複雑な乙女心
目隠しさんと、うまく話せない。そう思ってからは、そのもやもやした気持ちに余計拍車がかかったような気がした。お弁当を食べ終わり、後は昼休みが終わるまでゆっくりみんなと談笑………、というのが、昼休みのお決まりの過ごし方。だけど。
「目隠し様は、どうして仮面で目を隠されているのですか?」
「………言っても理解できないだろう………」
「ふーん………?何か難しい事情があるのですね。目隠ししているのに周りが見えるのはすごいですわぁ」
相変わらず目隠しさんの隣にいるのは和水で、いよいよ限界になった私は無言で立ち上がる。
「ハニー、どこかに行くのですか?」
「私、先に教室戻ってるね」
呼び止める吉光の言葉にそう返し、すたすたと扉の方へ歩いていく。しかし当然、それを黙って見ている筈のない目隠しさんが、いよいよ私の肩を掴んで引き留めた。強制的に振り返らされて、嫌でも目隠しさんの顔が視界に映る。今は、見たくない。
「勝手に行くつもりか恋白」
「………別に。どうぞごゆっくり」
「………言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう」
「……………」
「………俺に何か思うことがあるのか」
私の煮え切らない態度に、目隠しさんも少し苛立っているような様子だった。しかし私は、俯いたまま目隠しさんの手を払いのける。初めて、目隠しさんを拒絶した。やっぱりだめだ、今の私は、目隠しさんと冷静に、いつも通り話すことができない。1人になって頭を冷やして、それからちゃんと目隠しさんに謝ろう。きっと時間が経てば、こんなもやもやも落ち着く筈。
「………ごめん、今は目隠しさんと話したくない」
「……………」
「1人にして。先戻ってるね」
そして私はそのまま、屋上から出ていくのだった。私の様子がおかしいのは、流石に吉光も和水も気付いたようで、一体どうしたんだと顔を見合わせる。対して、私に1人にしてと手を払われた目隠しさんは、行き場のないその手をそっと降ろし、立ち尽くしていた。目隠しさんがどれだけ必死に考えても、何故私が急にそっけなくなったのか、ああいう態度をとるのかが分からなくて、混乱している。唯一、私の全てを見通している人形ちゃんだけが、薄ら笑みを浮かべながら目隠しさんの元へやってきて。
「ククク………。生きている者は面倒よのう………。お前も罪な男じゃ」
と、含みのある発言をして、怒りを買った目隠しさんに鷲掴みにされた。
「ま、待て!わらわに八つ当たりするな!」
「………恋白がああなった理由について何か知っているのか………」
「知っているも何も、あんなの見てたら分かるじゃろう!」
人形ちゃんがじたばたと苦しそうにもがく姿を見て、慌てて駆け寄ってきた和水に回収されながら、人形ちゃんは目隠しさんに告げる。
「わらわの口からは言えん。こういうのは、本人から直接聞くべきじゃ」
「……………」
そうして、私と目隠しさんは、出会ってから初めて、別行動をとることとなったのだ。
「うわあ、ひっどい顔………」
昼休みはとっくに終わり、既に午後の授業が始まっている頃。私は相変わらず気分が浮かないままで、ついには『体調が悪いから保健室に行きたい』とか適当なことを言って、そのまま授業を抜け出した。女子トイレに入って、鏡に映る自分の顔を見つめる。変な気持ちが顔にも表れているのか、何だかとても酷く映って、自分で自分に呆れる。
昼休みが終わった後も、目隠しさんは私の前に姿を現さず、吉光だけが教室に戻って来た。多分、私が1人にしてほしいと言ったことを、目隠しさんは守っているのだろう。気を遣って、どこかで1人時間を潰しているのだろうか。自分で突き放したくせに、目隠しさんがいないと何だか落ち着かない。
『素直になればよいものを。私も目隠しさんのことが好き、って』
思い出す、人形ちゃんの言葉。そして、出会ってからずっと、命がけで私のことを守ってくれる、目隠しさんのこと。初めて廃墟で目隠しさんと出会い、そこからは成り行きで私の事情に巻き込んでしまっているが、目隠しさんはそれに対して何か文句を言うことなく、ずっと傍にいてくれている。思えば、あの時偶然出会っただけの私を助け、今も守り続けてくれている理由は何なのだろう。
「いくらお人よしでも、初めて会った相手の為にここまでできるものなのかな………」
ずっと微かに抱いていた疑問を、ここにきて改めて不思議に思った。異形の時も、鬼の時も、人形ちゃんの時も。いつも自分のことよりも私の身を第一に考えてくれている。初めて会った相手にそこまでするのはどこか不自然なような気がするのだ。まあ、だいぶ今更ではあるが。
目隠しさんの真意はともかく、彼は、私の為に命を懸けて戦ってくれている。もうそれだけで十分してもらっている筈で、私と目隠しさんの間に交わされた約束は、しっかり果たしてくれている。私と目隠しさんの関係は、それ以上でもそれ以下でもない。私は目隠しさんに生命力を供給し、目隠しさんは、私の呪いを解く。………それだけの、関係。なのにこれ以上目隠しさんに何を望むというのか。和水とイチャイチャしないでなんて、そんなの、私と彼は別に恋人とかそういう関係でもないんだし、頼めるような間柄じゃない。
「私は目隠しさんに何を求めてるんだろ………」
ばかみたい、と、1人呟いて、俯く。やきもちとか、好きとか嫌いとか、どういう関係かとか、目隠しさんは私のことどう思ってるんだろうか、全部、全部、ばかみたい。こんな感情に振り回されて、振り乱されて。
結局、1人になったところで、このざわつく胸が静まることはなかった。そしてそのせいで、私は気づかずにいたのだ。目の前に迫りくる、悪霊の気配に。
『恋する乙女………。ああ、なんと美しいのか』
突然聞こえてきた声は、当然ながら目隠しさんのものでも、誰か見知ったクラスメートのものでもない。聞き慣れない声に周囲を見渡すが、その姿は一向に見当たらなかった。果たしてどこから声が聞こえてきたのかと辺りを警戒していると、更にそんな私に話しかけてくる正体不明の声。
『悩める女性よ。私の元へ来なさい。私ならばきっとあなたを幸せにしてあげられますよ』
「だ、誰なの………!?」
そしてようやく私は、その声の正体を捉えた。さっきまで私を映していた筈の鏡に、知らない男が映し出されている。黒い髪はオールバックでキチンと整えられていて、喋るたびに口元から牙が覗く。その姿はまるで、
「き、吸血鬼!?」
『さあ、乙女よ。我が元へ』
驚く私を他所に、ソイツは鏡から腕を伸ばし、私の腕を掴んだ。物凄い力で引き寄せられて、私は抵抗する暇もなく、鏡の中へと引き摺り込まれたのだ。私を飲み込んだ鏡は、すぐさまただの変哲も無い鏡に戻っていて、女子トイレには静寂が訪れる。
私が鏡に引き摺り込まれたことなど、きっと誰も気付かないだろう。それ程までに、そこには普段と変わらない空間が残されていた。




