九重和水
学校に伝わる、七不思議。ホラー小説やホラー漫画ではありきたりな噂話だが、そんな嘘か本当かも分からない恐ろしい七不思議が、私たちの学校にもある。トイレの花子さん、動く二宮金次郎、階段の踊り場の鏡、放送室の幽霊、理科室の人体模型………。どれも、皆んな一度は聞いたことがある、有名な怪異なのではないだろうか。
その中で1つ、音楽室にあるピアノが、夜中に独りでに演奏しだすという、七不思議があった。実際に誰かがそれを聞いたのか、それとも面白半分で作られた噂話なのか。私も正直話半分で、信じていなかった怪異であったが、まさかそれが本当に霊の仕業で、人間に牙を向くなんて………、誰も思っていなかったのである。
これは、今よりも前………。今日のお昼休みの出来事だ。お弁当を食べ終わって、残りの休み時間をダラダラと過ごす昼下がり。その日の私たちは屋上ではなく、人気の少ない校舎裏にて、いつものメンバーが揃っていた。チュー、と気怠げに紙パックのジュースを並んで啜る、私と和水。その視線の先には、ふん!ふん!とひたすら腕立て伏せをしている吉光の姿があった。
「ねぇ…………その修行って、本当に対幽霊に効果あるの………?」
「勿論です!文献によると、霊は筋トレが趣味だったり、肉体改造をしている人を避ける傾向にあるそうでして!それは、筋トレによって強靭な肉体と精神力が育まれるからで、つまり、筋トレはパワー!!!」
「…………貴方の場合、霊を祓わなきゃならないのですから、霊に避けられるよりは集まって貰う方が良いのではありませんか?」
「え?」
和水の尤もな指摘に、吉光の筋トレの腕が止まる。顎に手を当てて考え込んでしまった吉光に、やれやれと溜息をつく。天然なのか、バカなのか………。まあ、霊と戦うとなれば、その筋肉も無駄ではないとは思うので、全てを否定する訳ではないのだが、もっと先に修行すべき部分がありそうな気もする。
「貴重なご意見、ありがとうございます。トレーニングメニューを見直してみます」
「ええ、何かあればいつでも相談に乗りますわよ。良ければ弓道部のトレーニングメニューを教えて差し上げますわ」
「参考程度に聞いてもいいですか」
何故か急に張り切り出した和水も、吉光の方へと駆け寄って行き、あれやこれやとアドバイスしている。実際に弓を引く姿を披露したりしていて、その所作はとても美しかった。同じ女である私でも見惚れてしまう。でもこれ、本当に神主修行に役立つのだろうか。
「こ、九重さん!」
そんな私たちの間に響き渡った声に、呼ばれた和水だけでなく、私も吉光も、そして私たちにしか見えていないだろうが、この場にいる目隠しさんと人形ちゃんも視線を移した。そこに立っていたのは、何故か異様に顔を赤くして汗を浮かべている男子で、恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いている。
「あら、名無しの権兵衛さん。いかがなさいました?」
「あ、あの………、九重さんに話があって………!」
私には何となく分かる。この雰囲気、多分告白だ。和水が名無しさんと呼ぶ彼は、そう言えば同学年でいたような気がするなーと思いつつ、私は事の成り行きをぼーっと眺める。
「吉光、すみません。修行の続きはまた今度で。私ちょっと抜けてきますわ」
「いってらっしゃーい」
私と吉光がフリフリと手を振る中、男子と去って行こうとする和水の背中を追い掛けようと、人形ちゃんが立ち上がる。まあ、あの男子には見えていないだろうし、止める事もないか、と、そのまま和水と人形ちゃんの背中を見送った。
「相変わらずモテますね、九重さん」
「ね。学年1の美人で、全てにおいて完璧だって言われてるしね………」
九重和水。実は彼女はこの学校ではかなり有名な人物であり、こうして深く関わるようになる前から、私も一方的に存在を知っていた。白い肌に、パッチリとした瞳、綺麗で艶のある可愛らしい赤茶のボブ、スラッとした抜群のスタイル………。廊下ですれ違うだけでも、つい目を惹く程の容姿で、男子だけでなく女子も憧れるような存在だ。しかも彼女はそれだけではない。成績優秀で、テストの結果はいつも学年3位以内をキープ。誰にでも分け隔てなく接する優しさも持っていて、学級委員を努めている、漫画のキャラクターみたいな存在なのだ。オマケに父親は大きな会社の経営者で社長令嬢、◯億と噂される大豪邸に住んでいるという、要素てんこ盛りの存在。どれか1つくらい分けて欲しいとすら思う。
「掛け持ちしている弓道部、茶道部、華道部では、いずれも結果を残しているエース。しかも家ではピアノとバレエも習ってるとか言ってました」
「………和水だけ1日48時間くらいないと有り得ないよ、それ」
最早化け物じゃん、と引くレベルだ。私がそんな生活を送ったら、1日で倒れて疲労で体が爆発するだろう。それを聞くと、彼女も羨ましらがられる存在ではあるが、きっとかなりの努力を積み重ねているのだろうと、素直に尊敬する。親からの期待もあるだろうし………、彼女にも彼女なりの苦労や悩みがあるんだろうな………。
「吉光と目隠しさんも、やっぱ和水のこと可愛いなーって思う?」
「え?」
「………………」
突然話を振られた野郎2人が、少し考え込むように腕を組んだ。頭の中で、和水の姿を思い出しているのだろう。別に何か変な意味がある訳ではなく、何となくで聞いた質問だ。
「まあ………そう、ですね。女性の外見を評価するのはあまり好きではありませんが………、とても美しい方だな、と思います」
「…………まあ…………」
「ふーん」
私から聞いた質問だが、前述の通り、何か特別な意味があって聞いたものではないので、返ってきた回答にも大した興味が湧かず。チューと、紙パックジュースの続きを何気無しに啜っていたのだが、何だかその姿が男2人には不機嫌に映ったらしく、勝手に慌てて弁明をしてきた。
「………他意はない」
「勿論!恋白も美しいですよ!俺にとっては世界で1番可愛らしい女性ですから!!」
「別に何も言ってないけど………、何かそうフォローされると逆に虚しくなるよ………」
でも、そっか、ふーん………。そう意味深に心の中で咀嚼しながら、目隠しさんをチラリと盗み見た。彼は今日も変わらず、顔色ひとつ変えずに涼しい顔をしている。でもそんな目隠しさんでも一応、女性に対して可愛いとか美人とか思ったりするんだ………と少し意外な彼の男性の部分を垣間見る。
(………私も、もうちょっと女子力鍛えようかな………)
一応私も女子なので、毎朝気合を入れてまつ毛を上げたり、学校にバレない程度に爪を整えたり、新作のリップを塗ってみたりしてるんだけど………。まだまだ改善の余地あり!と何だか妙にやる気が出てきて、今日は帰りに薬局にでも寄って、トリートメントとか、メイク用品とかを見てみようかな、などと考えたりした。
………別に、目隠しさんに可愛いって思って貰いたいとか、そういう訳ではない……………、ことも、ない。




