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光と闇

 どうしてこんな事に………、と呆然と眺める視線の先には、人気の無くなったグラウンド。そこに向かい合うように立っているのは、目隠しさんと吉光である。目隠しさんの存在を吉光に説得しようとしたが、結果空しく、2人は決闘をすることになってしまった。


「おーい出雲〜。お前そんなところで1人で突っ立って何してんだ〜」


 部活帰りらしい生徒が、間延びした声で吉光を呼ぶ。普通の霊感の無い人たちには目隠しさんの存在が見えないので、吉光が1人で殺気立っている異様な光景だ。しかし吉光は返事をしなかった。ただ目の前の幽霊を睨む様に見つめ、微動だにしない。やがて声を掛けた生徒も、吉光が変なのはいつものことだと溜息をついて、そのままそそくさと帰って行った。


「ねぇ………決闘なんてやめない………?漫画でしか見た事ないよこんなの………」

「ハニー、心配しないでください。勝つのは俺ですから」


 心配、というよりかは、無益な闘いを止めたいという思いの方が強かったが、何を言っても止まりそうにない2人に、私は言葉を飲み込んだ。それに、言葉で説得するよりも、こうやってぶつかり合った方が案外分かり合えるのかもしれない、と微かな可能性にも賭けていた。気が済むまで喧嘩させて、ある程度のところで止めに入ることにしよう。私もそう腹を括り、事の成り行きを傍で座りながら眺めることとした。


 2人はしばらくの間無言で向かい合っていたが、やがて先に動き出したのは、吉光の方だった。無限に出てくるお札を、今朝の時と同じく目隠しさんの方に投げ付ける。光を帯びながら一直線に飛んでいく札は、きっとまた目隠しさんに届くことすらなく燃えカスになるのだろう、と思っていたのだが。


「……………?」


 数枚の内、1枚が辛うじて目隠しさんの頬を掠め、ツーと切り傷のような痕を残した。小さな傷ではあるが、全てを無効化したと思っていた目隠しさんにとっては、意表を突かれたものであった。何故、と言いたげな目隠しさんが、自分の手を眺める。


「なぜ、と言いたげな表情ですね」


 そんな目隠しさんの姿にご満悦な吉光。理由を聞くまでもなく、彼が自慢げにぺらぺらとトリックを語り出す。


「貴方がここに来る前に、グラウンドに清めの塩を振っておいたのです。戦いが長引けば長引く程、貴方の力は弱まっていく」

「…………………」

「ぐうの音も出ない様ですね!」


 歯が立たなかった今朝から、たった半日で目隠しさん対策をしてくるとは、吉光も見習いとはいえ未来の神主としてかなり有望のようだ。清めの塩で弱体化している目隠しさんに向けて、今度はお祓いでよく見る大麻おおぬさを取り出す。木の棒に白い紙垂が付いたアレだ。


「何故恋白に取り憑いているのか知りませんが、貴方は貴方の有るべき場所は還るべきです!その未練、俺が成仏させてあげましょう!」


 目隠しさん目掛けて走り出す吉光と、一歩も動かないままの目隠しさん。もしかして、清めの塩がかなり効いているのでは、と私も少し焦ったように身を乗り出したが、そんな心配は要らなかった。吉光が振りかぶった大麻は、目隠しさんの頭上に下される前に真っ二つに割れる。ぱき、と乾いた弱々しい音と共に、呆気なく地面に落ちた。


「よ、吉光!!」


 思わず名を叫んだ私の瞳に映るのは、鎌を持っていない左手で吉光の首を掴む目隠しさんと、宙ぶらりんにぶら下がる幼馴染の体だった。苦しそうに顔を歪めて目隠しさんを睨む吉光だったが、目隠しさんから滲み出る、深く黒い圧を感じ取りハッと息を呑む。


(な………、何だ、コイツ…………)


 今まで出会ってきた霊とは比べ物にならない程の、深い憎悪。この世に強く残り続ける未練。現世に留まる霊は、この世に何らかの未練がある者たちの成れの果てであることは知っているが、目の前の幽霊はただならぬ何かを感じたのだ。


「小僧………。軽々しく俺を成仏させるなどと………二度と抜かすな…………」

「な…………っ」

「見習いの霊力者風情が…………。子供のごっこ遊びの様なお祓いで……………」


 ただならぬ雰囲気を目隠しさんに感じて、私も思わず立ち上がった。止めなければ、このままでは吉光が危ない。今の目隠しさんは………、何か地雷を吉光に踏み抜かれたのか、怒りで我を忘れている様に見える。


「目隠しさん、駄…………っ!」


 駄目、と駆け出そうとした私の右足は、何故か前に出なかった。ぐらりと体が傾く中で、私は違和感を覚えた右足をゆっくりと振り返る。得体の知れない大きな黒い手が、知らぬ間にポッカリと空いた地面の穴から伸びてきて、私の足をがっちりと掴んでいるのだ。どう見ても人間では無いであろう手に阻まれて、私は勢いよく地面に転ぶ。


「恋白!!!!」


 首を絞められて苦しそうだった吉光が、私の名を叫んだ。ハッとして振り返る目隠しさんも、私に迫っている危機に気付き、吉光から手を離す。


「な、なにこれ………!!」


 こちらに駆け寄ってくる目隠しさんに向かって、私も必死に手を伸ばすが既に遅く。私はズルズルと黒い手に引き摺られて、やがて摘み上げられるように体が浮いた。ぶらん、と宙ぶらりんになる中、逆さまの視界で辺りの状況を見回す。先程まで学校のグラウンドにいたはずなのに、何故か真っ暗闇の空間に変化している。いや、私たちがこの世界に飲み込まれたという方が正しいのだろうか。


「美味そうな女の子だなァ…………」


 響き渡るのは、やはり人間のものとは思えない、低く獣のような轟音。そしてヌッと暗闇から大きな鬼のような顔が出てきて、幽霊に免疫がある私でも思わずヒッと声を震わせた。至近距離で私のことを眺めながら、グウグウと空腹で腹を鳴らすソイツは、見た目通り鬼の様で。


「こんなちっこいのに、すげぇ生命力だ………。3日ぶりのご馳走だなァ…………」

「わ、私なんか食べても美味しくないです!!!」


 半泣きで必死にそう命乞いをするが、こっちの話など全く聞いていない。余程腹が減っているのか、あろうことか鬼はそのまま大きく口を開けて、私を放り込もうとする。駄目だ食われる、と目を固く閉じ、いやああああ!と泣き叫ぶ私の声と重なるように、何故か鬼も突然呻き声を上げ出した。


「グオオォオォオオ!!!!」


 その大きな巨体を揺らしてもがき苦しみ出した鬼に、一体何が起こったのかと原因を探す。すると、鬼の額に見慣れた札が1枚張り付いていた。このお札は…………。


「吉光!!」

「無事ですか、恋白!!」


 吉光の札が効いているようだった。段々と鬼の抵抗は激しくなっていき、摘まれていた私はポイ、とゴミを捨てる様に放り投げられる。なんか私毎回投げられてないか?とぼんやり考えていると、今度は力強く腹部に腕が回り、そのまま引き寄せられた。


「目隠しさん………!」

「………世話が焼ける………」


 呆れた様にボヤく目隠しさんのお陰で、私は無事に地面に着地した。事の成り行きを見ていた吉光も、急いで駆け寄ってきてくれて、改めて私が無事かどうかを確認していた。


「グ…………、クソが…………、変なのも着いてきてたのか…………」


 流石にお札1枚だけで倒れる程簡単でもないようで、鬼は額にあったお札を剥がした後、怒りで鼻息を荒くした。私たちの方へ向き直り、ビキビキと怒りで額の血管が浮き出している。その迫力は、しばらく夢に出てきそうな程の恐ろしさだ。


「貴様ら…………全員食い殺してやる………。オレは腹が減って気が立ってンダ…………」


 巨体を揺らす鬼から私を隠す様に、吉光が一歩前に出た。俺に任せろと言わんばかりのその背中は、この世の存在では無い鬼に対して1ミリも引いておらず、頼もしいものだ。こういう存在は、きっと吉光の日常生活の中で、常に傍に感じているものなのだろう。


「よ、吉光、大丈夫なの………?」

「任せてください」


 吉光は榊を取り出して、地面にそれを突き刺した。そしてその榊に向かって祈りを捧げると、それはみるみるうちにドス黒い空に向かって大きく成長し、やがて立派な大木へと成り果てた。目の前で起こった出来事に私も驚きを隠せず、ぽかんとその木を見上げる。


「この場所は恐らく霊界………。俺たちはあの鬼に、あの世の境目に引き摺り込まれたんです」

「れ、霊界って、私たち死んだの!?」

「無事に出られれば問題ありません。それに………、霊界では俺の力もより強力に効くはず。先程突き刺した榊は、うちの御神木の葉で作ったものです。それに念を込めて、ここに簡易的な御神木を作りました」


 そういえば確かに、吉光の家の神社には、樹齢何百年という大きな木が立っていたことを思い出す。霊界やら御神木やら、いよいよ現実離れした話に頭が追い付かないが、目の前で起こっていることが全てなのだ。彼を信じるしかない。


「それで、この御神木がどうアイツに効くの!?」


 答えを急かすように問うと、返事よりも先に、鬼が再び苦しむように呻き声をあげた。


「ガアァァアアッ!!!頭ガ…………ッ、割レル…………!!!ウグァアァァア!!!」

「自我を失い、己を保てなくなります。この隙にアイツを消し去れば解決です」


 頭を抱えてジタバタと子供の様に暴れる鬼。その隙にトドメを刺そうとお札を取り出す吉光の横で、私はいまだに不安を拭い切れないでいた。そんな簡単に行くのだろうか………。痛みで暴れる鬼は区別が付かなくなっているのか、腕や足を振り乱していてとても近付けそうにない。吉光も同じ様で、お札を構えたままどう近づこうかと足踏みしている。下手に近付けば、あの鋭い爪や人間離れした腕力で吹き飛ぶだろう。


「そうだ、目隠しさんなら………!」


 と、もう1つの頼みを振り返る。しかしその瞬間、どさり、と音を立てて何かが崩れ落ちる。その先を目で追うと、片手で頭を抑え、必死に痛みに抗う目隠しさんが、地面に膝を付いていたのだ。


「………ぐ………っ、貴様…………、ふざけた真似を…………っ」

「あ」


 ………そうだ、目隠しさんも幽霊だった。ということは、この巨大な御神木の効能は、当然目隠しさんにも有効で…………。


「………もしかして、逆にピンチなんじゃ…………」

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