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目隠しさんを助けなければ

 幽霊とは、これまた不思議な存在だなあと、改めて私は実感していた。ゆさゆさと心地良い揺れの中、こっそりと頭上の顔を覗き見る。こちらの視線に気付かぬまま、私を出口まで運ばんとする目隠しさんの顔は、真っ直ぐに前だけを捉えていた。


「私、東雲恋白しののめこはくって名前なの。よろしくね!」


 先程、出口までの道中ずっと無言なのもなぁと、私なりに気を遣って自己紹介をしてみたものの、目隠しさんは全くの無反応で、ただひたすらに歩を進めていた。その歩みは、まるで『早くこの面倒事を片付けたい』と言っているかのようだった。気まずい空気は変わらず、再び耐えかねた私が「あなたの名前は?」と問いかけると、


「………忘れた。生きていたのは、もう何十年も前だ」


 と、これまた素っ気ない返事が返ってきたのだった。


 自分の名前を忘れるなんて、とても悲しいじゃないかと、俯き悲観的になる私に対し、目隠しさんは付け足すように言う。


「………今の俺には必要の無いものだ。特に不便はない」


 結局、彼の本当の名前を知れなかったので、暫定で呼んでいた目隠しさん、というあだ名をそのまま採用することとした。そう呼んでもいいかと問いかけたが、相変わらず返事無く、否定された訳でもないので、そう呼ぼうと勝手に決めた。


 そうして、目隠しさんに抱えられて移動すること、10分くらいだろうか。ようやく出口が見えてきて、私の表情も明るくなった。出口の方から漏れる月明かりにこれだけホッとしたのは初めてだ。何とか生きて出られる………!出た後は、ここで出会った殺人犯のことを警察に通報したりとか、やらなければならないことはまだ残っているが、今はまだ、生きてここから出られることを喜ぼう。何たって私は殺されかけたのだから。


「出られる………!」


 漫画やゲームだったら、完全にフラグを立てている私の台詞。そしてその通りに、私たちは出口を目前にして、またもトラブルに巻き込まれることとなる。


 突然大きな轟音と共に、廃墟全体が軋み、揺れ出した。最初は地震かと思ったが、近づいて来る大きな気配を感じて、これはその気配が引き起こしているものだと悟った。咄嗟に、目隠しさんの首に回した腕に力を込めてしがみ付く。何かが起ころうとしている。


 やがて、しばらくそうしている内に揺れは収まった。だがその静寂は、平和の訪れを表すものではない。


「人間ノ小娘ヲ連レテイルナ…………」


 初めて聞く声は、言葉では説明できない声音をしていて、体の奥の内臓まで震えるような低い音だった。恐る恐る顔を挙げると、私たちの前にいたのは、これまた言葉では説明できない、大きな黒い靄から、ギョロリとした目と全てを飲み込んでしまいそうな大きな口を覗かせた、異形の者がそこにいた。


「オ前ガ連レテ来タノカ」

「………違う」

「ナラ何故共ニイル?」

「わ、私が頼んだんです………!」


 何だか目隠しさんが責められているような気がして、すかさず私が口を挟む。目隠しさんは何も悪いことはしていなくて、巻き込んだのは私なのだから。すると異形の者は、その目玉をギョロリと私に向けた。興味深く上から下まで、品定めをするように眺めた後、ダラダラと唾液を滴らせた口を更に大きく開き、無数の尖った牙を見せ付けた。


「コノ小娘………、普通ノ人間ヨリモ強イ生命力ヲ感ジル………。コノ小娘ヲ食ラエバ、2ツハ階級ガ上リソウダ………!」

「く、食う………!?」

「………食うな。去れ」


 食う、という物騒な単語に身の危険を感じ、思わず目隠しさんの服を掴む。目隠しさんは、あくまでも淡々と、私を食べるなと突っぱねた。しかし、どう考えても、それであっさりと引くようなタイプの幽霊ではなかった。


「フン………。妙ニソノ小娘ヲ庇ウデナイカ………。ヤハリ………ソノ小娘ト何カ特別ナ関係ナノカ…………。許サン…………許サン………!!!」

「……………どうやら言葉が通じるタイプでは無さそうだ」

「えっ………、ど、どうするの………?」


 巻き込んでおいて目隠しさん任せなのも申し訳ないが、彼に任せる他方法は無い。何だか一触即発な雰囲気に、不安げにそう問いかけると、問いに答えないまま壁際に体を降ろされた。え?と間抜けな声を上げている間に、目隠しさんは右手を掲げて何処からか大きな鎌を取り出す。先程殺人犯を仕留めた得物だ。


「ま、待って!戦うの!?」

「……………」


 この場で状況が飲み込めていないのは、どうやら私だけのようで。目隠しさんは大した言葉を発しないままに、異形の元へ走り出した。幽霊同士って戦うの!?っていうか、私はここにいて大丈夫なの!?目隠しさんは勝てるの!?色んな疑問は次から次へと浮かんでくるが、始まってしまった戦いの中では納得できる返事が貰える筈はなく………。


 目隠しさんの何倍もある、実体すら不明な大きな異形に向かって、目隠しさんは大きな鎌を振り下ろした。その手に躊躇いなどない。同じ幽霊だろうと、情けをかければ自分が食われる。そういう世界なのだろう。


「や、やった………!?」


 しかし事はそう簡単ではなかった。切ったと思っていた目隠しさんの鎌は、黒い靄を切っただけで、手応えは感じない。振り下ろした一瞬だけ、靄が晴れたように広がったが、再び何事もなかったかのように集合して、変わらぬ異形の姿が現れる。


「我ニ鎌ナド効カヌ!!!」


 ケタケタと笑う異形の靄が、先を尖らせて目の止まらぬ速さで目隠しさんを突き刺そうとする。しかし目隠しさんもそう簡単にやられる訳はなく、軽い身のこなしでそれを交わす。目隠しさんがいた所には大きな穴が空き、その衝撃で白い煙を上げていた。コンクリートに簡単に穴を開けてしまうパワーに私は絶句する。幽霊って、こんなに凄い力を持っているのか。


 そうして目隠しさんが切っては、異形が反撃するという展開がしばらく続いた。目隠しさんの鎌は確かに異形の体を切り払っているものの、やはり実体がなく何度も再生する。無駄な行為にも思えた。逆に目隠しさんの方は、異形からの猛攻にどんどんと押されつつあった。このままでは押し負けてしまうかもしれない。私を助けてくれた目隠しさんがピンチな状況に、私も落ち着いて見てはいられなかった。


(目隠しさんを助けなきゃ………!)


 何かないか何かないか、と自分のバッグの中身を漁る。汚れることも厭わずに、お気に入りのペンケースも、買ったばかりの化粧ポーチも、全てそこら辺に放り投げて、文字通り鞄を逆さにひっくり返した。転がり出てくる物の中で、1つ、私の目を引く物が視界に映る。


(これ………!アイツに貰ったお札………!!)


 引っ張り出した紙切れは、縦長の長方形に読めない文字が書かれた、よくあるお札だった。今日ここへ来る前に、心霊スポットへ行くことを知った幼馴染に貰った物だった。もしかしてこれなら………と希望を抱く。


「目隠しさーん!!!!!」

「……………?」


 私はそのお札を握りしめて右手を高らかに挙げて、目隠しさんを呼んだ。目隠しさんがこちらを確認する。私はありったけの声を張って、彼に作戦を伝えた。………そこで異形が聞いていることも考えずに。


「このお札………!効き目あるか分かんないけど………、これをソイツに貼れば鎌の攻撃が…………ッ!?!?」


 最後まで言うことは叶わず、私の体は急な衝撃に襲われた。視界がぐわんと大きく揺れて、突然の状況に頭の理解が追い付かない。貧血だったこともあってしばらくクラクラとした目眩を覚えていたが、漸く意識がはっきりしてくると、自分の体が宙に浮いていることに気付いた。腹部の辺りには黒いモヤモヤが巻き付いていて、キリキリと力が込められていく。息苦しさを感じながら顔を上げると、眼前には異形のギョロっとした目がこちらを射抜いていた。


「小娘…………」

「ひっ………!!」

「余計ナ真似ヲスルナラ、貴様カラ食ッテヤル…………!!!!」


 私がジタバタと暴れたって、この異形からしたら赤子同然の弱々しさだ。私を掴んだまま大きく口を開き、そのまま逆さにして放り込もうとしてくる。視界の端で、慌ててこちらに走ってくる目隠しさんが見えて、また彼に迷惑をかけてしまっていることが申し訳なかった。


「いやあぁぁぁああぁっ!!!!」


 こうなればもうヤケクソだ。泣き叫びながら、私は目の前にあった異形の目玉に、お札を叩き付けた。その瞬間、お札が光り輝き異形が苦しみ出す。異形がもがく度に、掴まれている私は大きく振り回されて、ウッと嘔吐感を感じた。


 そして次の瞬間。駆け付けた目隠しさんが、お札が貼られた部分を鎌で薙ぎ払い、異形はお札の光りと共に真っ二つに引き裂かれた。あれだけ鎌の攻撃が効かなかった異形が、お札の力によって倒されたのだ。そして私を掴んでいた黒い靄は消え去り、そのまま体は宙へと勢い良く投げ出された。吐き気を両手で押さえ込んでいる内に、私のことを目隠しさんがキャッチしてくれて、何とか異形を撃退することが叶ったのである。


「………ごめんね、目隠しさん………。また私迷惑かけて…………」


 再び彼に抱え上げられながら、私は小さく謝罪を口にした。目隠しさんを助けようとしたのに、結局助けられてしまって申し訳ない。下手すれば、あのまま食べられて死んでしまう所だった。


 目隠しさんは相変わらず口数少なかったが、静かに首を左右に振った。気にするな、という意味だと解釈して、私はホッとしたように笑った。


 気付けば外は明るくなりかけていて、朝を迎えようとしている。終わった………、これで本当に帰れるんだ………と安堵する私の体に、じわり、と違和感を覚える。


 何だろう、これ。ぐわんぐわんと、頭を振り回されているような頭痛。視界はぐるぐる回り、体の熱はどんどん上がっていく。今までの疲れが出て、体調を崩したか、それとも脚の怪我が悪化して何かが起こっているのか、と、微かな意識の中で考えてみるものの、とても体験したことのない具合の変化に、何が何だか訳がわからなくなってくる。


「お前…………!」


 クールな目隠しさんが、そんな私を珍しく驚いたように見下ろしている。でも駄目だ、返事をする体力すらない。


「お前………、呪いを受けたのか………!」


 のろい…………?


 そこで私の意識は、プツンと途切れた。

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