第14話:地下室への緊急避難と、空から降るヒロイン
ローゼは、「領地内へのヒロイン強制転移」という最悪のログを見て、椅子から飛び上がった。
「馬鹿げている! そんなシステムチート、聞いたこともないぞ!」
これまでの敵は、婚約や学園といった「社会のシステム」だった。それらはリモートで停止できた。しかし、ヒロイン自身を物理的に領地内に送り込むという手段は、ローゼの「自宅から出ない」という絶対防衛線をも脅かす、最も面倒な物理攻撃だった。
LOG:RIRIA_001
状態:転移開始。対象座標:アストライア領中央庭園。
到達まで:残り3分30秒。
ローゼは即座に決断した。ヒロインとの接触は、断罪イベントを強制的に引き起こす可能性がある。
「アルフレッド! 全ての使用人に、『本日、令嬢は神の啓示を受けるため、地下の聖域に籠る。一切の入室を禁ずる』と伝えなさい! 食事も全て地下で済ませる!」
ローゼは、地上階にある完璧な令嬢の自室を捨て、地下のデバッグルームへの「究極の引きこもり」を決行した。彼女は最高の座椅子と通信魔導具、そして大量の保存用魔導食(乾燥シチューや濃縮スープ)と高純度魔力ゼリーだけを掴み、隠し通路を通って地下へと滑り込んだ。
ローゼが地下室の防音扉を閉め、魔導具を通して領地の空を監視したその瞬間だった。
領地の中央、美しい噴水のある庭園の上空に、巨大な魔力の渦が突如として出現した。ローゼの【HOME・DEFENSE】結界は、外部からの「侵入」を防ぐ設計だったが、さすがに「転移」というシステム的なチートには、なすすべもなかった。
渦の中心から、一人の少女が光の柱となって降りてきた。それが、この物語のヒロイン、リリア・エバーグリーンだった。
LOG:RIRIA_001
転移完了。状態:無傷。
SYSTEM:AI_MANAGER
目的:悪役とヒロインの物理的接触。進行中。
ローゼは、地下室の通信画面に映るヒロインの姿に息をのんだ。彼女は普通の平民の服を着て、突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた。
「あいつ、完全に混乱しているな。よし、このまま地下に籠っていれば、彼女は混乱して外に出るか、使用人に見つけられるだろう」
ローゼの戦略は、「物理的な非接触」の維持だった。
ローゼが安堵したのも束の間、ヒロイン・リリアは突然、空を見上げ、不思議な動きを始めた。
リリアは両手を広げ、宙に浮遊した魔力の残滓に向かって、何かを語りかけているように見える。ローゼの視界には、その瞬間、ヒロインのステータスログが、ローゼの予測を超えた情報と共に更新された。
LOG:RIRIA_001
状態:システムエラー発生を検知。
INNATEABILITY
発動:『システムの調律』
能力:周囲の魔力フィールドからシステムのノイズやバグを感知し、無意識下で調律・修正する。
ローゼは思わず叫びそうになった。
「なんだと!? ヒロインがシステムのエラーを修正する能力を持っているのか!?」
リリアが手をかざすと、彼女の周囲の魔力残滓が穏やかな光へと変化した。ローゼが仕掛けた領地の【HOME・DEFENSE】結界が、リリアの無意識の調律によって、安定性が回復し始めたのだ。
「まずい! このままでは、私がリモートで仕掛けたすべてのトラップが、ヒロインに無意識に修正されてしまう!」
ローゼは愕然とした。婚約回避のための王子への遅延トラップ、学園停止のための偽装コード、そして領地内の防御結界。すべてが、このヒロインの「システムの調律」という能力によって、無意識に解除されてしまう可能性がある。
ローゼは、目の前のティーカップの取っ手を握りつぶしそうになった。
「面倒くさい! 面倒くさいにも程がある! システムのバグを仕掛ける私と、システムのノイズを修正するヒロインが、同じ領地にいるだと?」
ローゼのニートの信念と、ヒロインの天性の能力が、今、この領地で物理的に衝突しようとしていた。
ローゼは、デバッグルームの通信魔導具を通じて、領地の結界の状態を緊急で再設定した。
「こうなったら、最終手段だ。私の地下デバッグルームを、領地全体のメインシステム中枢として設定し直す。この部屋だけは、ヒロインの無意識の調律から完全に切り離す!」
ローゼは、自宅から一歩も出ないという信念を貫き通すため、世界最高の引きこもり要塞であるこの地下室を、世界のシステムから隔離された『最終防衛線』へと変貌させることを決意した。
そうして、ローゼ・クリスタル・アストライアの、究極の「自宅防衛戦」が、今、始まった。
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