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美人の本当の素顔

「目隠しさん!!!」


 目的地である廃墟に辿り着いた私は、そこで目隠しさんを霊界に引き摺り込もうとしている美人さんを見つけた。やっぱりここにいたんだ。私は慌ててキョンシーくんの背中から飛び降りると、2人へ駆け寄ろうとして、急に体が動かなくなった。何で、と己を見下ろすと、体に絡み付いている蜘蛛の巣。


「まさか餌の方から来てくれるとはねぇ………」

「ひっ…………」


 そこにはもう、美人さんの姿は無かった。代わりにいたのは、大きな蜘蛛に、女の顔を付けたような化け物。それこそが、この女の本当の姿。蜘蛛女の術を見破った私には、もう彼女が美しく見えることはない。こんな化け物の姿をした霊を美人だと感じていたなんて恐ろしい。


「目隠しさんを返しなさいよ!」

「ふふ………。心配しなくても、すぐ一緒になれるわよ。私の胃袋の中でねぇ………」


 気付けば、私の身体を拘束する蜘蛛の巣を辿って、無数の小さな蜘蛛がこちらに向かって近付いてきていた。小さいとは言っても、あの蜘蛛女に比べればという話で、私の顔程の大きさがある。幽霊というより、蜘蛛が苦手過ぎる私には恐ろしい以外の何者でもない。ひいいい………と弱々しい悲鳴と共に、全身に鳥肌が立つ。


「どっちみちお前のことも食ってやろうと思ってたんだ。手間が省けて助かるねぇ」


 そうして、子蜘蛛がもうすぐ私の体に到着する、と思ったところで、背後から伸びてきた手がそれを容赦無く握り潰した。グシャ!という音と共に、手から変な液体がポタポタと滴り落ちる光景を目の当たりにして、2度目の鳥肌が全身を駆け巡る。私の背後から、キョンシーが子蜘蛛を殺したのだ。


「き………キョンシーくん…………」

「餌なのはお前の方だよ、蜘蛛女」


 間一髪のところで、キョンシーくんが助けてくれたのだった。いや、キョンシーくんの事だから、私を助けたというよりは、目の前の敵を倒す、という考えの元の行動かもしれない。どっちにしても助かって、私はホッと胸を撫で下ろした。蜘蛛に食い殺されるなんて1番嫌な死に方過ぎる。


「………小僧………。お前には私の本当の姿が見えているのか…………」

「悪いけど、僕には大切な人とか存在しないからね。お前のことは最初から汚ない化け物に見えてたよ」

「私の術が効かんということか………。厄介な………」

「大人しくしててね。残さず食べてあげるから」


 妖艶に微笑み、舌なめずりをするキョンシーくん。その表情に、恐怖など微塵も窺えない。むしろ、待ち望んだ食べ物に心を躍らせているような………そんな気すらした。私のすぐ背後にいた筈のキョンシーくんの姿が、バチ!という大きな音と共に消える。同時に、目の前に眩い閃光のような、雷のようなものが走って目が眩む。チカチカとする視界を何とか動かしながら、一瞬で消えてしまったキョンシーくんの姿を探す。


「…………っ、何処だ………!?」

「どこでしょう」


 キョンシーくんを見失ったのは私だけではなく、蜘蛛女も同じようで、焦ったように辺りを見渡す。動揺する蜘蛛女の呟きに、楽しそうに答える声が1つ落とされる。いつの間にか、彼は蜘蛛女のすぐ背後に移動していて、相変わらず綺麗な笑顔を浮かべているのだった。そして華麗な回し蹴りによって、蜘蛛女の首は呆気なく吹き飛び、ゴロゴロと生首が私の元まで転がってくる。


「ひいいぃぃっ!こっちに蹴らないでよ!!」


 目と口を大きく開いたまま首だけになって動かなくなったその頭を、私は恐ろしいものを見るような目で見下ろす。霊に耐性があるとはいえ、流石に生々しくて恐怖心が込み上げてくる。しかし、これで蜘蛛女を倒したのだ。目隠しさんに掛かった術も解け、助けることができるだろう。しかし、そんな安堵とは裏腹に、何故か目隠しさんは一向に意識を取り戻す気配がなく、私の身体を拘束する蜘蛛の糸も解けない。おかしい、そう感じた時には、とっくに蜘蛛女は目を覚まし、生首の状態でギョロリとキョンシーくんを睨んでいた。


「おのれ………っ、よくも私を………!!!殺す、殺す、殺す、殺す!!!」

「い、生きてる!!!」


 驚愕する私を他所に、キョンシーくんはまた物凄いスピードで蜘蛛女の頭に迫る。しかし、蜘蛛女も2度も同じ手は喰らわなかった。今の一瞬で実力の差を思い知った蜘蛛女は、自らの手で戦うことを放棄することに決めたのだった。


「助けて!!目隠しさん!!!」


 突然そう叫んだ蜘蛛女。それとほぼ同時にキョンシーくんが蜘蛛女の頭目掛けて脚を振り下ろす。その攻撃の破壊力は、辺りを粉砕し、地面が抉り取られる程のパワーだ。衝撃で蜘蛛の糸が切れ、私の体もようやく自由になる。土煙が上がる中、今度こそやったか、と期待してそこを見ていると、またしても、蜘蛛女にトドメをさせずにいるキョンシーくんの姿と、


「………目隠しさん…………!?」


 蜘蛛女を庇うように立ち、鎌でキョンシーくんの蹴りを受け止めている目隠しさんの姿があった。敵を庇うなんてどうして、と一瞬考えて、答えはすぐに分かった。まだ蜘蛛女の術中にいるのだ。目隠しさんには、蜘蛛女が誰かに見えている。だから無意識の中で守ろうとしてしまう。


「目隠しさん、目を覚まして!敵はキョンシーくんじゃない!」

「無駄よ。今の目隠しさんは、私しか見えてないの」

「アンタ…………っ、その卑怯な術を解きなさいよ!」


 操った目隠しさんを戦わせるなんて、と私が蜘蛛女を睨む。すると蜘蛛女は、私の言葉に心外だとでも言うように眉を顰める。


「卑怯?私の術に嵌ったのは、この男の心の弱さ。守るものができた者は弱く脆い。ほんとくだらないわ」

「守るもの………?」

「まだ分からないの?目隠しの男には、私がアンタの姿に見えているのよ」


 初めて知る事実に、私は驚いて息を呑む。目隠しさんには、あの蜘蛛女が私の姿で映っている?もしかして、ずっと、私に見えていたの?


 私の部屋で女に引っ付かれている時も、私がお風呂に入っている間に迫られていた時も、学校のお昼休みにいちゃつきながらお弁当を食べていた時も…………ずっと………?


『目隠しさん………、私、目隠しさんと、キス、したい………』

『…………っ!?』

『だめ?』

『………よせ。その姿で言うな』

『目隠しさんは、私としたくない?』

『…………………』

『ほら、目隠しさんも………私としたいんだ』


 そこには、私が知らない目隠しさんの葛藤があったのだ。そして、それはつまり………。


蜘蛛女は、『見ている者が愛おしいと思う者の姿』に化ける。その事が頭の中に浮かび上がって、私はこの状況の中にいながら、顔を真っ赤にして手で頰を押さえた。そっか、そうだったんだ、目隠しさん。そして今も、私を守ろうとして………。


「………ときめくのは勝手だけど、今は目隠しの方の応援はしないでよね」

「わ、分かってる!」


 一旦目隠しさんから距離を取ったキョンシーくんが私の隣に立ち、じっとりと此方を睨んできた。目隠しさんは今、完全に蜘蛛女の下僕になっている。今も尚、こちらを睨むように立ちはだかるその姿を、私は見つめ返していた。何とかして、目隠しさんの目を覚させなければ。

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