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キョンシーくん

「ずっと君が1人になるタイミングを見計らってたんだよ。ずっとお憑きの奴が邪魔でさぁ」


 突如現れた初めましての幽霊に、私は暫く魂が抜けたように固まっていた。が、目の前のキョンシーがそんな私を心配して、「おーい」と目の前で手を左右に振ったところで、我に返った。ヤバい、目隠しさんを呼ばなきゃ。そう咄嗟に考えていた。


 私が助けを求めるべく口を開くと、キョンシーくん(仮)はそれをいち早く察知して、私の顔の前で人差し指と中指を立て、何かを念じるような仕草を見せた。すると、何故だか声が出せない。喋ろうと口を動かすのに、音が出ない。


「君、面倒なのが憑いてるみたいだから、呼ばれると困るんだよね」

「……………っ!!!」


 目隠しさんの存在のことも、ちゃんと知っているようだ。呼ばれたら困るということは、やはり敵か。


「それに、いいの?今ここにその人を呼んでも」


 笑顔でつんつん、と私の体を指差すキョンシー。ゆっくりと己の姿を見下ろす。そうだった。私は今入浴中で、つまりは、裸だ。そんな事を言ってる場合ではないのかもしれないが、目隠しさんに全裸を見られたら1週間はショックと恥ずかしさで寝込むかもしれない。………ん………裸…………?ってことは…………。


 つまり目の前の男も、バッチリ私の裸を見ているということになる。今さらそれに気付いた私は、慌てて湯船の中にしゃがみ込んだ。幸い、湯には入浴剤が入っていて白濁色になっているので、こうしていれば隠せる筈だ。真っ赤な顔でキョンシーくんを睨み上げたが、彼は相変わらずニコニコと、可愛らしい笑顔を貼り付けたままだった。


「大丈夫、僕は敵じゃないから。取って食おうなんてしないよ」

「…………………」

「お礼を言いに来たんだよ。君に助けて貰ったからさ」


 何を言ってもじっとりと疑いの目を向ける私の頭に、はてなが浮かぶ。お礼?助ける?そう疑問に思ったところで蘇ったのは、例のハンバーガー屋の時だ。確かに私は今日、1つだけ、得体の知れない何かに生命力を分けている。だとすれば、今目の前にいるコイツは…………。


「思い出した?」

「……………!」


 あのウゴウゴと不気味に蠢いていた、黒い塊、なのか。助けた時とは打って変わり、しっかりと人の形を保っている今の彼は、まるで別人のよう。とても同一人物には思えなかった。


 やっと点と点が線で繋がって、なるほど!と納得する私に、キョンシーくんが奪った私の声を返却してくれた。会話ができない事を不便に感じたのだろう。戻ってきた声を確かめるように、あー、と発生してみる。うん、戻ってる。


「あの………、何であんな所で倒れてたの………?今にも死にそうだったけど………」

「幽霊だから、もう死んでるんだけどね」


 あ、そっか、という私の呟きを無視して、キョンシーくんは事の成り行きを手短に説明してくれた。


「ある霊と戦ってたんだけど、思ったより苦戦してね。力を使い過ぎたんだよ」

「霊と戦ってたって………、悪霊?」

「そんなモンじゃない。あんなの、初めて見たよ」


 沢山の霊や怨念がひしめき合い、1つになった強大な霊。あんなに凶悪で凄い力を持った存在は、長年霊としてこの世を彷徨っているキョンシーくんでも初めて邂逅したらしい。ただ、何故か私は、その凶悪な霊の特徴を聞いていると、記憶の隅に引っ掛かるものを感じた。もしかして、もしかすると………。


「異形の霊と会ったの!?」

「………異形………、君はそう呼んでるの?」


 私に強力な呪いを課した、張本人。目隠しさんが倒したと思い込んでいたが、実はまだ存在していて、どこかに身を潜めているかもしれない、と吉光のお母さんが言っていたアイツだ。その霊とキョンシーくんは、戦っていたというのか。


「私、その異形の奴に呪いを受けてて………」

「ああ、だから同じ匂いがするのか」

「匂い!?臭いってこと!?」

「違う違う。異形と同じ気配を、微かに君から感じるから」


 だとすれば、それはきっとこの呪いが醸し出しているのだろう。じゃあ、もしかして目隠しさんとか人形ちゃんも、私に対して『異形の匂いがする』とか思ってたのかな、と想像すると、少し嫌になった。


「それで、異形は…………?」

「倒せなかったよ。かなりの深手は負わせたつもりだけど、そうしたら尻尾巻いて逃げ出したんだよねー。どこかで休んでるんじゃないかな」

「じゃあ………、また異形の居場所は分からなくなっちゃったんだ………」


 やはりその異形、ただでは死なない。呪いのこともあるし、私たちも再び異形と対峙した時、今度こそ倒せるのだろうか。実は今まで、異形の霊の存在を探ったりしていたのだが、目隠しさんも人形ちゃんもその気配に辿り着くことはできなかった。ようやく手掛かりを掴めるかと期待したが、そう簡単にはいかないようだ。


「戦いの最中に化怪たら、僕もあんなボロボロになっちゃった。何なら今もまだ辛いくらい」

「え、あなた化怪れるの!?」

「まあ、あんまり使いたくないけどね」


 つまりは、キョンシーくんは昨晩、異形の霊と激闘を繰り広げた後、相討ちとなって、お互い退いた。キョンシーくんは化怪の反動でかなりのダメージを負い、あそこで塊のようになって倒れていた、ということか。そこを偶然私が通りかかって、結果として、彼を救ったようである。


「君が助けてくれなかったら、適当な人間を食べるつもりだったけどね」

「そ、そんなの駄目だよ!罪もない人を食べるなんて………」

「霊なら当たり前のことだよ。食物連鎖ってやつ。君もお腹が空いたら、ご飯を食べるでしょ」


 霊として在り続ける為には、致し方ない行為だと言いたいのか。でも、目隠しさんはそんなことはしない。人を襲ったりしないし、取り憑いている私の生命力だって、私の体に影響が出ないようにと最低限の量に抑えてくれていることを知っている。


「目隠しさんは人を襲ったりしない」

「それは恋白の生命力があるからでしょ。恋白に取り憑く前は、きっとソイツも同じように人間を食ってたよ」

「そんなこと……………」

「そんなに人間を襲われたくないならさ、僕にも恵んでよ、生命力」


 突然の提案に、私はまたしてもポカンと言葉を失う。なんでそうなるんだ、と言いかけたところで、その言葉を塞ぐように、キョンシーくんが食い気味に会話を続けていく。


「化怪の反動で、僕はまだ本調子じゃない。力が元に戻るまでの間だけでいいから、生命力を分けてよ」

「な、なんでそんなこと……………」

「そんだけ膨大な生命力があれば、僕に分けたって何の支障もないでしょ。君の生命力なら、2、3日も分けてくれれば復活できそうだよ」

「………2、3日…………?」

「うん。君が2、3日僕に生命力を分ければ、罪のない人たちが僕に食われずに済むよ」


 人助けだと思って!と微笑むキョンシーに、私は渋々同意した。たった2、3日で済むのなら、それで人を救えるのなら、仕方がない。私がやるしかない。幸い、この男から危害を加えられそうな気配を感じないし、パッと与えてお別れしよう。


「………言っておくけど、その目隠しさんとやらには、秘密にしてね」

「え、なんで」

「決まりって訳じゃないけど………、基本的には他の霊が取り憑いてる憑代に唾付けるの、マナー違反だからさ」


 彼氏持ちの女の子に手を出すような感じ、と言われて、ぼん!と顔が赤くなった。彼氏…….…。目隠しさんが…………。いや、モノの例えで言っただけなのに、私何を考えて…………!


 気付けばキョンシーくんは跡形も無く消えていて、すっかり冷めてしまった湯船に取り残された私は、この後ちゃんと逆上せて寝込んだ。


 そうして私は目隠しさんには内緒で、3日間、キョンシーくんに生命力を分けてあげることになったのだ。

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