第13話:学園システムの停止と、世界が静止する日
ローゼは、王立学園の学長が館を後にするのを待って、地下のデバッグルームで静かに【CODE: SCHOOL_SHUTDOWN_SIMULATOR】の最終コマンドを入力した。
学園への強制入学は、ローゼの平和な引きこもり生活を根底から破壊する行為であり、もはや全面戦争だった。ローゼの指先が、魔導中枢への接続コードを実行する。
CODE:SCHOOL_SHUTDOWN_SIMULATOR
実行! 対象:王立学園魔導中枢。
目的:無限ループ処理を誘発し、システムを安全停止モードへ移行させる。
ローゼの放った魔力は、領地の地下深くの通信魔導具を通じて、王都に位置する王立学園の地下へ瞬時に到達した。
王立学園の魔導中枢システムは、ローゼの仕掛けた「無限ループ処理」に直面した。それは、処理を完了することも、エラーを吐き出すことも許されない、『計算リソースのデッドロック状態』だった。
学園内では、異変が起こり始めていた。
結界の出力低下: 実習中に使われていた魔導具が突然、動かなくなった。
出席魔導の停止: 生徒の腕に嵌められた魔力計が、一斉に【UNKNOWN STATE】を表示し、出席システムが完全に沈黙した。
教室の照明の減光: 魔力供給の優先度が下がり、学園全体が薄暗くなった。
学長室では、魔導中枢を監視していた担当者が悲鳴を上げた。
「学長! 中枢システムが……無限の負荷に陥っています! このままでは中枢が焼き切れる! 強制緊急停止以外、手段はありません!」
学長は顔を真っ青にして叫んだ。
「全授業を中止! 全生徒を直ちに安全な場所へ、そして即刻自宅待機を命じろ! 王立学園は……システムエラーにより本日の運営を停止する!」
ローゼの「登校拒否」戦略は、完璧に成功した。彼女の領地から遠く離れた王都の王立学園は、ローゼが登校できない状況を自ら作り出してしまったのだ。
LOG:GAKUEN_SYSTEM_CORE
状態:緊急安全停止。再起動まで最低48時間を要す見込み。
RESULT:FORCED_ENROLLMENT
イベント:強制入学、失敗。学園機能停止により物理的に実行不可能。
ローゼはログを確認し、安堵のため息をついた。
「よし。これで最低二日は、集団生活という地獄から解放された。そして、王都に連行されることもない」
ローゼは、カイルが領地外で「ゲームの裏技」探しに夢中になっているログと、王子アランが遅延トラップに苛立ちを募らせているログを同時に確認した。
「王子とモブ騎士団の進路を塞ぎ、王立学園という大舞台をリモートで閉鎖する……完璧だ。私のQOLは、絶対的な安寧を手に入れた」
ローゼは、至福の表情で新しい座椅子に深く身を沈めた。彼女の戦略は、常に「面倒なことはしない、面倒な場所には行かない」というニートの信条に基づいていた。
ローゼが安息のひとときを味わっていたその時、地下室の通信魔導具に、ノイズと共にAI_MANAGERからの、これまでにない異質なログが流れ込んできた。
SYSTEM:AI_MANAGER
認識:ローゼ・クリスタル・アストライアは、既存のゲームの枠組みを破壊する『特異点』である。
警告:現在の状況は、ヒロイン・リリアのイベント開始を永遠に不可能にする。
FINALACTION:『強制補正』の権限を最大まで解放。
ローゼの『引きこもり生活』をターゲットとした、最後の、そして最も予測不能なイベントを実行します。
NEXTEVENT:『領地内へのヒロイン強制転移』。
ローゼは、コーヒーを噴き出しそうになった。
「は……? 領地内への、ヒロイン強制転移!?」
王都で王子と出会い、学園で交流するのが物語のセオリーだ。それをローゼが破壊した結果、AI_MANAGERは「舞台」や「手順」をすべて無視し、「ヒロインと悪役を物理的に接触させる」という、最も乱暴で強引な手段を選んだのだ。
ローゼの最高の引きこもり要塞であるこの領地に、物語のヒロインが、文字通り空から降ってくる。
「最悪だ! これでは、『自宅警備』の難易度が『要塞防衛戦』に跳ね上がったことになる! 面倒どころの騒ぎではない!」
ローゼの安寧は、ヒロイン・リリアの突然の出現によって、一瞬で崩れ去ろうとしていた。
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