第22話:モブ騎士の撤退と、ヒロインの謎の再始動
ローゼは、地下室の扉越しに、カイルが扉の前に立ち尽くす気配を感じていた。ローゼが送り込んだ巨大なゲームのメッセージウィンドウが、彼の視界を支配している。
警告!
この扉を開ける
→ BAD END(ゲームの強制終了)
カイルは、扉に手を伸ばしかけていたが、そのメッセージを見て、全身の血の気が引くのを感じた。
「バッドエンドだと!? ここで攻略を誤れば、全ての情報が失われる……! 裏技の真実も、この賢者の正体も、全てが闇に葬られる!」
カイルにとって、ゲームの強制終了は、存在意義の否定に等しい。彼は、騎士としての任務よりもゲームの攻略を優先する思考回路に完全に支配されていた。
カイルは、ローゼの地下室の扉に深く一礼すると、踵を返した。
LOG:KYLE_001
認識:正しいアイテムの探索が必要。
状態:探索モードへ移行。目標を地上へ変更。
ローゼは、カイルが遠ざかる足音を聞き、深く安堵の息を漏らした。
(よし。「ゲームの強制終了」を恐れるニートの心理を突いた私の勝利だ。これで私的な記憶が暴露される危機は回避された。やはり、アクティブな人間を動かすには、恐怖と欲望の組み合わせが一番面倒がなくていい)
ローゼは再び最高の座椅子に身を沈め、最高のQOLを享受する権利を取り戻した。
ローゼの安堵も束の間、通信魔導具に、新たなアラートが点滅した。その発信源は、地上階で静かに休んでいるはずのヒロイン・リリアだった。
ローゼが仕掛けた「安定の欺瞞コード」は、リリアの無意識の調律を一時的に停止させていたはずだ。しかし、ローゼがカイルを迎撃するために地下室の防衛魔力を一時的に上げたことで、微細な魔力の揺らぎが、地上のリリアに感知されてしまったのだ。
LOG:RIRIA_001
状態:かすかな魔力ノイズを検知。
INNATEABILITY
状態:『システムの調律』再起動。
ローゼの視界には、リリアの周囲の魔力フィールドが、再び穏やかな光を放ち始めたログが表示された。リリアは客室で静かに座っているだけだが、彼女の無意識の能力が、ローゼの引きこもり要塞に干渉し始めた。
(まずい! 私の防音・吸音結界から漏れる極微量の魔力ノイズに反応しただと? まるで対チート対策システムじゃないか!)
このままでは、リリアは無意識のうちにローゼが地下室に施した「存在の消去」コードや、「独立魔力回路」のセキュリティバリアを『ノイズ』として認識し、無効化してしまう可能性がある。
ローゼのQOLを守るための最高の要塞が、内部からの脅威によって崩壊の危機に瀕した。
ローゼは、リリアを物理的に排除することはできない。それは面倒であり、AIの断罪イベントを誘発する。ローゼの選択肢は、「ヒロインとの非接触」を維持しつつ、彼女の「調律能力」を無効化することだ。
ローゼは、通信魔導具を通じて、別邸全体に存在する魔力伝達経路の設計図を引っ張り出した。
(リリアは『ノイズ』を修正する。ならば、修正できないものを送り込めばいい。修正対象ではないものを!)
ローゼは、乙女ゲーム知識から、ある非公式な設定を思い出した。
「そうだ! 『ルナ・アメシストの星導』には、ヒロインの能力が唯一、反応しないものが存在する。それは、システムが『ノイズ』ではなく『愛』と定義する、感情に特化した魔力だ!」
ローゼは、「愛」という抽象的で、ニートにとって最も縁遠い概念を、システム的に再現するという、最も面倒で屈辱的なコードの構築に取り掛かった。
CODE:AFFECTIVE_BLANKET
実行準備。
目的:リリアの周囲の魔力フィールドを『無害で極度に安定した愛情の波動』で満たし、「修正不要」と誤認させる。
ローゼは顔をしかめた。
「愛情の波動だと? 前世も今世も引きこもりの私が、愛情の波動なんてものをプログラムしなければならないなんて、最大の屈辱だ! 面倒くさいにも程がある!」
ローゼは、ニートの安寧を守るため、「愛の波動」という、最も反ニート的なものをシステム的に再現するという、屈辱の最終手段に訴えざるを得なかった。
読んでくれた皆さん、ありがとうございます! 感想やブックマークや評価も良かったらお願いします!




