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攫われた幽霊たち

 結局、迦睡斎へ足を運んだものの何の手がかりも得られなかった私たちは、一頻り風鈴祭りを堪能だけして帰ることとなった。1人ずつ、帰路の途中でそれぞれの家の方向へと別れ、最後には私と目隠しさんの2人きりになる。


「風鈴綺麗だったね!この写真アイコンにしようかな」

「……………」

「かき氷も美味しかったしカステラも美味しかったし………。お腹一杯で夕飯食べられないかも」

「…………」

「ねえ、目隠しさんはどれが1番美味しかった?」

「……………」

「………ちょっと、さっきから人の話聞いてるの?」


 家までの道中、他愛ない話を繰り返す私の言葉に目隠しさんは一切の返事をしない。いくら普段から反応が薄い目隠しさんでも、ここまで一貫として無視するのは酷いのではないか、と抗議の声を上げるべく、彼の方を振り向く。すると、目隠しさんは何故か私たちの更に後方に意識を集中させているようだった。警戒するような素振りの目隠しさんに小さく首を捻る。


「どうしたの?」

「………後を付けられている」

「え?」


 言われるがままにそっちの方を見てみるが、誰もいない。試しに少し後ろに戻ってきょろきょろと見回してみるが、やはり姿は確認できなかった。幽霊の類なのか、それとも単に目隠しさんの気のせいなのか。どっちにしても、姿が見えないのであればどうにもできないので、私たちは再び家へ向かって歩き出す。何か仕掛けてくるのなら目隠しさんが応戦するだろうし、一先ずは相手の動向を窺った。


 すると、一匹のカラスが塀の上で突然不気味に鳴き出した。誰かにストーカーされているかも、という恐怖心の中にいたので、その鳴き声にすら大袈裟に肩を震わせる。何をたかがカラスに驚いているんだと自分に呆れながら、その横を通り過ぎようとした瞬間。突然カラスが私に向かって飛んできたのだ。その目は明らかに私に敵意を持っていて、攻撃しようという意思の元で飛び掛かってきていた。


 咄嗟に目を閉じて、腕を顔の前に出す。だが、傍にいた目隠しさんがそれをただ黙って見ている訳がなく、鎌を取り出してそのカラスを斬り捨てようとした。そして目隠しさんがカラスに近付いた時だった。カラスに意識を奪われていた目隠しさんの背後から、今度は僧侶が姿を現す。彼は手に持っていた数珠を目隠しさんに向かって投げつけ、その体を拘束したのだった。


「目隠しさん!!!」

「ぐっ…………!?」

「悪しき怨霊よ。少女に取り憑くとはなんと卑劣な」


 僧侶はただそう淡々と言うと、手を合わせてお経を唱え始めた。人間の私にはただのお経。しかし、霊である目隠しさんには強力な攻撃であった。数珠によって身動きが取れないせいで、耳から入ってくるお経に抵抗できない。やがて目隠しさんの体が徐々に黒い粒子へと崩れ始めた。


「やめて!!目隠しさんは怨霊なんかじゃない!!!」


 私が慌てて僧侶を止めるべく飛びつこうとすると、今度は先程のカラスが私の周りを飛び回り、嘴で突いてくる。やめて、やめて、とどれだけ手で払っても、カラスにはちっとも効いていない。その間にも僧侶のお経と、目隠しさんの苦し気な叫びが続く。そして遂には目隠しさんの姿がボロボロと崩れ去って、その場には目隠しさんを拘束していた数珠だけがポトンと地面に転がったのだ。


「………うそ………。目隠しさん………?」

「あの怨霊はこの数珠の中に閉じ込めました。寺に持ち帰り、お祓いをします。これで貴女ももう大丈夫でしょう」


 そうして、僧侶はその数珠を拾い上げ、法衣の袖にしまい込んだ。僧侶の話が本当ならば、まだ目隠しさんは数珠の中で存在はしているということか。ならば、その数珠を取り返さなければ目隠しさんを連れていかれる。勝手なことを言うだけ言って、颯爽とその場を立ち去ろうとする僧侶を追いかけようとするが、やはりそれをカラスが許さず、何度も襲い掛かってくる。


「ちょっと待ちなさいよ!誰も祓ってなんて頼んでない!!」


 私の呼び止める声も空しく、まとわりつくカラスのせいで碌に追いかけることができず、そのまま僧侶は目隠しさんが宿る数珠を持って闇夜に消えてしまった。対して私は、相変わらずカラスに襲われ続けていて、死ぬことはないにしても、突かれた腕は血が滲み、目隠しさんが祓われるまでの時間を稼がれているような気がした。


(どうしよう………、このままじゃ………!)


 じわじわと腕が痛くなってくる。僧侶が完全に消えても、カラスの攻撃は止むことなく、むしろどんどん激しくなっている気がする。どうしようもなくて、その場に蹲っていると、遠くの方から「わん!」と一声。聞いたことがある声だ。


「………あれ………、パピヨンちゃん………!?」


 顔を上げれば、遠くからこちらの方へと舌を出しながら一直線に走ってくるパピヨンの姿。いつもオヤツを上げていたあのパピヨンの霊だ。なんでここに?という疑問を他所に、パピヨンはどんどん私に近付いてくる。そしてその可愛らしい顔から一気に歯茎をヒクヒクさせて怒りの顔へと変貌すると、カラスに向かって勢いよく噛み付いたのだ。カラスはその痛みに怯むと、そのままパピヨンちゃんに怯えるように飛び去って行った。私はその様子を、ただ茫然と眺めていたのだった。


「………ぱぴよんちゃん………、なんで………」

「ヘッヘッヘッ」


 パピヨンちゃんは、まるで褒めてとでも言うかのようにキラキラとした目をこちらに向けている。とりあえず、助かったことは事実なので、私はその小さなモフモフを抱き上げてよしよしと撫で回した。この子が来てくれてなかったらどうなっていたことか。


「恋白!!」

「恋白ー!!!」


 そして更に聞こえてきた声に、私はパピヨンちゃんを抱いたまま振り向いた。先程別れた筈の吉光と和水がこちらに走ってきたのだ。2人ともどうして、とこちらが問いかける前に、焦ったような表情の和水が肩を掴んでくる。


「人形ちゃんが………っ、人形ちゃんが連れていかれましたの!!」

「俺は急に僧侶に襲われまして………」


 聞くと、和水は目隠しさんと同じように人形ちゃんを攫われ、吉光は僧侶に襲われたが下っ端だったようで何とか返り討ちにしたとのことだった。まさか全員が同じ状況にあったなんて。


「目隠しさんと人形ちゃんを助けなくちゃ!」

「心当たりはあります。恐らく………迦睡斎でしょう」


 先程まで散々堪能した、風鈴祭りのあそこ。そこに攫われた2人がいるはずだと吉光ははっきり言い切った。私も和水も、吉光の言葉を疑うことはなく、お互いに目線を交わす。3人とも考えていることは一緒だ。


「わん!」


 そんな中、再度響き渡った鳴き声に、意気込む私たちの視線は、私の腕の中に落とされた。私に抱っこされたまま、この場に不釣り合いの楽しそうな笑顔を浮かべるパピヨンちゃん。


「その子、どうしますの?」

「相手はお坊さんたちだもん、置いていかないと………」


 ちょっと危ない所に行ってくるからね、と降ろそうとすると、まるでそれを拒むかのように私にしがみ付き、降りようとしてくれなかった。僕もついて行く!と言っているみたいだ。でもパピヨンちゃんを危ない目に遭わせたくないし………と困惑する私たちの前に、もう1つの影。


「連レテッテ………クダサイ…………」

「あ………、飼い主さん!?」


 ずる、ずる、と体を引き摺ってゆっくりと現れたのは、いつもパピヨンちゃんの横にいたあの飼い主の霊。消え入りそうな声で、パピヨンちゃんを共に連れて行くよう促す。というか、飼い主さん喋れたの?


「私モ………、コノ子ニモ………、アナタニ、恩ガ、アリマス…………。キット役ニ立チマスカラ…………」


 キラキラと愛くるしい瞳をするパピヨンちゃんに、私たちは目を見合わせる。結局、飼い主さんの説得もあって、私たちはパピヨンちゃんを連れて行くことにしたのだ。

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