今カレvs元カレ?
目の前に姿を現した男を見て、吸血鬼は「ほぅ」と感嘆の声を漏らした。思っていたよりなかなか上級な霊が忍び込んできたものだと。綺麗な長い銀髪に、黒いコートを身に纏ったスタイルのいい奴だ。今まで幾度となく、醜い姿をした霊を喰ってきたが、この男は小綺麗だ。嫌いではない。そう吸血鬼は考えていた。吸血鬼は、見た目やお洒落に気を遣う、紳士的な霊なのである。
「………貴方が目隠しさんとやらですか?」
「…………恋白を攫ったのはお前だな」
お互い第一声で言いたいことを言い合い、質問には答えなかった。だが、お互いに確信している。この男こそが、恋白が目隠しさんと呼んでいた男であり、この男こそが、恋白を連れ去った張本人であると。
「恋白を連れ去ったのが私ならば、どうするというのですか?」
「………殺して連れ戻す」
「ほう?この私を殺す?」
「………お前と仲良く話をするつもりはない。恋白はどこだ………」
まるで焦らすように話しかけてくる吸血鬼を、目隠しの男は冷たく突っぱねた。辺りを見渡しても、恋白の姿が見えない。だが、彼女の生命力を強く感じる。確実に、近くにいる筈だ。そして生命力を感じるという事は、恋白がまだ無事に生きているということであり、その事に目隠しの男は少しホッとしていた。
「まあそう焦らないで下さい。恋白には会わせてあげますから。ただもう少し、私の話に付き合ってくれませんか。私は話をするのが好きでして」
「………言った筈だ。お前と仲良く話す気はない………」
「この部屋…………、私のコレクション部屋なんです。見てください、私の自慢のコレクション」
吸血鬼がパチンと指を鳴らすと、この大広間のランプが妖しく灯り、吸血鬼の言う『コレクション』をぼんやりと映し出した。その光景には、目隠しの男も息を呑む。現れたのは、大きな機械のようなものの中で、ホルマリン漬けにされる無数の女たち。裸で赤子のように体を丸めて眠る女たちは、全員間違いなく人間で、そして既に死んでいるようだった。
「全員私が愛した可愛らしい女性たちです。死んだ後もこうして美しい状態を保ち、私の傍に置き続けているのですよ」
「………悪趣味だな」
「………失礼ですね。見てください、みんな安らかな顔をしているでしょう」
うっとりとした表情で、1つの女性の傍まで歩み寄る吸血鬼は、機械のガラスに頬擦りをしている。ここの女性たちはみな、自ら吸血鬼の傍にいることを望み、このように永遠に美しく保管されていることが幸せなのだと。吸血鬼はそう本気で語っている。とても正気とは思えない趣味だと、目隠しの男はただただ嫌悪感を抱いていた。
「しかし………。悲しいことに、人間の女性は脆く儚い………。少し生命力を頂いただけで、すぐ死んでしまう」
「下衆が…………」
「おや。貴方も私と同じでしょう」
パチン、と吸血鬼が再び指を鳴らす。すると今度は、奥の真っ赤なカーテンが揺れた。そしてそこから現れたのは、パールのような白いドレスに身を包む、恋白だった。恋白はボーッとした表情のまま、誘われるように吸血鬼の傍により、甘えるように体を密着させている。
「恋白………!」
「恋白はとても素晴らしい。そこらの女性とは違って、強大な生命力と精神力を持っている。私の妻に相応しい」
「貴様………、馴れ馴れしく恋白の名を呼ぶな………」
「それはこちらの台詞です。貴方こそ、私の妻の名を馴れ馴れしく呼ばないでいただけますか?」
吸血鬼様、と寄り添う恋白の目には光が無く、正気も感じられない。この男に操られていることは、目隠しの男にも手に取るように分かった。だがそれが分かっていても、恋白が他の霊の傍にいる光景にいい気はしなかった。それに、吸血鬼が勝手に恋白を妻、と呼ぶのも気に入らない。
「………返せ」
「返す?何を?」
「………お前も俺と同じ存在ならば、分かっている筈だろう。恋白は俺の憑代………。人の物に手を付けるとは随分と手癖が悪いな………」
「貴方のものか私のものかは、恋白が決めることですよ。試してみますか?」
す、と恋白の肩を抱く手を緩めて、吸血鬼は彼女の背中を押した。特に拘束されている訳でもない、自由の身である恋白は、突然吸血鬼と目隠しの男の間に放り出され、戸惑うように吸血鬼を振り返った。
「恋白に選んで貰いましょう?どちらの傍にいたいのか」
そうして突然選択を迫られた恋白は、どこか恐々と、遠慮がちに目隠しの男を見つめた。本来ならば、恋白が選ぶのは間違いなく目隠しの男だろう。2人の間には、既にそれだけの信頼関係と絆が築かれている。しかし、吸血鬼の術は、それらの恋白の記憶を全て封じ込めているようだった。まるで初めて会った他人を警戒するような目を、目隠しの男に向けている。やがて、しばらく何かを考えるように視線を送っていたが、やがて駆け足で吸血鬼の元へ戻っていった。
「吸血鬼様………っ、私は吸血鬼様のお傍にいたいのです。どうか見捨てないで………」
「よしよし、良い子ですよ恋白」
「あの目隠しの男………、なんだか怖いです、吸血鬼様………」
「私の妻を怖がらせるとは、お仕置きが必要ですね」
とんだ茶番だ。吸血鬼は、分かっててやっている。吸血鬼の術に嵌った恋白がどちらを選ぶかなんて、分かりきったことだ。その上で、敢えて恋白に選ばせた。目隠しの男を挑発する為に。楽しそうに、満足げに、勝ち誇った笑みを浮かべる吸血鬼が、恋白の頭を撫でている。そしてそれを拒む事なく、幸せそうに頰を染めて受け入れている恋白。どれもこれも、目隠しの男にとっては気分が悪い。フランス人形の時も恋白は操られていたが、あの時は恋白の意識はしっかりとあった。今回はそれすらも操られているせいで、嫌悪感は比べ物にならなかった。
目隠しの男は、静かに鎌を取り出した。もう言葉を交わす必要はないだろう。十分お喋りにも付き合った。
「下がっていなさい、恋白」
恋白を背で隠す吸血鬼の前で、目隠しの男はまたピキピキと、自分の血管が浮き出すのを感じていた。思った以上に挑発が効いているらしい。
「………はらわたが煮えくり返りそうだ………」
「嫉妬深い男は醜いですよ」
そして吸血鬼の男もまた、獲物を捉える蛇のように、そっと舌で唇をなぞった。




