上書き
帰ってきた我が家は、もう既に深夜を回っていることもあって家族全員就寝していて、静まり返っていた。こっそりと鍵を開けて、中へ入る。みんなを起こさないように細心の注意を払いながら階段を上がり、自分の部屋へ到着した。ドッと込み上げてくる安堵感。フーと息を吐きながら、ふかふかのカーペットの上に座り込む。勿論目隠しさんも一緒で、私の後に続いて部屋に入ってきた。
蜘蛛女の脅威も無くなって、今日は何だか久々に安らかな気持ちで眠れそうな気がする。ここ最近ずっと苛々したり、悲しい気持ちのまま眠ることが多かったからなぁ、と振り返りながら、私は何も考えずに羽織っていた上着をベッドの方へ投げ捨てた。パジャマに着替えよう、と全身鏡に己を映したところで、そういえば毒を吸収しようとしたキョンシーくんに服を破かれていたことを思い出した。無防備に晒された首元は大きくはだけていて、怪我をした肩は勿論、鎖骨から胸元も露出していて、下着が見え隠れしている。
振り返れば、ベッドを背もたれにして座っている目隠しさんが、頭に私が投げた上着を被ったままじっとこちらを見ていて、一気に羞恥心が込み上げてきた。投げた上着を目隠しさんの頭上からひったくり、慌てて体を隠す。最近1人だったから、この辺りの気遣いを忘れていた。しかし、それにしても目隠しさんも目を逸らさずにじっと私の着替えを見ているなんて。今までだったら目隠しさんも慌てて姿を消すなり、目を逸らすなりして気遣ってくれていたように思うのだが、最早スケベなのを隠さない方向に転換したのだろうか。
そうして1人慌てふためく私に歩み寄った目隠しさんは、そっと肩に触れてきた。
「………痛むか」
そこで漸く、目隠しさんは私の着替えを覗こうとしていた訳ではなくて、肩の怪我の具合を見ていたのだと気付いた。変な勘違いをしていたことが恥ずかしくて、慌てて取り繕いながらも、空元気で返事をする。
「う、ううん!!全然大丈夫!!平気平気!!」
嘘。ほんとはすごく痛い。よく考えなくても、鋭く尖った凶器が肩に突き刺さったようなものだ。戦いの後、応急処置はしたのだが、本来なら速攻病院レベルだ。けど病院に行くにも、親に怪我の理由なんて説明できないし………。目隠しさんにも治療を手伝って貰いながら、何とか自力で治すしかない。JKの自然治癒力で何とかしてみようではないか。
そう1人で意気込む私に落とされる、大きな影。気付けば目の前には目隠しさんがいて、私の手を掴む。そして無理矢理その手を剥がされて、ぱさりと体を隠していた上着が床に落ちた。
「…………っ」
目隠しさんはただ、怪我を見たいだけ。そう何度言い聞かせても、彼の前で晒される自分の下着姿が恥ずかしくて、全身が真っ赤になっていく。隠したいのに、掴まれた腕がそれを許してくれない。ただ静かに私を見下ろし、何も言わない目隠しさんにいよいよ限界がきて、泣きそうなか細い声をあげる。
「め、目隠しさん…………っ!」
「…………?」
「は、恥ずかしいから………みないで…………」
そこで目隠しさんも漸く私の格好に気付いたらしく、一気に動揺し始めた。やっぱり他意は無かったようだ。これで解放されるだろう、と腕が離されるのを待っていたが、しかし一向にその時は来ない。相変わらず掴まれたままの腕を辿って目隠しさんをもう一度見つめる。目隠しさんは目のやり場に困っているようだったが、はっきりと私に告げた。
「………俺が手当てをする。………来い………」
パチン、と消される部屋の電気。一応目隠しさんなりの配慮なのだろうか。真っ暗な中で、私が同意する前に彼にお姫様抱っこをされて、優しくベッドに下ろされる。え?え?と混乱する私を他所に、目隠しさんは私のクローゼットを漁り、出会った頃脚を怪我した時に使っていた包帯やら消毒液やらの残りを引っ張り出してきた。
「じ、自分でやるから………っ!」
そう制止しても聞く耳を持たない目隠しさん。応急処置として巻き付けていた布切れを剥がすと、痛々しい肩が現れる。
(せ、せめて下着隠させてよ…………)
部屋が真っ暗とはいえ、目が慣れてこれば関係ないだろうし、そもそも幽霊は明るさなど関係ないのでは………?と考えて、無理矢理思考をストップさせた。変なことを考えるな。目隠しさんはただ怪我の手当をしようとしているだけなんだ。
「………………」
私の肩を見つめる目隠しさんの顔を、こっそりと見つめる。目元が見えなくても分かる、綺麗な顔をした男の人、だ。カーテンから漏れる月の光を浴びるその端麗な顔に思わず見惚れてしまった。しかし、そんな私の肩に、ぬるり、と生温かい感触が這って、痛みと驚きに体を強張らせた。
「ひゃ…………!?な、なにして………っ!」
「………キョンシーがここから毒を吸い出していたな」
生温かい感触、その正体は、目隠しさんの舌が這った感触であった。頭はとっくにパニックで、思わず体を起こして抵抗しようとその厚い胸板を押し返そうとする。しかし私の腕はまたしても呆気なく目隠しさんに捕まって、終いには指を絡め取られてまるで恋人繋ぎのように握りしめながら、ベッドに押さえ付けられてしまった。
「き、キョンシーくんのあれは、私を助けようとして仕方なく…………!」
「あれだけではない………。ここ数日、俺に隠れてアイツと会っていたのだろう」
まさかの全てバレていたことに思考が固まる。なんで、と言いたげな私の顔を見て、目隠しさんが「匂いがした」と一言だけ答えた。どうやら私からキョンシーくんの匂いを感じ取っていたようで、隠れて生命力を分けるというあの行為は、とっくにバレバレだったようだ。
「………匂い、消さないとな」
「…………っ!」
そして再び私の肩に顔を近付けた目隠しさんが、傷口に舌を這わせる。痛みと、くすぐったいような変な感覚に体を捩る。変な声を出さないようにと必死に堪えていると、そんな私を見た目隠しさんが
「…………かわいい」
「!?!?!?」
目隠しさんらしくないストレートな言葉に、毎度のことながら本物の目隠しさんなのかと疑ってしまいそうになるが、紛れも無く目隠しさん本人だ。どうやら吹っ切れたのか何なのか分からないが、目隠しさんは思ったことや私への感情を包み隠さなくなっていた。上気する私を見て、目隠しさんもどこか呼吸が荒い。幽霊には性欲、無かったんじゃないの………!?
そして目隠しさんは、気が済むままに、まるでキョンシーくんとのことを上書きするように私の肩にキスを落とした。その間も私は変になりそうな気持ちを何とか堪えて、ただただ必死に耐える。ある意味何よりも地獄の時間に思えて、果てしなかった。
やがて目隠しさんは満足したのか、傷の手当てをしたあと私を解放した。ようやく自由になった手で布団を手繰り寄せ、相変わらず下着姿のままの体を隠す。こちらに背を向けて座り、頭を抱えているような目隠しさんにそっと触れようとすると、目隠しさんがそれを止める。
「………すまない。頭を冷やしてくる」
「目隠しさん…………?」
「これ以上は………、歯止めが効かなくなりそうだ………」
急に我に返ったのか、そう吐き捨てて姿を消してしまった目隠しさんを、私は呆然と見送った。あんな余裕なさそうな目隠しさん、初めて見た。心臓はまだびっくりしている。握りしめた布団を抱きしめて、私はぽつりと、1人残された部屋で呟いた。
「………歯止め効かなくなっても………良かったのに…………」




