るための、最初の一歩を踏み出した。
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