その正体は吸血鬼
目を覚ました時、そこは立派なお城のような宮殿のような、とにかく豪華な部屋の中で、これまた豪華でフカフカなベッドに横にされていた。体を起こしてみるが、特に何かされた形跡もなく、ぴんぴんしている。それどころか、こんなベッドで寝かせて貰ったおかげか、逆に元気なくらいだ。
起こした自分の体を見下ろしてみると、何故か私の格好はいつもの制服姿ではなく、まるでウェディングドレスのような、純白のドレスに身を包んでいた。ギョッとして慌てて立ち上がったが、周りを見渡しても着ていたはずの制服は見当たらない。裸で行動するのは流石に抵抗があり、渋々このドレスを受け入れるしかなかった。
(っていうか、ここどこ…………)
学校でもないし、自分の家でもないことは確かだが、それ以上の情報が無い。唯一分かっているのは、ここは鏡の中の世界だということだ。こんな特殊な力が使えるのは、きっとあの吸血鬼のような男が、悪霊だから。
(つまりここは………、霊界?)
豪華な金の装飾が施されたゴテゴテの窓を覗き込んでみる。そこに広がっていた景色は、空は赤暗く、これまた真っ赤で大きな月がぶら下がっていた。枯れた木の先にはコウモリが数匹止まっていて、いかにも、な世界観である。
「私、悪霊に捕まっちゃったのかな………」
まさか、目隠しさんと別行動している時に狙われるなんて。自業自得とも言えるこの状況に、凹むように溜息をついた。そして同時に、ここから出られるのだろうかという不安も込み上げてくる。私が今こんな鏡の世界にいることなんて、目隠しさんも、吉光も、和水も人形ちゃんも、誰も気付いていないのではないか。
「ど………どうしよう………。とにかく出口を探さなくちゃ…………」
来るかもわからない助けを待っている訳にはいかない。恐怖で震える気持ちに喝を入れ、私は自分が眠っていたその部屋を後にした。部屋自体もだいぶ広かったが、部屋を出ると永遠に続いているのかと思うほどの廊下が果てしなく伸びており、この屋敷の大きさに改めて驚く。こんな中を、一個一個部屋を回って探索しなければならないのだろうか。
「よし………できることからやろう」
弱音を吐いている暇はない。自分に気合を入れた後、私は一個ずつ、見かけた扉を開けて部屋の中を探索した。どの部屋も、私が寝ていた部屋と殆ど一緒で、豪華なベッドと、ソファ、テーブル、ドレッサー………。生活感のある家具が置かれていた。私はどの部屋も一応細かくチェックしたものの、これと言って脱出の鍵となるようなものは見つからなかった。
「これ………何なんだろう」
ただ、少し気になったのは、各部屋の扉に付けられた、金のプレート。文字が彫られているのだが、なんて書いてあるのか分からない。少なくとも日本語ではない。
「寝室、とか、書斎、とかそういうのが書いてあるのかな………」
結局そのプレートの文字も理解できないままに、私は一際大きい扉の前に辿り着いた。両開きの豪華なドアは、今までの個室に付けられた扉とまた違うもので。もしかしたらこの先に、あの吸血鬼がいるのかもしれない。そう覚悟しながらも、そっと、恐々と扉に手を掛けて、開いた。
「え…………」
そこに広がっていたのは、何人掛けなんだと言いたくなる程の大きな長方形の机。それに備わっている椅子。そして、その机の上に並ぶのは、豪華でキラキラと光る贅沢な料理の数々だった。所々に置かれたキャンドルと、ほんのり薄暗い照明がよりお洒落な空間を演出している。この光景には思わず私も、自分が置かれている状況を忘れて息を呑んだ。
「お目覚めですか、姫」
料理に見惚れる私の視線の先………、上座に座っていた例の吸血鬼が、私のことを真っ直ぐ見つめていた。今まで悪霊たちには幾度と無く命を奪われかけてきたし、そもそも吸血鬼との出会いも強引だったので、警戒するように身を固める。しかし吸血鬼は、あくまでも物腰柔らかで、私の警戒心を解くように優しく声を掛けてくれた。
「貴女の為に用意した料理です。さあ、冷めない内に食べましょう。こちらへ座って」
紳士的な笑みを浮かべる吸血鬼。私を殺したり食べたりするつもりはないのだろうか?困惑しながらも、私も何か手立てがある訳ではないので、一先ず案内された通りに椅子に腰掛けた。思えば、私を食べる目的なら、眠っている間にもできただろうし、そうしなかった理由が分からない。一体なんの目的で私をここへ連れ去り、こんな料理まで用意したのか。
「そんなに警戒しないでください。私は貴女と仲良くなりたいのですよ」
「………何を企んでるの………?」
「まあ、そう言われるのも無理はありませんね。些か強引に連れてきてしまいましたから。非礼をお詫びします。しかし、本当に危害を加えるつもりはないのです」
そこまで言われても、やはり心からこの男を信用するには、材料が足りなかった。霊の中には友好的な霊がいることは、目隠しさんといった実例もいるので分かってはいるのだが、今まで散々危険な目に遭っているこちらの身としては、そう簡単に信用はできない。睨む私の視線を浴びながら、吸血鬼は大した気にもせず、微笑んだ。
「ふふ、怖がる貴女も愛らしい。私は、生きとし生ける女性はみな、美しく愛らしいと思っているのです」
「はぁ………?」
「女性を助けたい。女性の支えになりたい。そして、愛し合いたい。私はただそれだけなのですよ」
そうは言われても、だったらいいや!ともならない。いきなり出会った男性に、『女性はみな美しい!』とか言われても、ただただ怖いだけだろう。理解できない、と呆れる私を他所に、吸血鬼は続ける。
「貴女を見かけた時、体中に稲妻が走ったような感覚がしましてね………。これが運命なのか、と衝撃を受けたのですよ。私と貴女は、出会うべくして出会った」
「よく分かんないですけど、元の世界に帰してください」
「まあまあ。まずは食事をどうぞ。そんなに急ぐこともないでしょう?打ち解けるには、共に食事をするのが1番効果的なのです」
でももしこの食事に何か変な毒でも盛られていたら。………やはり、吸血鬼が信用できない内は、下手なものも口に出来ない。何度吸血鬼に促されても、一向にナイフとフォークを手に取らない私を見て、吸血鬼は寂しそうに笑う。であれば、食事が無理ならばお話をしよう、と、彼はまためげずに私とコミュニケーションを取ろうとしてきた。
「では、私とお話をしませんか?」
「話………?」
「鏡の前の貴女は、何かに悩んでいる様子でした。その悩みを、私に打ち明けてくれませんか」
「な、何で見ず知らずの貴方に…………」
「見ず知らず、だからです。その方が安心して話せることもあるでしょう?」
その言葉には、確かにそうかも、と納得させられた。私のことも、目隠しさんのことも、オカルト研究部の人たちのことも知らない、この吸血鬼相手ならば。抱えている悩みや気持ちを素直に吐き出せそうな気がする。それに、すごく紳士的だから冷やかしてくることも無さそうだし、言い回る相手もいないから勝手に誰かにバラされることもなさそうだし………。
「………じゃあ、ちょっとだけ………聞いてくれる?」
「ええ、勿論。貴女の気持ちに寄り添って、アドバイスいたしますよ」
ようやく少しだけ心を開きかけた私に、吸血鬼はニッコリと笑う。ワイングラスに注がれた赤い液体に、その吸血鬼の裏の顔が反射して映し出されていることに気付かぬまま。




