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交わらない2人

 本来、人間と幽霊は関わるべきではない。それは、私の幼馴染の吉光の言葉である。


 幼い頃から霊が見える私は、吉光のこの考えによって、何度も行動を咎められてきた。幽霊が傍にいることが日常だった私にとっては、彼らのような命亡き存在は、恐怖する対象ではなく、時には手を差し伸べ、助けてあげたい存在であったのだ。だから、私は危険を顧みず、吉光の忠告も無視して何度も幽霊と関わってきた。


 目隠しさんとの出会いだってそうだ。あの日、オカルト研究部の活動として訪れた廃墟。心霊スポットとして騒がれていたあの場所を鎮めるべく、私はあそこに向かった。誰に頼まれた訳でもない。私がただ、幽霊さんたちが静かに暮らすあの場所を守ってあげたいと、勝手に行動しただけだ。


 結果、私は呪いを受け、自分の命に関わる深刻な問題を抱えてしまった。そういった背景があるからこそ、吉光も特例で、目隠しさんや人形ちゃんといった霊たちと共にいることを許してくれているだけ。だから、今も吉光の考えは変わっていない。『人間と幽霊は、関わるべきではない』。


 そしてその考えは、幽霊である目隠しさん自身も、同じであった。


「ほら、オヤツ持ってきたよ~。おいでおいで~」


 私がオヤツの袋を片手に手招きすると、白いモフモフが嬉しそうに目を輝かせて、こちらに駆け寄って来た。愛くるしい小型の犬だ。とても人懐っこいようで、初めて会ってから打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。それからというもの、私は学校帰りにここへ寄って、この子にオヤツをあげるのが日課になっていた。


 学校から家までの道中にある交差点。その少し外れたところが、このワンコがいる場所だ。決して野良犬という訳ではない。ふわふわで、綺麗に手入れされた毛並み。そして、犬種。それらが、この犬が野良犬ではないことを物語っている。では迷子犬なのかというと、そういう訳でもない。なら何故この犬はいつも外のこの場所にいるのか。


「………吉光にバレたらまた怒られるのではないか」

「大丈夫だよ!バレてないし」


 そう、この犬もまた、既に死んでしまった霊なのであった。


 少し前、交通事故があった。学校でも注意喚起があったから知っている。亡くなったのは、愛犬を散歩させていた飼い主と、その愛犬。そして現場はまさにここである。少し視線を逸らすと、傍には飼い主さんらしき黒い塊が、ずるずるとその体を引きずって蠢いていて、彼らが霊となってこの場所に留まっているということはすぐに分かった。つまりこの犬と飼い主は、普通の霊感のない人たちには見えない存在なのだ。


 元々犬が大好きだった私が、この小さなモフモフに心を奪われるのは当然の流れであった。犬種はパピヨンというらしく、大きな蝶のような耳と、綺麗な毛並みが特徴である。小型犬の中でもかなり頭がいいようで、少し芸を教えると簡単に覚えて披露してくれた。


「そんなに犬が好きなのに、犬を飼ったことがないのだな」


 ふと、パピヨンちゃんと戯れる私に、目隠しさんがそう言った。実は私は、動物が大好きなのだが、親の反対により一度も家族として迎え入れたことがない。そういった背景を、少し前に目隠しさんに話したことがあって、目隠しさんはそのことを意外に思っているようだ。別に両親も動物が苦手という訳ではなく、他にはっきりとした理由がある。


「お母さんが、死んじゃった時悲しいからって、反対するんだよね」

「…………」


 人間であろうと、動物であろうと、自分の家族や大切な人を失った時の悲しみは、計り知れないだろう。そして私もその気持ちが分かるからこそ、反対された時、それ以上は何も言わなかった。どんだけ健康で、長生きしても、いつかは必ず別れの時がやってくる。そして普通であれば、その別れを迎えた後は、もう2度と、その存在とは会うことはできない。


「私はまだあんまり、大切な存在が死んじゃうって経験をしたことがないから分からないけどさ………。きっとすごく深い傷を、心に負うんだろうね」

「………そうだな」

「そういう残された人たちの悲しみが癒されるように、こういうお供え物とか、追悼するっていう風習があるんだろうね」


 視線をずらすと、傍にはたくさんの花や食べ物たちがお供えされている。ここの事故のことを知った人たちが、亡くなった2人のことを思って供えた物だ。


「オヤツもあげられたし、そろそろ帰らないとだね」


 一頻りオヤツを堪能したパピヨンちゃんを一撫でした後、私は改めて飼い主さんの方へ向き直り、「いつもパピヨンちゃんを触らせてくれてありがとうございます」とお礼を告げ、その飼い主さん宛てのお供え物を渡した。飲み物とお菓子という、飼い主さんの好みに合っているかどうか分からない、女子高生チョイスのお供え物だ。しかし飼い主さんはいつもそれを黙々と受け取ってくれて、次の日には空になっているので、ちゃんと食べてくれているようだ。


 こうして日課を終え、帰路につく私に、目隠しさんが口を開く。


「恋白」

「ん?」


 名を呼ばれて振り返ると、どこか真剣な面持ちの目隠しさんが私を真っ直ぐ見つめている。


「………俺が言うのも説得力がないかもしれないが、あまり霊に深入りするな」

「え………」


 まるで吉光みたいなことを言う目隠しさんに、「いきなりどうしたの」と笑ってごまかそうとするが、彼の纏う真面目なオーラに押し黙った。私の行動を窘めるというよりは、きつく釘を刺しているような………、そんな感じだ。


「お前の優しさは危うい」

「…………」

「霊とは危険な存在で、本来は生きる者と交わるべき存在ではないことを心に留めておけ。俺もいつもお前を守れるとは限らない………」


 俯く私に言葉を続ける目隠しさん。最近は、吉光に似たようなことを言われる時も、何だか心の奥底がきゅっと絞められるような………そんな苦しさがある。そして今もまた………、いや、吉光に言われる時よりも更に、苦しい。目隠しさんに言われる方が、何だかもっと悲しくて。


「………じゃあ」

「………?」


 ずっと黙って聞いていた私が口を開くと、目隠しさんはそんな私の言葉の続きを待った。まるで今にも泣きだしそうな、辛そうな顔を、目隠しさんは驚いたように見つめている。それでも私は関係なしに、震える声を紡いだ。


「私と目隠しさんも、出会っちゃいけなかったのかな」


 人間と幽霊は交わるべきではない。それは、人間である私と、幽霊である目隠しさんにも当てはまる言葉。目隠しさんに問いかけつつ、私は願っていた。どうか、どうかお願い。否定してほしい。私と目隠しさんは出会うべきではなかったなんて、そんなこと………。


「………そうだな」


 しかし返って来た言葉は、冷たい肯定の言葉だった。頭は真っ白になり、心の中を一気に暗い雨雲が覆い尽くしていく。


 本当は分かっている。私だって馬鹿じゃないし、そこまで子供でもない。近くに吉光という聖職者がいれば尚更。霊の危険さなんて、十分理解している。


 それでももう、そんな言葉や事実じゃ止められない程、私は、目隠しさんのこと………。


 それから、私と目隠しさんの間には、一切の言葉など無かった。目隠しさんは、私とは違って、ちゃんと割り切って私と接している。この契約関係を結んでいる。それを改めて突き付けられたような気がして、とてもいつも通り会話できる状態ではなかった。


 ………私と目隠しさんは、交わるべきではなかったんだ。

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