契約
目隠しさんは、幽霊のくせに(?)かなりのお人好しで優しいというのは、この短時間ですっかりバレていた。あの時、殺されかけていた私を軽い気持ちで助けたせいで、彼はかなり面倒なことに巻き込まれようとしている。いや、巻き込もうとしているのは、紛れも無い私なのだけれど。
「私、目隠しさんの階級を上げるために、頑張ってあなたをサポートするから!」
「………何故俺がそんなことを………」
目隠しさんも、流石にこの件に関しては、すぐに首を縦に振ってはくれなかった。しかし、きっぱり断って突き放してくる様子もないのを見ると、やはり彼は優しい。そんな目隠しさんを道連れにするのは心苦しいところもあったが、頼れるのは最早この目の前の幽霊だけであった。目隠しさんにとっても、私に協力することで得られるメリットか何か………。つまり、餌で釣らなければならない。私はそれを必死に考えた。
「じ、じゃあ、駅前の美味しいドーナツ奢るよ!最近すっごい流行ってるの!テレビでも取り上げられてね!」
「……………」
「ど、ドーナツじゃだめ!?じゃあ………焼肉とか!人類みな肉は好きでしょ!」
「………俺たち霊に食欲は備わっていない………」
「うぐ…………」
まあ、それもそうだ。幽霊が普通の食事を食べているところなんて、漫画やアニメでも見たことがない。ならば次の代替案を提示しなければ………!
「じゃあ、うちにおいでよ!」
「…………………」
咄嗟に出たこの言葉に、目隠しさんは初めて少しだけ反応を見せた。後先考えずに出た言葉だったが、もう今更取り消すことなんてできない。家に常に幽霊がいるという状況は、よく考えなくてもかなり怖いことだが、それで私の命が助かるならば贅沢は言ってられないだろう。
「幽霊が見えるの、家族で私だけだし!親にはバレないから大丈夫!」
「………本気で言っているのか………?」
「うん!ね、悪くない話でしょ?ここよりずっといいところだよ!ベッドもフカフカだし!安心安全!」
すると目隠しさんは、少し考え込むように俯いた後、改めて私の方へ向き直り、「………それなら悪くはない」と、承諾してくれた。まさかこんな簡単に協力を得られるなんて、と私はガッツポーズを取る。これで呪いを何とかできる!生きられる!良かったー!と喜ぶ私の前に、ヌッと大きな影が覆う。気付けば目隠しさんが、私の目と鼻の先に立っていたのだ。
「………ならばお前と契約しよう………」
「え?」
「お前の呪いを解く為に戦おう………。その代わり、お前の生命力を食わせて貰う………。それが契約だ………」
こちらが納得するよりも前に、勝手になんか変なオプションを付け足されているような気がする。間抜けな顔のまま固まる私を他所に、目隠しさんは紙切れを1枚取り出した。覗き込んだその紙には、『契約書』という文字。え?そういう感じで契約すんの?と呆然とする。
「助かりたいのなら、同意しろ………」
「同意って…………」
「手を翳すだけでいい」
何が起こるのか未知過ぎて恐ろしいが、最早私にはこの道しか残されていない。よく分からない契約書に、よく分からないままサインするなんて大丈夫なのか心配になったが、私は言われるがまま、浮かぶ契約書に手のひらを押し当てた。すると、契約書の裏面から目隠しさんも同様に手を翳し、その黒い革手袋の手と、私の手が紙1枚を挟んで重なった。
すると紙が、ゆっくりと光り出した。その光はやがて小さな粒となり、私と目隠しさんの体の中に入っていく。何か変なものが体の中に流れ込んでくるような、気持ち悪い感触。遂には契約書は全て光となって消え、私の手を絡め取る目隠しさんの手の感触だけがそこにあった。
その次に感じたのは、異様な寒気。まるで体温が奪い取られたかのように冷たい。そういえば、目隠しさんからも温もりを感じない。冷たい、冷たい感触。手のひらから伝わってくる冷たさに、彼はもう既に、この世に生きていない、幽霊なのだと改めて実感する。
「………お前に取り憑いた………。今後はお前の体を憑代としよう………」
「あの………、先程生命力を食うとか何とか言ってましたけど………、私、あなたに殺されたりしませんよね………?」
「………安心しろ。お前の生活に支障をきたす程食おうとは思っていない………。それに………、生命力は、生きている限り無限に溢れ出るものだ………」
「無くなることはないのね…………。分かった………。こんなつもりではなかったけど………」
「それに………、自覚していないのかもしれないが、お前は普通の人間よりも並外れた生命力を持っている…………」
え、私そんな特徴があったの、と、嬉しいのかどうか微妙なラインの事実を知った。聞くところによると、生命力の強さは生まれた時に決まっていて、努力や経験で変化するものではないらしい。その為個人差があり、私はそれがかなりデカくて強いらしい。思い返してみると、あの異形の幽霊も私に対して似た様なことを言っていた気がする。とにかく、この生命力とやらは目隠しさんたち幽霊にとっては、重要なエネルギー源のようだ。まあ体に何か問題がないのならば、私もケチじゃないし、恵んであげよう。
「でも、契約なんて聞いてないよ!私は我が家においでって言っただけで………」
「大体同じだろう………」
「全然違うよ!理解する前に契約しちゃったし………。ちゃんと説明して欲しかったのに………!」
私の抗議の声が面倒臭くなったのか、遂には目隠しさんからの返答が無くなった。フイ、と顔を背けてしまっている。そんな彼の態度に食い下がろうとする私の耳に入ってきたのは、町全体に響き渡る、大きな鐘の音。私の地元では毎日欠かさず鳴らされる、朝7時を告げる音だった。その瞬間、私の顔はサーっと青ざめる。
「やばい!!!学校!!!」
その辺に転がっていたスクールバッグをひったくり、私は慌てて廃墟を飛び出した。キラキラと降り注ぐ朝日は、ボロボロな私を勇気付けるように光り輝いていた。
「………そういえば、私がトイレとかお風呂入ってる時って、目隠しさんも一緒なの………?」
「………安心しろ。霊に性欲は備わっていない………」
「そういう問題じゃない!!!!」