複雑な四角関係?
秘密裏に、キョンシーくんに生命力を分け与えるという行為は、私がお風呂に入る前に行われることになった。その時間が1番自然に1人になれるからだ。キョンシーくんは、「またこれくらいの時間に来るね」と言い残し、忽然と姿を消したのが、昨日。何度か、やっぱり目隠しさんに言おうかなと顔を見つめると、何故か言葉が出てこなくなる。そこでやっと、私はキョンシーくんに、何らかの口止めの術をかけられていることを悟った。アイツ、全然私のこと信用してないじゃん。(実際言おうとしたから正解なんだけど)
(人助けとはいえ………、なんだか罪悪感………)
目隠しさんに隠し事をするなんて、なんだか悪い事をしている気分だ。キョンシーくんの話だと、既に他の霊が取り憑いている人間には手を出さないというのが、暗黙のルールというか、マナーのようだし………。それに、まだキョンシーくんを心から信用している訳ではなかった。昨日話しただけでも、どこか飄々としているような、常に嘘くさい笑顔を浮かべて掴みどころのない感じ………。目隠しさんは出会った時、一瞬で信頼できると思えたけれど、キョンシーくんは………何となく、危険な感じがする。何となくだから、確証はないけれど。
とはいえ、今の所は特に危害を加えられていないのも事実。私を殺そうと思えば、昨日の内にチャンスがあった筈だ。でも殺されていないということは、私の考えすぎ?
そんな感じで、大賑わいだった昨日の下校とは一転し、今日は私と目隠しさんの2人で帰路に着いていた。私の頭の中はキョンシーくんで一杯だ。あまりにも考え事に夢中になり過ぎて、目の前に迫っていた電信柱に激突する。「ぶ!!!」と可愛げのない悲鳴を上げ、赤くなったおでこを摩る。
「………何をボーッとしている」
「め………目隠しさん………。電柱にぶつかりそうなの分かってたでしょ………。言ってよ………」
間抜けな私を揶揄っているのか、目隠しさんはフ、と小さく笑みを溢した。それがまた私の心をキュン、と締め付ける。おでこだけじゃなく頬も赤いのは、きっと電柱にぶつかったからじゃない。もっと、もっと色んな目隠しさんの表情を見てみたい。
「きゃああっ!誰か、誰か助けてっ!!!」
そんな私の恋愛脳を突き破ったのは、突然聞こえてきた女性の悲鳴。声がしたのは、この先にある路地からのようだ。目隠しさんと共にそこへ駆け寄ると、まさかの悲鳴を上げたのは人間ではなく、幽霊の女性だった。
「ゆ、幽霊!?」
幽霊の女性が、幽霊の男性に迫られている。その男は、女性に対して「いいじゃねぇか!少しだけ!お互いもう死んでんだから、減るモンじゃねぇだろ!」とここだけ聞いてもかなり最悪な迫り方をしている。そしていつまでも抵抗を止めない女性に遂には怒り出し、「なら殺して食ってやる!」と本性を曝け出していた。
「目隠しさん、助けてあげて!」
私の言葉に、目隠しさんは大鎌を取り出して、男を切り裂いた。目隠しさんと比べると、男はなんて事ない下級の霊だったようで、そのまま呆気なく消滅し、魂だけになる。しかし目隠しさん、どうやらこの男の魂は食べたくないみたいで、その魂すらも容赦なく切り捨ててしまった。まあ、気持ちは分かる。
「大丈夫ですか!?」
恐怖から解放され、へなへなとその場に座り込んだ女性に駆け寄る。間近で見てみると、女優顔負けの美しい顔立ちをした、私より幾分か歳上の大人の女性で、生前の相当な美人さを、幽霊となっても尚見せつけていた。同じ女の私でも思わず、「美人さん…………」と息を呑む。
美人さんは、徐々に落ち着きを取り戻して、漸く私たちの顔を見上げた。うるうると泣きそうな目をこちらに向け、か細い声で「ありがとうございます………」とお礼を言う。そしてそこで初めて、美人さんは目隠しさんの姿を瞳に捉え、衝撃を受けたように固まった。「困った時はお互い様ですから!」と笑う私の声も聞こえていないようだ。
そうして暫く、目隠しさんを見つめたまま固まっていた美人さんは、遂には勢い良く立ち上がり、私を素通りして目隠しさんの目の前まで近付いた。
「…………?」
さっきから一言も発していない目隠しさんに、何か思うことがあったのか、それとも知り合いとか?なんて、色んな線を考えてみたが、次の瞬間には、美人さんが目隠しさんを凝視していた理由が判明する。
「あの………、一目惚れ、です。結婚してください」
「はぁ!?」
驚きの声を上げたのは私の方で、目隠しさんはといえば、迷惑そうに顔を顰めながら、ただグイグイと距離を詰めてくる美人さんを嗜めるのに大忙しであった。
「で、なんで家まで着いてくるのよ!」
色々あった後、何とか無事自分の家に帰宅した私だったが、私の部屋には何故かもう1人。………先程助けた例の美人さんが着いてきていた。図々しく人の部屋に上がり込んできたかと思えば、ぴったりと目隠しさんの横に引っ付いている。
「アンタは帰ってよ!ここ私の家なんですけど!」
「あら………随分と生意気な小娘ね。別に減るモンじゃないでしょ」
「さっきアンタを襲ってたおっさんと同じこと言ってますけど!?」
やだぁこわーい♡と、隣の目隠しさんに大袈裟に抱き付く美人さん。異様に距離が近い美人さんに対して、目隠しさんもやんわりと距離を置いたり抵抗する素振りを見せるものの、相手が女性であり、且つ何か命を脅かすような危害を加えてくるものでもないので、なかなか手荒な真似はできないようだ。結局押し負けて、されるがままになっているところを見ると、こちらも益々苛立ってくる。
「嫉妬は醜いわよ、お嬢さん。子供は大人の恋愛に口出さないで頂戴」
「なっ……………」
美人さんからしたら、高校生の私はまだまだケツの青いクソガキということか。(そこまでは言われてないけど)どこか余裕綽々で、私が何を言っても相手にしていないというか、同じ土俵で見られていないことをひしひしと感じる。
(なんか………目隠しさんも喜んでない?)
私の部屋で繰り広げられる、美人さんからの一方的なイチャイチャに、目隠しさんも満更でもないように見えてきた。あくまでも、私にはそう見えている、という話だ。いくら女性相手に乱暴なことはできないからと言っても、ちゃんと拒むところは拒んでくれないと。やっぱり美人なお姉さんだから、悪い気はしてないのかな………。元々目隠しさんは自分の気持ちを口にしたり、感情を露わにすることが少ないので、彼の本音が分からない。
私から何を言っても埒が開かないので、結局最終的には2人を放って、勉強をしようと机に向かった。何かに打ち込めば、2人のことなんて気にならなくなってくるかも。そう思って机に向かったのに、やはり背後が気になる。
「どんな女性が好みなんですか?」
「……………離れろ」
「彼女や奥さんがいる訳じゃないですよね?」
「………………」
「ならいいじゃないですか。私にチャンスください」
「…………断る………」
「あーん、釣れないのね。そんな所も素敵………」
駄目だ。全然集中できない。
バン!と怒りに任せて机を叩き、立ち上がる。スタスタと部屋を出て行こうとする私を、目隠しさんが呼び止める。
「どこへ行くつもりだ」
「お風呂!!!」
そして私は不機嫌のまま、どかーん!と壊れそうな勢いで扉を閉めたのだった。




