融合体
目隠しさんの前に君臨するその悪霊は、先程までの美しい顔立ちをした吸血鬼ではなく………、無数の女性の死体や、恐らく今まで食ってきたのであろう霊、化け物たちが融合した、見るに悍ましい球体だった。その恐ろしい姿は、人によっては見ているだけで吐き気を催す人もいるかもしれない。それ程までの姿に変貌して、私は文字通り絶句していた。
その元吸血鬼だった融合体は、言葉では表せない奇声を発した。響き渡る絶叫は、鼓膜をも突き破りそうな声量で、思わず耳を塞ぐ。内臓にまで響いて震える。と、そこで私は、自分の体を自分の意思で動かせるようになっていることに気付く。吸血鬼が変化した事で、催眠術が解けているようだ。私は慌てて目隠しさんの方へと駆け寄った。
「目隠しさん!」
「………恋白………、正気に戻ったのか………」
「うん………!ごめんね、また迷惑かけて………」
「怪我は無いか………」
私の身を案じてくれる目隠しさん。目隠しさんの方がよっぽど大怪我だ。吸血鬼によって傷付けられた腹部は、痛々しく血で滲んでいて、今も出血が止まっていない。私が泣きそうになりながら目隠しさんに縋り付く。
「目隠しさん、血が………!」
「………大したことは………」
強がる目隠しさんを無視して、私は目隠しさんの手を取り、そっと両手で包み込んだ。さっき、催眠術に掛けられていた時の私が、吸血鬼にしていた事だ。私の生命力を分ければ、目隠しさんも少しは復活するかもしれない。驚いたように固まっていた目隠しさんだったが、彼も私の行動の意図に気付いたのか、そっと私の手を握り返してくれた。2人を優しい光が包み込み、そして目隠しさんの体に吸収されていく。
やがて、その光が収まると、私たちはそっと手を離して見つめ合った。
「どう………?少しは復活した………?」
「………あぁ………。恋白は何ともないか」
「うん、私は全然平気」
「………やはり、桁外れの生命力だな………。普通の人間なら、この短時間でこれだけの生命力を分ければ寝込む程だが………」
「そうなの?」
幸い、私の体は何の変化もなくピンピンしている。全く異変はない。どうやら目隠しさんの怪我も、私の強力なエネルギーを吸い込んで、かなり塞がったようだ。あの融合体と戦う準備が整ったようである。
「それにしても…………」
私は、改めて融合体を見上げる。取り込まれた人たちの中には、私と同じ人間の女性たちの姿が見える。真っ白な顔で既に息絶えているその女性の、開かれたままの眼球が反射して私たちの姿を映しているのを見ると、あまりの生々しさに怖くなった。
「………過去に恋白と同じようにここへ連れ去られた人間たちだろう………」
「みんな、吸血鬼に騙されて殺されちゃったってこと………?」
「………この部屋に来る道中、全ての部屋の扉に、人間の名前が書かれたプレートが貼られていた」
私の中で、記憶が蘇る。この屋敷を探索していた時に見つけた、あのドアプレートだ。日本語では無かったので読めなかったが、あれは今まで吸血鬼が捕らえてきた女性たちの名前が刻まれていたらしい。私が眠っていたあの部屋のドアプレートには、きっと私の名前も………。
「酷い………。女性の心を騙して利用して、殺すなんて…………」
「今までそうやって血と生命力を調達していたのだろう………。そして力尽きた女たちを、趣味の悪い機械で保管していた…………」
どこまでも命を、女性を冒涜する吸血鬼の行為に、強い嫌悪感を抱く。そして私も、目隠しさんが助けに来てくれなければ、催眠術にかけられたまま、吸血鬼のコレクションになっていたのだろう。
「恋白ゥゥゥ!!!」
突然、融合体が私の名を叫んだ。その声には怒気が含まれていて、大きな体を引き摺って、私を見下ろしている。
「何故ソノ男ニ、生命力ヲ分ケ与エタ!!」
「何故ってそんなの………目隠しさんを助けたいからに決まってるじゃない!」
「我ノ妻ガ………何トイウ裏切リ!堂々ト浮気カ、恋白!!!」
「誰がアンタなんかの妻よ!私はっ…………」
と、そこで慌てて口を噤んだ。危ない、なんか勢い余って変なこと言いそうになっちゃった。隣には目隠しさんがいるのに。吸血鬼と話したことで自覚したこの気持ちは、まだ目隠しさんにも、他の誰かにも伝えるつもりはないのだ。
「私ニハアレダケ、ソノ男ノ愚痴ヲ、言ッテイタデハナイカ!」
「ちょっ、余分なこと………!」
「………そうなのか」
眉を顰めた目隠しさんの視線が横から突き刺さってきて、私はぎこちなく目を逸らした。あの吸血鬼め、口硬そうとか思って話したのが間違いだったようだ。まさか本人に告げ口するとは。
「恋白!オ前モ我ト1ツニナレ!ソノ生命力ヲ我ニ捧ゲロ!」
そう言うや否や、融合体は私をも取り込もうと、こちらに向かって猛スピードでゴロゴロと転がってきた。近付いてくるグロテスクなソイツに、ひっと小さく悲鳴を上げて固まっていたが、いつものように目隠しさんが私を抱えて飛び上がった。
「………恋白。後でじっくり聞かせてもらおう」
「そ、そんな、話すことなんてなにも」
「元々お前には言いたいこともあったしな………」
その言いたいことが何なのか、私には何となく分かる。きっと、和水の件で余所余所しく接していたことについてだろう。この戦いが終わったら、今度は私と目隠しさんの戦いが始まることが決定し、それにも恐怖した。
融合体は、目隠しさんが私を抱えて避けたことで、壁に激しく激突していた。壁には亀裂が入り、そのまま脆くもガラガラと崩れ落ちていく。その圧倒的な破壊力に唾を飲み込む。あんなのに轢かれたら、体なんて微塵も残らず死ぬだろう。そして、その壁の崩壊を皮切りに、次々と部屋全体にヒビが入り、崩壊が始まった。降ってくる瓦礫の山を、目隠しさんが鎌で斬り落としてくれたおかげで、何とか無傷でやり過ごすことができた。
「恋白ゥウウゥゥ!!!!!」
また融合体が、しつこく私の名を呼ぶ。すごい執着だ。そしてそれと連動するように、体の一部となっている女性たちの無数の屍が、大きな口を開いた。何だとその光景を見ていると、一斉に甲高い悲鳴のような、叫びのような奇声を上げ始める。その奇声は、頭が割れるかのような痛みを誘発し、耳も塞がずにはいられない程の激痛を覚えた。咄嗟に耳を押さえて座り込む。激しい頭痛を必死に我慢していると、自分の膝にポタリと赤い血が垂れた。
「あれ…………は、鼻血………?」
自慢ではないが、生まれてから一度も出したことのない鼻血が、ポタポタと垂れていた。呆然と自分の手の平を見てみると、耳を押さえていたそこにも血が付着している。あの奇声によって、体の内部がダメージを受けているのだ。気付けば目隠しさんも、隣で膝を付いていて、ボタボタと垂れる鼻血を押さえていた。まずい、何とかしないと、と床を這いつくばりながら、目隠しさんの傍に寄る。あの融合体に勝てるとしたら、目隠しさんしかいない。だったらまた私が目隠しさんに生命力を分けてあげられれば…………!
そして後少しで目隠しさんに手が届く、その距離まで近付いた時。床に垂れた目隠しさんの血が、ユラユラと怪しく揺らめく。そうだ、あの吸血鬼。血があればそれを伝って移動ができるんだ。その事に気付いた時には既に遅く。その血溜まりから、巨大な融合体の一部分がこちらを不気味に覗いていたのだ。
「捕マエタ………恋白…………!!」




