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出雲吉光

 切れ長のキリッとした目。サラサラな黒髪。長身でスタイルも良く、ピンと伸びた背筋は歩く姿すら美しい。女性ならばすれ違い様、誰もが振り向く様な風貌。まるで少女漫画から飛び出してきたような美男子が、そこにはいた。同じ制服を纏った下級生の女子たちが、彼の前を通り過ぎる時、友達と顔を見合わせて頬を赤く染める。


 そんな色男の前に、寝不足で出来た特大なクマを目の下に拵えて、私は登場した。繰り返し出てくる欠伸のせいで涙が止まらない。体は重く、眠気で頭も回らず、文字通りの絶不調である。そんなコンディションで出会うこのイケメンは、私にとっては何よりも厄介であった。


「おはようございます、ハニー」


 そのイケメンから発せられた、声高らかな挨拶とハニーというあだ名は、間違いなく私に向けられたもので。最早毎日の恒例行事と化している為、ツッコミすら無い。私は小さくボソッと、「おはよ」とだけ返すと、そのままスタスタと男を置いて歩き出した。


「ハニー、今日も最高に美しいですね。特にその目の下のクマ………。俺のことを一晩中考えて、寝不足になってしまったのですか」

「………じゃあ私、こっちだから」

「待ちなさい、同じ学校でしょう」


 ナチュラルに別れようとした私の肩を、男は逃すまいと力強く掴んだ。


 男の名は、出雲吉光いずもよしみつ。私の幼馴染で、同じ高校に通っている。私は覚えていないのだが、幼稚園の頃に結婚する約束をしたらしく、その約束を律儀に守ろうと、私のことをハニーと呼んでいる迷惑な奴だ。そのせいで、こんな恵まれたルックスをしているのに彼女ができない。それどころか、同学年の人たちからは、私に付き纏う『残念なイケメン』として認識されてしまっている。


(………こんな奴だけど、昨晩はコイツのお陰で助かったところもあるんだよな………)


 思い出す、昨晩の一幕。異形にトドメを刺したあのお札は、この吉光に貰ったものであった。彼の家は神社で、吉光は修行中の神主見習い。高校卒業後は家業を継ぐとかで、今も既に親の仕事のサポートをしているという、立派なヤツでもある。吉光もまた、職業柄霊的なものを見ることができて、同じく霊が見える私の事を小さい頃から守ってくれたり、怖くないと勇気付けてくれていた。


『いつもこわいお化けから守ってくれてありがとう、よしみつくん』

『どういたしまして、こはくちゃん。ぼく、ずっとずっと、こはくちゃんのこと守るよ』

『本当………?じゃあ、わたしも何かよしみつくんにしてあげたい』

『え………、なにしてくれるの……?』

『うーん…………。なにがいい?』

『なんでもいいの………?』

『うん!よしみつくんなら、なんでもしてあげる!』

『じゃあ……………』



 じゃあ、けっこん!おとなになったら、けっこんして!



 何故私は、子供の時に軽々しい約束をしてしまったのか。本人には何度も、子供の時の約束だから、とやんわり無効であることを伝えているのだが、照れ隠しだと捉えられて、未だにちゃんと伝わってはいない。まさかここまで本気にされるなんて………。


「この男………何者だ………」


 突然聞こえてきたもう1つの声に意識を弾かれて、私は回想から帰ってきた。気付けば目隠しさんが私の体内から現れて、怪訝そうに出雲を見下ろしている。何者だ、と言いながら、私の肩を掴む吉光の手を、物騒な鎌で切り落とそうとしているのを見て、慌ててそれを止めた。


 「彼は」と目隠しさんに吉光のことを説明しようとすると、今度は反対からただならぬ殺気を感じる。先程まであんな感じだった吉光が、その雰囲気を豹変させ目隠しさんを睨んでいた。


「また変なのを憑けてきたのですか、恋白」


 吉光は慣れた手付きで、どこからともなくお札を取り出した。そしてそのお札を目隠しさん目掛けて迷いなく投げ付けた。あのお札の効力は、昨晩も目の当たりにしている。まずい、と考えるよりも先に私の体が動いていて、私は目隠しさんを庇う様に前に立ち塞がった。そして宙を飛んでいたお札はめでたく、ビタン!と私の顔面に引っ付いたのであった。


「恋白………!何故………!」


 幽霊を庇う私の行動に、吉光は動揺を隠せない様子だった。今までそんな事をしたことなかったのだから、彼が驚くのも自然の反応だろう。すっかり忘れかけていたが、吉光にも幽霊が見える。当然、目隠しさんのこともはっきりと認識できる。この2人が邂逅すればこうなってしまうことは、安易に想像できたのに。


「札………。聖職者か………」


 私の顔面のお札をマジマジと見つめる目隠しさんは、そう呟いた。前が見えない状況が続いていたが、お札だけが器用にパチパチと音を立てて燃えて、灰となって消えた。目隠しさんの力だ。


「恋白………。一体どうしたのです、幽霊を庇うなんて………」

「吉光、この人は悪い人じゃないの。ちょっと事情があって、今は一緒にいるというか………」

「その事情が何かは知りませんが、霊に同情してはならないとあれだけ教えてきたでしょう。幽霊と人間は共存できません。俺がその霊の未練を断ち切り、安らかな眠りを与えましょう」


 待って、違うの、という私の言葉も聞かないまま、吉光はまたしてもお札を数枚取り出し、指に挟んで構えた。その数枚を目隠しさん目かげて、再び投げ付ける。先程は1枚だったので何とか私が庇ってあげられたが、数枚となると全てを防げるかどうか分からない。もし1枚でも目隠しさんに当たったら………。最悪の事態を想像して、私は焦った様に目隠しさんを振り返った。


 だが、そんな私の焦りは杞憂に終わった。宙を舞っていたお札は全て、目隠しさんに届く前に真っ二つに切り裂かれ、地面に力無く落ちた。呆気に取られる私と吉光の前に、目隠しさんの無表情な瞳が見下ろす。特に鎌を構える素振りもなかったのに、ただ立っているだけでお札が全てただの紙切れになった。目隠しさんと吉光の力の差は、歴然だった。


「………聖職者とはいえ、まだ見習いか………」

「貴様………、今一体何を………」

「見習い如きが、俺の未練を断ち切る………?舐めた事を…………」


 右手に握られた大きな鎌が、吉光に向けられる。その切先は、太陽の光を反射して輝いており、固まる吉光の焦った表情も映していた。今にも斬り掛かるのではないか、という目隠しさんの雰囲気を前に、タイミングが良いのか悪いのか、学校の予鈴が響き渡った。始業10分前の予鈴。こんなことをしている間に、いよいよ遅刻しそうになっていた。


 私は、一触即発な雰囲気の2人を無視して、ガバリと目隠しさんにしがみ付いた。突然のことに目隠しさんも驚いたように私を受け止め、タジタジになる。


「ど、どうしよう!!もう10分しかない!!今からじゃ走っても間に合わない!!」

「な、ならば遅刻すればいいだろう………」

「駄目!!私リーチかかってるの!!次遅刻したらペナルティなのー!!」


 お願い目隠しさん助けて!!と騒ぎ立てる私に根負けして、目隠しさんは私の膝裏に腕を通した。グルン、と軽々しく私の体は持ち上げられ、そのまま私たち2人はそこから飛び去って行った。一連の流れに呆気に取られていた吉光は、私たちの姿が消えても尚、状況が理解できず、ただただ立ち尽くして呆然としていた。


 その日、吉光は初めて学校を遅刻した。

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