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敵か味方か

 結果として、私は吉光や目隠しさんが危惧していた状況を、引き起こしてしまうこととなった。きっかけは、その日もまた私が、人助けならぬ、幽霊助けをしていたことからだ。


「ねえ、小腹空いたし、ハンバーガー食べていかない?」


 私がそう声をかけると、前方を歩いていた目隠しさんと吉光、そして和水と人形ちゃんが振り返った。今日は一応、オカルト研究部集合の日。なのでこうして一緒に行動をしているのだが、特に活動することもなく、一頻り部室で語り合った後、みんなで帰路に付いている最中だった。


 吉光は、仕方ないですね、と笑いながら、ハンバーガーショップへと歩みを進める。一方で和水は立ち止ったまま、ハンバーガーショップの看板を不思議そうに見上げていた。もしかして気分じゃなかったかな?と不安になり、彼女に歩み寄った。


「ハンバーガー、あんまり好きじゃなかった?」

「いえ………、実はその………食べたことがなくて」

「え!?」


 驚愕の事実。やはり和水は、私とは住んでいる世界が違うらしい。いくら裕福な家庭とはいえ、今時ハンバーガーを食べたことがないなんて。しかも目の前にあるこのハンバーガーショップは、ハンバーガー界の中でも1番の知名度を誇る定番のお店だ。美味しくて安い、学生の味方でもある。


「お、美味しいのかしら………」


 食べたことのない、得体のしれない食べ物に不安を感じているようだ。だったら尚更、食べてみてほしい。こんなに美味しい庶民の味を知らないなんて勿体なさすぎる!


「物は試しに!さあ行こ!」

「う、うん………」


 私の勢いに圧されて、和水はその重い足を店へと運ぶ。派手な色をした看板と、よく分からない派手なキャラクターがより一層和水の不安を掻き立てていた。まさか和水のファーストフード初体験に立ち会えることに盛り上がる中、和水に続いて最後に店の中に入ろうとした私の視界に、何か不気味なものが映りこんだ。


(あれ…………)


 ハンバーガーショップの隣に、人気のない小さな薄暗い路地裏があって、ゴミ箱やら室外機やらが並んでいる人工物の中で、ひと際目立つ不自然な塊。黒いモヤモヤとした何かが倒れこんでいるように見える。


(幽霊、かな………)


 私はそっとその黒い靄に近付いて、覗き込んでみた。やっぱり、形を保てていないようだが、確かにそこには何かの気配が蹲っている。何か言葉を発しているわけではないのだが、私にはその塊が、「苦しい」「助けて」と救いの手を求めているような気がしてならなかった。


 少しの間悩み考えたが、やっぱり放ってはおけないと、靄に向かって手を翳した。次第に翳した手から、ぼんやりと光の粒子が現れて、靄へ吸い込まれていく。目隠しさんや吉光には、そうホイホイと生命力を知らない霊に分けたりするなと言われているが、少しくらいならバレないよね………?


 そうして少しだけ生命力をおすそ分けすると、私はその場から走り去った。あまりここにいると、なかなか店に入ってこない私を心配した目隠しさんや吉光にバレそうだと思ったからだ。入口で私のことを待っていたみんなに笑いかけながら、もうその時には靄のことなど忘れて、何を食べようかなーなんて、呑気にハンバーガーのメニュー表を見ていたのである。


 蠢く謎の靄が、ぎょろりと、走り去っていく私の背中を凝視していたことに気付かずに。



















「げっ………、増えてる…………」


 脱衣所にて、電子の数字が示すそれに、私はショックを受けていた。お風呂に入る前、全て服を脱いで下着姿になった後、こうして体重計に乗るのが私の日課だ。今日は学校帰りにハンバーガーを食べてしまったので、増えているのは当然かもしれないが。特に痩せるような努力や気遣いをしているわけではないので、減ることはない、むしろ増えることしかないのだが、こうしていつも体重計に乗ってはその数値に絶望している。


 そういえば和水、初めて食べたハンバーガーに感動して、すごいお代わりしてたなあ………、とハンバーガーショップの出来事を思い出しながら、ゆっくりと湯舟に浸かる。この時間は唯一、目隠しさんもいない、1人だけの時間だ。目隠しさんに取り憑かれてから、本当に1人になる時間というのは限られていてかなり貴重である。1人になって考えたい時とか、のんびりしたい時って誰にでもあるよね。


(和水、変にハンバーガーにハマらないといいけど………)


 5個6個と増えていくハンバーガーの包み紙に少し焦って止めたのは私だ。食べてみなよ!と誘った手前、もしこれで和水がハンバーガーばかり食べてぶくぶくと太っていき、見る影も無くなってしまったらどうしよう。なんて、あり得ない想像をしてみる。別に見た目が多少変わったところで和水は和水だし、そこで何かが変わることはないんだけれど、和水がそれで後悔したり悩んだりするのは友達として辛い。まあ、あのストイックで努力家な和水に限って、ただただ太っていくなんてことはあり得なさそうだけど。


 そんなくだらない想像をする私には、すっかり忘れていたことがあった。ハンバーガーショップの横の路地裏で出会った、謎の黒い塊だ。私にとっては大した出来事ではなく、完全に頭から消えていた記憶だったが、それが今、自分の家の風呂場に突如ぼんやりと現れた黒いシルエットによって、呼び起こされていく。


「な、なに………!?」


 目の前の影に警戒していると、そこから手が伸びてくる。人間の手。それが、固まる私の手を掴んで、そのまま壁に押さえつけた。呆気なく身動きが取れなくなってしまった中、私はただ茫然と、白い湯気の向こうに映る人影を確認しようとした。


 現れたその人は、男性にしては小柄で中性的な可愛らしい顔立ちをした、そう歳も変わらなさそうな青年。色素の薄いピンクの髪は、後ろでお下げで結われていて、ぽちゃんと湯舟に浸かっている。大きな暖帽に、チャイナ服………、どれをとっても、現代の日本ではなかなか見られない服装で、その中でも特に特徴的なのが、暖帽から垂れて顔面に掛かっているお札。この見た目、まるで………。


「きょ、きょんしー!?」

「………やっと2人きりになれた、恋白」


 一方的に名前を知られていることよりも、とにかく目の前で起こっている出来事を飲み込めず、ただぽかんと固まるしかない。ばしゃばしゃと、その男が動く度に湯舟が揺れて、私とその人の距離がどんどん近くなる。そしてお互いの吐息が触れ合うほどの距離まで近づくと、男は可愛らしい笑顔を浮かべて言った。


「生命力、頂戴?」

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