優しさの裏の下心
「目隠しさんも目隠しさんだよ!和水ちゃんにデレデレしちゃってさぁ………」
手付かずの料理は、机の上ですっかり冷めていて、グラスに注がれた液体が、偶に私の身振り手振りでユラユラと揺れている。ちょっとだけ、と話し出したつもりの私は、気付けばマシンガントークで止まらなくなっていて、全てを赤裸々に、思いのままに吸血鬼にぶち撒けていた。
目隠しさんが和水と距離が近いのを見て、やきもちを妬いたこと。でもそれをストレートに伝える勇気なんてなくて、モヤモヤして目隠しさんに八つ当たりしたこと。そんな自分が可愛くなくて、嫌になってしまったこと。全部、全部吐き出した。そうやって話していく内にどんどん止まらなくなって一方的に喋っていたが、吸血鬼は決して嫌な顔をせず、途中で変に口を挟む事もなく、ただ穏やかに聞いてくれていた。それがまた何とも心地良くて、余計に止まらなくなってしまったのかもしれない。私はすっかり、吸血鬼に対しての警戒心が薄らいでいた。
「どう思う!?吸血鬼さん!」
「ふふ。貴女をこんなに悩ませるなんて、目隠しさんという方も悪い人ですね」
「でしょー!?和水と間接キスまでしちゃうんだもん………。鈍いとは言っても、流石にさぁ」
「恋白様は、目隠しさんという方のことを、愛しているのですね」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで饒舌だった私の言葉がパタリと止み、動きが固まった。………やっぱり、そうだよね。私の話を聞いてたら、そう感じるよね。自分でも思うもん。ずっと必死にその気持ちに蓋をして、気付かぬフリをして、否定して………。そうやって目を逸らし続けていたこの気持ちを、吸血鬼に改めて言われて、私はもう、認めざるを得なかった。
「………すき、なのかも…………」
「かも?」
「………分かんない………。認めたくない、だけかもしれないけど………」
「何故?」
「だ、だって!目隠しさん、幽霊なんだよ?好きになっても………実るわけ、ないし。そもそも幽霊に恋するなんて、変………じゃん………」
認めた瞬間、顔が一気に熱くなって、目隠しさんへの想いが溢れて止まらなくなった。もう誤魔化しは効かない。私、目隠しさんのこと、好きなんだ。優しくて、ずっと私のことを守ってくれる目隠しさんのこと、意識してる。だから、他の女の子と仲良さそうにしてるのを見るとモヤモヤするし、人間と幽霊という違いに悲しくなるし、目的の為に一緒にいるだけだという関係性にもどかしくなる。
「変ではありませんよ。私だって、この身でありながら何度も人間の女性と恋に落ちたことがあります」
「え!?そうなの!?」
「ええ。想いが通じて、愛し合ったことだってありますよ」
身を乗り出して食いつく私に、吸血鬼は過去の話をしてくれた。幽霊と人間の恋。勿論、人間同士の恋とは違って、出来ないことや我慢しなければならないこともあったが、愛し合う気持ちは、お互いの種族、性別、年齢………、それらが違ったって、同じくらい大きいのだと、吸血鬼は語る。
「幽霊だから、人間だから、恋をしてはいけないということはないと思いますよ」
「………そう、なのかな………。でも貴方にそう言われると、何だか楽になる………。ありがとう………」
「いえいえ。少しはスッキリしましたか?」
思いをぶち撒けて、気持ちはかなりすっきりしていた。今すぐに目隠しさんとどうにかなりたいという訳ではなくて、私はきっと、自分のこの気持ちを整理して、認めたかったんだと思う。そして誰かに『大丈夫』と言って欲しかったのだ。それが叶って、すっかり胸の内のモヤモヤは無くなっていた。これならきっと、目隠しさんとも普段通り接することができるかもしれない。………また和水と仲良くしてるのを見たら、ちょっと妬いちゃうかもしれないけど。
「それにしても………。その目隠しさんとやら。羨ましいですね」
「え?」
「貴女にこれだけ深く想って貰えて………。目隠しさんという方は、常に貴女の傍にいるのですか?」
「うん………。さっきは、ちょっと喧嘩っぽくなっちゃって、たまたま別行動してたんだけど、普段は一緒にいるよ。まあ私と契約してるから、必然的に一緒になるっていうか」
「………なるほど。憑代という訳ですか。先に手を付けられていたとは………。残念です」
「残念?」
「ええ。私、貴女に一目惚れをしたから、ここへ連れてきたのですよ」
あれ………。なんだろう。若干体がフワフワする。もしかして呪いの症状………?いや、少し違う。頭がボーッとして、何も考えられなくなる。眠くなる時のような、心地良い感じ………。
「まあ、関係ありません。他の霊の唾付きだろうと、奪ってしまえば私のものです」
「な………にを…………」
「貴女はこれから、私の憑代となるのです。さあ、抗わないで………私に身を任せて…………」
まるで催眠術のような甘い囁き。何かやばい、逃げなきゃと頭が警鐘を鳴らす反面、体はどんどん脱力していき、動かなくなる。やがて私は、吸血鬼の囁きに抗う力を失い、ゆっくりと机に伏せて意識を失った。
「今までの女たちと比べて術にハマるまで随分掛かりましたが………、何とか効いてくれたようですね」
無防備に意識を手放す人間の女を見下ろし、吸血鬼は光悦な表情で舌をぺろりと覗かせた。
一方で、1時間程前に遡り、目隠しの男は校内を探し回っていた。明らかにいつもと様子がおかしく、素っ気ない態度を取る彼女に、こちらも少し大人気ない対応をしてしまったが、もう一度本人と話したい。そろそろ恋白の元に戻ろうと、授業中の静まり返った教室へやってきたものの、そこに恋白の姿はなかった。目隠しの男の存在に気付いた吉光が、アイコンタクトで呼び寄せ、ノートに走り書きのメモをする。
『体調が悪いって言って、保健室に行った!』
そのメモで状況を把握し、目隠しの男は今度は保健室へと向かった。この段階で、目隠しの男は若干の違和感を感じ取っていた。恋白の生命力の気配を感じない。距離が離れれば、当然その気配は弱まるものなのだが、校内の距離なんてたかが知れている。離れていても、この程度なら感じ取れる筈なのに。
(…………いない)
その予感は、的中していた。保健室へ行っても再会を果たす事はできず、果たしてどこに行ったのかと若干の焦りを感じ始める。もしかして恋白の身に何かあったのかもしれない。
学校中を回りながら、少しでも恋白の気配を感じ取れないか。もしくは、悪霊の類の気配が無いかを探る。徐々に募っていく焦りは、目隠しの男の足を速めた。
(どこだ………、恋白…………!)
やはり1人にするべきではなかった。彼女は強力な生命力の持ち主。幽霊にとっては、喉から手が出るほど欲しい、とんでもないご馳走なのだ。
そうして探し続ける目隠しの男は、遂にほんの微かに残っていた恋白の手掛かりを見つけ出した。保健室に向かう道中にある、女子トイレ。女子トイレに入るのは少し抵抗があったものの、今は緊急事態。それに、生徒たちは授業中である為、誰かと遭遇する可能性は極めて低いだろう。
扉を開けて、中に入る。静まり返ったそこに、恋白の姿はない。だが、やはりここから微かに恋白のの気配と……………、
(………霊の匂いも混じっているな………)
どうやら、目隠しの男が危惧していたことが的中したようだ。悪霊か何かが恋白を連れ去ったのだろう。連れ去られたのは恐らくこの場所だ。
(だとすれば………、この場所の何処かに入り口がある筈………)
猶予はない。こうしている間にも、恋白の身に危険が迫っている。神経を研ぎ澄ませて、霊の匂いを辿る。辿り着いた先は、洗面台に備え付けられた1枚の鏡。
目隠しの男は、確信したように鏡に向かって手を伸ばした。その手は鏡面にぶつかる事なく、ズブズブと向こう側の世界へ飲み込まれていく。そしてそのままなんの躊躇いもなく、鏡の中へと飛び込んだ。
「…………変な虫が入ってきましたね」
勿論、霊の匂いを感じ取ったのは目隠しの男だけではない。吸血鬼の男もまた、自分の城の中に、招いていない客の匂いを感じ取っていた。
「まあいいでしょう。もてなしてあげますよ。私の姫と共に、ね」




