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喧嘩

 私が、目隠しさんと美人さんに感じていたのは、怒りと嫉妬心だけではなく、もう1つ、複雑な想いを抱えていた。


「ちょっと恋白!!これは一体どういう事ですの!?」


 騒がしい昼休みに、共にお弁当を囲むメンツの中で、1つ新しい顔。勿論、美人さんだ。彼女は学校にまで着いてきて、相変わらず目隠しさんにべったりと引っ付いている。そして図々しくも、和水が持ってきたお弁当をまるで自分が用意してきたかのように、「あーん」と目隠しさんに食べさせようとしていた。その光景は、普段の和水と目隠しさんのようだ。


 すっかりそのポジションを取られて憤慨する和水。それもそうだ。和水も、目隠しさんに恋心を寄せる人物の1人。この光景に黙っていられる筈がない。しかし私は、ただぼーっと自分のお弁当を口に運び、目隠しさんと美人さんにはノータッチだった。最早、怒りを通り越した状態、とでもいうのだろうか。昨晩、目隠しさんを追い出してから今まで、私はまだ一度も目隠しさんと言葉を交わしていなかった。


「さあ、付き合ってるんじゃない?」

「えぇ!?ちょ、ちょっと!そんなの聞いてませんわよ!」

「ほっときなって。幽霊同士、お似合いじゃん」

「恋白…………」


 私の様子があまりにもだったのか、和水は心配そうに私を見つめた。そう、私の中で燻る、もう一つの感情。それは、目隠しさんと美人さんが幽霊同士である、という点にあった。


 幽霊の世界でも、恋だったり結婚だったり、そういう文化があるのかは分からないが、2人は立場的に見てもお似合いだった。邪魔するものは何もない。人間だから、幽霊だからと気にする必要もないのだ。私はそれが羨ましいのと同時に、やはり人間と幽霊の恋なんて、と再認識させられていた。


『…………本来は、どんな霊であっても、生きている人間が関わるべき存在ではない………』


 数日前の目隠しさんの言葉が蘇る。そうだ、そもそも私と目隠しさんは本来出会うべきではなくて、関わるべきでもなかった。ましてや、好きになるなんて………。


「まあ、人間と幽霊よりかは、何の違和感もないの」

「人形ちゃん………!」


 私の気持ちを知ってか知らずか、気を遣うことなくストレートに言い捨てた人形ちゃんを、和水が慌てて嗜める。和水だって、意中の相手のあんな光景を見てショックな筈なのに。和水は、私の気持ちを案じてくれているようだった。


「恋白は…………いいのですか?」

「いいって………、そもそも私と目隠しさんは、目的の為に一緒にいるだけだし!」

「………そう、ですか……………」


 それ以上何も言えなくなる和水。しかし、ぐっと握り拳を固めると、和水は顔を上げた。そそくさとお弁当箱を片付ける私の横で、闘志を燃やしている。


「私は納得いきませんわ!!邪魔してきます!!」


 そして勇敢にも、イチャつく目隠しさんと美人さんの間に入っていく和水。でもやっぱり私は、そんな姿を見ても、和水と同じようにはなれなかった。ゆっくりと立ち上がり、この場を去ろうとする私の手を、今度は吉光が掴む。


「俺が祓いましょうか、あの女の霊」

「………え?なに、どうしたの?吉光らしくない。別にあの人、何も悪い事してないよ」

「いえ。俺の大事な人を泣かせようとしてます」


 そこで初めて、私は泣きそうになっていることに気付いた。私が自分で勝手に諦めようとしているだけなのに、今すごく悲しいし、辛い。そう自覚すると涙が溢れそうになって、慌てて背中を向ける。泣いてるところなんて、吉光は勿論、目隠しさんにも絶対に気付かれたくない。


「………大丈夫だから」

「それは大丈夫じゃないという意味ですよね」


 1人になろうとする私を、吉光が許さない。吉光にとっては、好きな相手が、幽霊ではあるが仮にも自分以外の男性に対して悲しんでいるというのに、どこまでも優しくて、幼馴染思いの男だ。


「じゃあせめて、傍にいさせてください。2人で教室に戻りましょう」

「……………分かった」


 そうして、相変わらず騒がしい屋上から、私と吉光はこっそりと抜け出した。教室に戻る道中、特に何かを言う訳でもなく、吉光はただ黙って隣にいてくれて。


「………吉光って、ほんといい男だよね」

「へ!?」

「私には勿体無いよ」


 持つべきものは幼馴染だね、と笑う私に、吉光は突然褒められて複雑そうに頬を掻きながら、「下心ありまくりですけど…………」と、誰に拾われる事のない呟きを漏らしていた。













 結局私は、その後も目隠しさんと会話をするどころか、徹底的に避け続けた。目隠しさんが何度か私に声を掛けようとしても、フイ、と顔を背ける。そんな私の態度に痺れを切らして食い下がってこようとするが、そのタイミングでいつも美人さんが現れて邪魔をする………といった具合に、私と目隠しさんは、どんどんとすれ違っていた。


 学校から帰ってきても、部屋には1人。いつも傍にいる目隠しさんの姿はない。当然だ、私が追い出したのだから。


(自分で遠ざけてる癖に、寂しいなんて………)


 分かっている。目隠しさんにはその気は無くて、きっと美人さんに一方的に迫られて起こってしまった事故なんだろうとは、私も容易に想像が付いた。でも、やっぱり、嫌なものは嫌なんだ。好きな人が………、私以外の女の人とあんなこと………するなんて。


「私って心狭いのかなぁ………」


 でも、このままではいられないのも分かっている。私と目隠しさんは、呪いを解くという目的の元、一緒に行動してきた。そしてその見返りとして、生命力を渡すという、一種の契約だ。助かるには、目隠しさんの力を借りるしかない。どこかで折り合いを付けて、仲直りしなきゃ。そう考えていると、ぽた、と手に水滴が落ちる。


(私………また泣いてるの………?)


 自分で自分に驚く。別に、目隠しさんと美人さんが付き合うことになった訳ではないし、そういう点では失恋した訳じゃない。


(私………、もうそれくらい、目隠しさんのこと…………)


 こんなに好きだったんだ。好きかも?なんてずっと濁して、多少は認めていたつもりではいたが、まさかここまで膨れ上がってたなんて。涙は次から次へと静かに溢れ出てきて、止まる気配がない。静寂な部屋の中で、私はここにはいない目隠しさんに想いを馳せる。


「こんなに辛いなら………、出会わなきゃ良かった………」


 思わず出てきた、本音。目隠しさんと出会わなければ。私が呪いを受けなければ。そもそもあの日、廃墟に行かなければ。こんな辛い恋心を抱かずに済んだのに。


「そんなに好きなんだ、アイツのこと」


 突然聞こえてきた声に振り返る。気付かぬうちにキョンシーくんが私のベットで、片膝を立てて座っていた。相変わらず小さく笑みを浮かべながら、涙を流す私を見つめている。


「ただの憑代と幽霊って訳じゃないんだね」

「キョンシーくん………、いつの間に…………」


 呆然とする私に、キョンシーくんはにっこりと続ける。


「じゃあ、契約先変える?目隠しのアイツじゃなくて、僕に」

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