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独占欲

 毒に侵されたキョンシーくんを救ったのは、私の生命力だった。気を失っているキョンシーくんに十分な生命力を注ぎ込むと、消耗していたエネルギーが補給されたキョンシーくんは、自分で毒を浄化し始める。これで後は待っていれば目を覚ますだろう、という目隠しさんの指示である。


 流石にキョンシーくんが目を覚ますまでは、放っておくこともできないので、私と目隠しさんは隣で座りながら、その時を待っていた。………なんだか、ちょっと気まずい。ずっと喧嘩みたいな状態で会話もしていなかったので、どんな風に話したらいいかも分からず、2人の間に余所余所しい空気が漂う。でも、ちゃんと謝らなくちゃ。あの蜘蛛女の策略と知らずにヤキモチを妬いて、追い出してしまったことや、冷たい態度を取ったこと。


「目隠しさん、あの」

「…………すまなかった」


 しかし先に謝罪の言葉を口にしたのは、目隠しさんの方だった。彼は前を見据えたまま、はっきりと、すまなかった、と私に謝ってきたのだ。え、と間抜けな声を出す私に、目隠しさんがゆっくりと振り返る。射貫くように私を見つめていて、その視線は決して逸らされることはなかった。


「………お前を傷付けた」

「目隠しさんが謝ることじゃないよ!私が、勝手に…………」


 傷付けた、というその言葉には、心と体、どちらの意味も含まれているように感じた。蜘蛛女との距離が近い目隠しさんに傷付き、そして戦いでも肩に傷を負った。この傷もまた、完治するにはしばらく時間を要するだろう。でも、それは決して目隠しさんのせいではない。全て悪いのはあの蜘蛛女なのだ。


「目隠しさん」

「…………?」

「あの蜘蛛女のこと…………、私に、見えてたの?」


 ずっと気になっていたこと。勇気を振り絞って、聞いてみる。蜘蛛女は確かに、目隠しさんにはあの女が私に見えている、と言っていた。それを本人に確かめたかった。


「…………恋白じゃなければ、あそこまで嵌まらなかった」

「……………!」


 返ってきた言葉に瞳が揺らぎ、ばくばくと心臓が五月蝿くなる。頬が赤くなって、自分から聞いておいて何を照れているんだと目隠しさんを見上げると、目隠しさんも居心地が悪そうに私から顔を背けていた。そんな反応するなんて、狡い。私に見えてたなんていうのも、狡い。全部、狡い。


「…………えっち」

「…………!?」


 真っ赤な顔のまま、何とか振り絞った言葉は、それだった。つまり、私に迫られているように見えたから、抵抗できなかったって事、だよね?やっぱり目隠しさんって意外とムッツリスケベなのかも。不本意な言葉をかけられて押し黙る目隠しさんを横目で見た後、私は恥ずかしさを誤魔化すように膝を抱えた。すると、目隠しさんが突然私の腕を掴んで、


「………そうかもしれないな」

「へ…………」


 まさかの、同意………?思わぬ反応に今度は私が動揺する。彼は自分で同意して自分でバツが悪そうな様子を見せている。なんか、また変な雰囲気だ。さっきまで気まずかった空気はとっくに消え去って、なんか、なんか……………。


「でも、嬉しいって思っちゃった私はもっとえっちかも……………」


 言った後で、大後悔時代に突入してももう遅い。変な空気に充てられて、私まで変なこと言ってる。目隠しさんの顔、見れない…………。腕を掴まれたまま俯く私の大胆な言葉に、目隠しさんは人知れず、ごくりと生唾を飲み込んだ。骨張った喉に、汗が一筋伝って落ちる。私の腕を掴む力が強くなったので、釣られるように顔を上げると、目の前には目隠しさんの顔があった。どんどん近付いてくる距離。あの時と…………、吸血鬼の城の時と、同じ。やっぱり目隠しさん、キス、しようとしてる………?


「………ん…………」


 吐息を漏らしたのは、決して私ではない。ずっと気絶していたキョンシーくんが、微かに漏らした吐息だった。その瞬間に私たちは、弾かれたように離れて、お互いに背を向けた。あ、危ない。雰囲気に飲まれて、キスしそうだった。ダラダラと流れる汗と、漂う甘い雰囲気を誤魔化すように、私はキョンシーくんに歩み寄る。キョンシーくん大丈夫!?なんて大袈裟に声をかけながら、私は騒ぐ心臓を落ち着かせようと必死だった。


 それが、キョンシーくんが目覚めるまでの時間に起こった出来事であった。


「………そんなに睨まないでくれる?誰が助けてやったと思ってるの」

「………………」

「や、約束してたことだから」


 ムスッとした態度で腕を組み、私とキョンシーくんを睨む目隠しさん。私はというと、目覚めたキョンシーくんに生命力を分け与えていた。毒は既に消えているが、この廃墟に訪れる前、キョンシーくんと交わした『生命力をあげる』という約束をちゃんと覚えていたキョンシーくんから、早くくれとせがまれたのだ。キョンシーくんも命を賭けて戦ってくれたし、私のことを守ってくれたことも事実。それは目隠しさんにも分かっているので、渋々その光景を見守っていた。


「………変なことはするなよ」

「変なことって?」

「………………」


 分かっている癖に、わざと揶揄うようにトボけるキョンシーくん。まるで良いおもちゃを見つけたとでも言うように、キョンシーくんの悪戯は止まらない。私の前に胡座をかいて座るキョンシーくんの頭に手を置いて、生命力を注ぐことに集中している私の太腿を、目隠しさんに見せ付けるように、ゆっくりと撫でたのだ。


「ひぃい!?」

「スベスベだねー」

「貴様っ………!!」


 驚いて石化したように固まる私を腕に抱き寄せながら、咄嗟に鎌を取り出す目隠しさんを、キョンシーくんは楽しそうに笑いながら、冗談だよ、と嗜めていた。全くタチが悪い。そうして私は、一頻り生命力を分け終えたのだった。


「また貰いにくるね、生命力」

「まあ多少なら…………」

「駄目だ」


 すっかりキョンシーくんに心を開いた私は、偶に、少しなら分けてもいいかな、なんて思っていたが、上から目隠しさんにピシャリと拒絶されて苦笑した。この2人、あまり相性は良くないみたいだ。キョンシーくんは、そんな敵意剥き出しの目隠しさんを他所に、私に可愛く微笑む。女の子顔負けの綺麗な笑顔だ。


「まあまた浮気されたらいつでも僕に乗り換えなよ」

「ふふ…………、じゃあその時は考えとくね」


 私が笑いながらその冗談に乗っかると、まさかそう返ってくると思っていなかったのか、私の笑顔に面食らったように驚いて、ぎこちなく視線を逸らした。そんな不思議な反応を見せるキョンシーくんに首を傾げていると、ちゅ、と左の頬に、柔らかい感触。気付けばキョンシーくんが私の頬に口付けを落としていて、悪戯っぽく笑った。


「じゃね」


 呆気に取られる私を他所に、彼は颯爽と姿を消してしまった。今、キョンシーくん、何したの………?ほっぺに……………?あれ…………?


「…………恋白」


 背後から、怒気を含んだ声が私の名を呼ぶ。恐る恐る振り返ると、怒りで鬼のようなオーラを纏った目隠しさんが静かにこちらを見つめていて。


「…………お前は隙が多い………」

「え!?わ、私のせいなの!?」

「………来い。説教だ…………」


 去り際に大きな爆弾を残して消えたキョンシーくんを、私はいつまでも恨んでいた。

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