もやもやする
私は今、ある1つの問題に直面している。
目の前で繰り広げられる光景は、人形ちゃんと戦ったあの日からここ数日、毎日続いているもので、最早日課………当たり前の景色となりつつある。しかしそれこそが、私の悩みの種であった。
「はい、目隠し様。あーん」
「……………」
和水が、異様に目隠しさんに懐いてしまったというか、べたべたしているのだ。それはもう、とにかくずっと。和水はクラスが違うので、授業中は別々ではあるものの、休み時間になれば必ず私のクラスに顔を出し、今も昼休みに共にお弁当を広げている。和水は、幽霊には食欲がないことを知りながらも、一緒にご飯を食べたいからという理由で、毎日人形ちゃんと目隠しさんの分のお弁当を作って持ってくる。少し前までは、屋上で共にご飯を食べるのは私と目隠しさんと吉光の3人だったのに、今では和水と人形ちゃんがいることが当たり前となっていた。
(いや、和水と人形ちゃんがいること自体は全然いいんだけど………)
私がもやもやするのは、和水と目隠しさんの距離感だ。目隠しさんは和水の気持ちを知っているのかいないのか、あーんと差し出されたお弁当を素直に食べているし………。しかも、しかもだ。食べさせているそのお箸は、先程まで和水が自分の分を食べるのに使っていたものと同じ。つまりは、間接キス。
「人形ちゃん、おいしい?」
「まあ、悪くはない。できればこのタコさんウインナーをもっと増やしてほしいところじゃの」
「調理担当に言っておきますわ」
隣でちんまりと座る人形ちゃんにも味の感想を聞いて、ご満悦な和水。対して私は、どこかむっとした表情のまま、無言で自分のお弁当を口にしていた。前までは、この小さなお弁当を目隠しさんと一緒に分け合って食べていたのに………。和水からあんな立派な専用のお弁当をもらったら、私のなんていらないよね。
「吉光、卵焼き、食べる?」
「いいのですか!?」
私のお弁当、大部分はお母さんに作ってもらっているが、目隠しさんと食べるようになってから、卵焼きだけは私が前日の夜に作り置きしたものを詰めていた。少し甘めの味付けにするのが、目隠しさんの好みだ。なんだか健気に目隠しさん好みの卵焼きを作っている自分が馬鹿らしくなって、隣にいる吉光にその卵焼きを差し出す。吉光は、私から恵まれたその卵焼きを、キラキラとした目で眺めた後、何故かパシャパシャとスマホで写真を取り出した。この後その写真を元に絵を描くとも言われたが、ツッコむ気すら起きない。
「………何故だ」
「………目隠しさん」
気付けば、すぐ隣に目隠しさんがいて、私のお弁当箱を覗き込んでそうぼやいた。さっきまで和水と仲良く、私のことはそっちのけでお弁当を食べていたくせに、今更………と心の中で悪態をついたところで、はっとする。私、なんでこんなにイライラしてるんだろう。目隠しさんの為に作った卵焼きなのに、当てつけみたいに吉光にあげて………。
「なぜって、何が?」
「………何故吉光に渡した?」
そう言って目隠しさんが指さしたのは、空っぽになった私の弁当箱。いつも卵焼きが入っているスペースだ。どうやら私が吉光に卵焼きをあげているところを見ていたらしい。私は、自分の中にどんどん広がる嫌な感情を抑えることができず、目隠しさんに素っ気なくしながらいそいそと隠すように弁当箱を片付け始めた。
「だってお腹いっぱいでしょ。和水からもらったお弁当、あんだけ食べたら」
「………霊に満腹感は備わっていない。味を楽しむ為に食べているだけであって、空腹を満たす為に食事をしているわけではない」
どうやら目隠しさんもちょっと不満げなようで、珍しく食い下がってくる。それが余計に私をイラつかせて、「もうなくなっちゃったからいーの!」と無理矢理会話を終わらせてしまった。私と目隠しさんの間に流れる、微妙な空気。目隠しさんも私のいつもと違う様子に気付いているのか、それ以上は何も言ってこなかった。ふい、と目隠しさんに背を向けながら、何やってるんだろう、と自分の幼稚な言動や行動に後悔する。こんなの、全っ然かわいくない。
「卵焼きが食べたいなら、まだこちらに残ってますわ!目隠し様!」
そんな私たちの空気を破るように、和水は目隠しさんに向かってお弁当箱を差し出した。重箱のようなお弁当箱の隅に、1切れ残っている卵焼きが、目隠しさんの視線を奪う。突き放したのは私なのに、また目隠しさんの意識を和水に持っていかれたのが寂しくて、卵焼きに釣られていく彼の背中をじっと寂し気に見つめた。
「お主も案外、かわいげのない女子じゃのう」
「人形ちゃん………」
複雑な想いと葛藤する私の隣に、いつの間にか、口元にご飯粒を付けた人形ちゃんがやってくる。こちらの気も知らないで、まるでこの状況を楽しんでいるかのようにケタケタと笑う人形ちゃんの言葉が、ぐさりと心に突き刺さる。かわいげのない、か。全くその通りだ。
「素直になればよいものを」
「な、なんのことよ………」
「私も目隠しさんのことが好き、って」
「な………っ!!!」
そんなんじゃない!と思わず叫んで立ち上がった私を、和水も、吉光も、そして目隠しさんも驚いたように見上げた。一方で元凶である人形ちゃんは、やれやれと呆れたように首を振っている。
好きって、私が、目隠しさんを?そんな筈ない。私たちは訳アリで、ただ私の呪いを解く為に一緒にいるだけであって、そもそも目隠しさんは幽霊なんだし、幽霊に恋愛感情なんか抱くわけが………。
心の中で、いろんな言い訳を付けて、否定する。違う、私は違う、と必死に理由を探して。そして同時に、目隠しさんにストレートに感情を表現する和水の姿も思い浮かんで、それが羨ましいとも思っていた。人形ちゃんがとことこと足元まで歩いてきて、私の顔を覗き込む。
「………そんな真っ赤な顔で泣きそうになっておいて、よくもまあ………」
「………っ」
「………まあ、いい。自分の気持ちは、自分で決めるものじゃ」
それだけ言って、またとことこと和水の元へ帰っていく小さな背中を恨めしく見つめる。脱力したように、ゆっくりとベンチに座り直す私の横へ、心配した吉光が入れ替わるようにやってきた。卵焼き撮影会は気が済んだのだろうか。
「どうしたんです、恋白。なんだかここ数日、元気がないように見えますが」
「ねえ、吉光」
「はい?」
「私って、かわいくないかな」
「はい!?」
突然の質問に、吉光は驚いたようなリアクションを見せ、いきなりどうしたんですか、とたじろいでいたが、泣きそうな私の眼差しを受けると、徐々にその表情を真剣なものにした。何かは分からないが、何かが私を不安にさせていることを、察してくれたのだろう。吉光はまるで私を安心させるように、そっと私の手を両手で握りしめて包み込んだ。彼のストレートな瞳が私を射抜く。
「かわいいに決まってるじゃないですか!」
「吉光………」
「俺にとっては、誰よりも、世界で1番、かわいいに決まってます………!」
「………ありがとう、吉光」
他の女子からすれば、こんな熱い言葉を男子に言ってもらえるなんて、最早告白じゃんプロポーズじゃん!と思うかもしれない。でも私はその言葉を聞いて、ペコリと頭を下げてお礼を伝えるだけである。きっと吉光は本心からそう思ってくれていて、こんな私のことを好きだとか、ハニーだとか言ってくれる。人に好いてもらえるというのは、どれだけ奇跡でありがたいことかは理解しているが、私は吉光に異性としての特別な感情は一切ない。もちろん、友達、幼馴染としては大切だし、大好きなんだけどね。
「まあ、何をいちゃついてますの!白昼堂々と………」
手を取り合って見つめあう私と吉光の姿が目に入ったのか、ずっと目隠しさんに夢中だった和水が顔を赤くしながらこちらを指さした。そしてその隣で、何を思っているのか、ただ静かにこちらを見つめる、目隠しさんの視線。私はなぜか目隠しさんと目を合わせることができなくて、ぎこちなく自分の足元へ視線を落とした。
ダメだ………。今の私、何だか目隠しさんとうまく話せそうにないや。




