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化怪

「どういうことですか。これは」


 人の気配などない、忘れら去られた小さな物置部屋。『オカルト研究部』という文字が掲げられたその奥で、呆れた声を出すのは、私の対面に座るオカルト研究部副部長、出雲吉光その人である。彼の視線の先には、今まではここにいる筈がなかった存在………九重和水。と、その肩にチョコンと乗って偉そうに足を組んでいるフランス人形に向けられていた。


「いや、まあ………かくかくしかじかで」

「私も今日からオカルト研究部の一員として、部活動に励みますわ!」


 昨晩の出来事を1から全て説明するのは面倒なので、なんとなく察して、という雰囲気を醸し出す私たち。とりあえず今吉光の目の前に広がっている光景が、結果だ。つまり、目隠しさんの他にもう1人、吉光にとって祓うべき存在である幽霊が増えてしまった、ということである。


「俺の立場的に、これは許容してもよいのか…………」

「私の友達に手を出したら許しませんわよ!」


 吉光が神社の跡取り息子であることは周知の事実なので、和水も人形の身に何か危害が及ぶのではないかと心配しているようだが、それを鼻で笑ったのは人形である。


「こんなナマグサ坊主がわらわを祓うなど、100万年早いわ」

「しかもすごい腹立つ幽霊ですね………」


 吉光、いっつも幽霊に舐められてて可哀そう。とにもかくにも、昨日目隠しさんが入部したばかりだというのに、更に2人増えてオカルト研究部もすっかり賑やかになってきた。今までずっと吉光と2人で活動していた為、こんなにも部員が増えるなんて夢のようだ。部長としても嬉しい。


「でも和水、元いた部活は大丈夫なの?」

「ええ。茶道部に華道部、弓道部と既に3つ掛け持ちしておりますが………、特に問題はありませんわ。他の部活の都合で、こちらに顔を出せない時はあるかもしれませんが………」

「そんなに部活してんの………」


 まあオカルト研究部の活動なんて不定期だし、毎日真面目に何かをやっているわけではないので、他の部を優先してもらうことは全く問題ない。暇つぶしにたまに来てもらえるだけでも十分だ。


「それよりも目隠しさん、あなたが付いていながら、ハニーがこんなにボロボロになるとは一体どういうことなのです」

「……………」


 今度は吉光のターゲットが目隠しさんに移って、目隠しさんは気まずそうに目線を逸らした。今日は登校するなり、クラスの人や友達たちにすごく心配されてしまった。それもそのはず。私の体はあちこちに軽い火傷や切り傷を負っていて、そこら中包帯と絆創膏だらけ。手は窓ガラスで深く傷つけてしまったのでしばらく利き手が使えず不便しそうだ。和水も同じく色んな人に心配をかけたようで、私よりは軽傷ではあるものの、所々切り傷ができてしまっていた。大事に大事に育てられた箱入り娘の怪我に、家では大パニックだったのだという。


「吉光、違うの!むしろ私が目隠しさんを傷つけちゃって………」

「そうですわ!目隠し様は私のことも大事に大事に守ってくれたのですわ!!!」


 責められる目隠しさんを庇おうと私が口を挟むと、何故かそれ以上の熱量で和水が前に出てきて、私はその勢いに押し黙った。どこか興奮気味に目隠しさんをフォローする和水の顔は、ほんのり赤くなっているような………。


「目隠し様は、窓から投げ出された私を華麗にキャッチし、お姫様のように扱ってくれたのです」


 うっとりと表情を綻ばせながら、自分の頬に手を添えて、その時のことを思い出す和水。キラキラしたフィルターがかかったその過去は、目隠しさんのこともまるで王子様のように映し出していて、攫われた姫を助ける王子、というような、まるで絵本の世界のワンシーンのように脚色されていた。


「目隠し様。私、あなたたち幽霊のことを誤解しておりましたわ。幽霊って、素敵な王子様のような方もいらっしゃるのですね」

「……………………」


 和水が恥ずかしそうに体をくねらせながら、目隠しさんにそう告げる。相変わらず目隠しさんはクールというのか、淡泊というのか。興味がなさそうにしていて、返事すらしない。そんな一部始終をぽかんと見ていた吉光と私だったが、我に返ったように慌てて2人の間に割って入る。


「ち、ちょっと和水!まさか、目隠しさんのこと………」

「ええ………。目隠し様こそ、私が思い描いていた理想の男性………その人なのですわ」


 ガーン、と石で頭を殴られたような衝撃。まさかあの和水が、幽霊の目隠しさんに恋しちゃってる………。そんな馬鹿な、と呆れに近い感情と共に浮かび上がる、何とも言えない気持ち。なんだろう、この複雑な想い………。もやもやするというかなんというか………。


「俺の運命の相手は勿論、ハニーです」


 和水に感化されたのか、誰も聞いていないのになぜか吉光まで私の手を取り、王子様のように膝をついた。「はあ、それはどうも………」と釣れない態度の私なんて、知ってか知らずか。私と吉光がどう運命で結ばれているのかを、過去の出来事などを織り交ぜながら語り出す吉光。


「………大丈夫なのか、こいつら。取り憑く相手を間違えたかもしれんな………」

「……………」


 暴走する私たちを呆れたように見ているのは、和水の肩に乗るフランス人形ちゃんと、目隠しさん。幽霊2人はそっと溜息をついて、やれやれと首を振ったのだった。









「それで、今日集まってもらった理由なんだけど」


 一頻り騒いだ後、私たちは椅子に腰を落ち着けて、改めて部長である私から話を切り出した。放課後集まってとみんなに声をかけたのは、他でもない私なのだ。その目的とは、あの謎を説明してもらう為。


「目隠しさん、昨日のあの変化は何なの?」

「……………」

「ほら、腕が黒くなって…………」


 私は再び、昨晩の出来事を思い返していた。私を守ってくれたあの時、目隠しさんから確かに怒気のようなものを感じて………、次の瞬間には、目隠しさんの腕が魔物のような、悪魔のような、とても人間のものとは思えないものに変化していた。そしてそれを目の当たりにして、どこか知っている風だったのがフランス人形ちゃんだ。目隠しさんと人形ちゃんは、あの現象を知っている。そう睨んでの招集である。私も和水も、彼らの宿主として知っておくべきことだと思ったから。それに単純に、今後も悪霊たちと戦っていくのなら、少しでも霊についての知識を深めておきたい。不測の事態に遭ってからでは遅いのだ。


「化怪のことか。お前たち、そんなことも知らんとはのう………」

「………あれは、俺もコントロールして発現させたものではない………」


 化怪ばけ。人形ちゃんは、昨晩も今も、あの変化のことをそう呼んだ。幽霊たちにとっては、別に真新しい知識でも現象でもないようだ。目隠しさん本人も、己の体に起きた事象に驚いている様子はない。


「………俺たちの今の姿は、いわば仮のもの………。そもそもはただの成仏できなかった魂だ………」

「その話は、俺も母から教わりました。霊というのは、成仏できなかった魂や念が器に宿った存在。その器は、生前の自分の姿をしていることもあれば、何か思い入れが強い物だったり………その魂が強くイメージした姿になる」

「例えばわらわならば………、物念といって、物に念が宿った状態。目隠しのように自分の姿をしている者もおれば、わらわの様にそうでない者もいる、ということじゃ」


 改めて学ぶ、幽霊講座に私と和水は興味深く耳を傾ける。当然ながら、生きている私たちには死後の世界のことは分からないし、こうして実際に幽霊に話を聞けるというのは、よくよく考えたらすごく貴重なことなのではないだろうか。


「………つまり、俺たちの実体は、この器ではなくあくまでも魂であるということ………。器だけを壊したところで、俺たちは消えたりしない………。吉光のような聖職者たちは、器から引きずり出した魂を祓って成仏させる。俺たちも、器の中の魂を食らうことで、階級があがるということだ………」

「そしてその本体である魂は、凶悪な姿と、強大な力を持っている。………何らかのきっかけで器から出て、魂本体の姿が現れることを………化怪と呼んでおるのじゃ」


 器から出た魂の姿………。それが化怪と呼ばれるものであり、昨晩見た目隠しさんのあの腕が、目隠しさんの魂………。いわば、本来の姿ということか。思い返せば、あの時人形ちゃんが目隠しさんに向けて言っていた『本性を現したか』という言葉は、そういう意味だったのか。


「何らかのきっかけ、というのは、具体的に何ですの?」

「それが、”具体的でないから”わらわたちも分かっていないのじゃ」

「具体的じゃない?」

「聞いた話では、何か魂を揺さぶられるようなことが起こった時に起こる現象らしくてのう。抽象的じゃろう?」


 だからわらわも未だに化怪たことがないのじゃ、と言う人形ちゃん。確かに具体的じゃないので、はっきりと『これが原因で起こる事象』だと言い切れないし、狙って発現させるのも難しそうだ。だから目隠しさんも、コントロールしてやったわけじゃない、と言ったのだろう。でも………。目隠しさんが化怪かけたあの時、私は目隠しさんから『怒り』のような感情を感じ取っていた。もしかしてそれが引き金になったのだろうか。


「………あの時の俺の化怪も、腕だけのごく一部分………それに、すぐに元の姿に戻った」

「目隠しさんは、今までにも化怪たことあったの?」

「いや………、知識としてはあったが、実際に化怪たのは昨晩が初めてだ」

「まあ、化怪はあまり使うべきものではないからの」

「そうなんですの?」

「魂が持つ本来の力を開放する術ではあるが………、本人がコントロールできなければ、魂が飲み込まれて暴走することもある………らしいからの。それにそもそも、それだけパワーを使うのだから、消費するエネルギーも膨大じゃ。かなりの生命力が必要になるじゃろうな」


 つまりは、燃費が悪い、と。まあそもそも、霊たちは化怪なくてもかなり強力な力を持っていることは散々目の当たりにしてきた。あまりメリットも感じない能力っぽいし………、なにより、目隠しさんに負担を強いる方法ならば、化怪に頼ることはないかな。


「でも………、心配だね。目隠しさん、化怪ようと思って化怪た訳じゃないなら、もしかしたら今後、思わずそうなっちゃう可能性もあるってことだよね?」


 私の心配に、全員が黙り込んだ。もし………、もしも、目隠しさんや人形ちゃんが何らかの理由で化怪てしまったら。彼らは魂に飲まれずにコントロールできるのだろうか。そして仮に、魂に飲まれてしまった場合。


(目隠しさんは、私を殺そうとする、のかな………)


 その時私は、目隠しさんのことを助けてあげられるのだろうか。

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