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友達になろう

(目隠しさんの体………、どうなってるの………!?)


 私を抱き寄せる目隠しさんの腕は、明らかに人間のそれとはかけ離れていて、肌は赤黒いような、漆黒ようなものに変化し、質感も鋼のように固く、爪の先も尖って大きくなっていて、言うなれば悪魔のような………。


(階級が上がれば見た目も化け物のにように変化していくって聞いてたけど………今は別に階級が上がったタイミングでもないし………)


 それに、今のところは変化しているのは右腕だけのようだ。今まで見たことのない変貌に、何が起こっているのか理解できない。しかし目隠しさんは、己の体の変化などどうでもいいようで、動揺する私を他所に人形を睨みつけている。「人形を食う」と言っていたが、もう和解することは無理なのだろうか。こればかりはこちらの意思だけでなく、人形側にもその気持ちが生まれないと話し合いすら望めない。


「怒りで化怪ばけかけているのか。本性を現しおったな目隠しの男よ………」

「化怪………?」


 理解が追い付かない私とは対照的に、人形の方は目隠しさんの体に起こっている異変を知っている風である。やがて目隠しさんはそっと私を離すと、人形の元へ一気に距離を詰めた。もうその手に情けや手加減など無い。一瞬で人形の目の前までやってきた目隠しさんは、そのまま無機質な体を掴んで抑えつけた。その動きの速さは、人形が慌てて髪を操ろうとすることすら追い付かないほどだった。


「ぐっ………!!!」


 魔物のような黒い手で捕らえられた人形は、最早指1本すら動かすことができない。みしみしと体が軋む音を立て、その表情を苦悶に歪める。


「わらわは………、わらわはただ………!」


 目隠しさんに食われるかというところで、人形の頭には走馬灯のように、過去の忌々しい記憶が蘇っていた。忘れかけていた………、いや、忘れようとしていた女の子の笑顔が、何故だか嫌に鮮明に浮かび上がって、何とも言えない気持ちが湧き出てくる。あの女の子との別れを経験してから、人形はずっと孤独の中で、寂しさと戦っていたのだ。そしていつしか、女の子と過ごした日々や感情が、全て恨みに飲み込まれて………。


「わらわはただ、ともだちが………ほしかった………」

「………人形さん………」

「ともだちを、まもりたかった…………」


 私の目には視える。人形を包んでいたどす黒いオーラのようなものが、徐々に綺麗な白い光へと変わっていく。そんな人形を見ていると、やはりとても憎む気にはなれなかった。彼女の攻撃によって、私も目隠しさんも九重さんも、九重さんの家族も危ない目にあったけれど………、人形もずっと独りで戦い続けていたんだ。自分への怒りや恨みと。1番憎くて仕方なかったのは、大切なものを守れなかった、自分自身、なんだよね………。


 すると、ずっと隣で静観していた九重さんが、突然人形に向かって歩き出した。私はそれを止めたりせず、そっと見守る。きっと今の人形なら、彼女を傷つけることはないだろう。


「人形さん」


 目隠しさんの手の中でぐったりする人形が、呼ばれて薄ら目を九重さんに向けた。無気力、無感情、諦め、そんなような表情を浮かべる人形に、九重さんがそっと手を差し伸べる。


「私と友達になってくださいませんか?」


 その瞬間、光がなかった人形の目が大きく見開かれた。今までも何度か、拾ってもらったことはあったものの、結局最後は大人に捨てられて、とぼとぼと露頭に迷う日々。それでもやはり、何度裏切られても、期待してしまう。友達、という人形にとって1番嬉しくて欲しいと願っているその手を、握ってしまいそうになる。


「………どうせ、またわらわを捨てるのじゃろう………」

「いいえ。もう………捨てませんわ。だって私、命の危険を冒してまであなたを迎えに来たのですわよ」

「…………ほんとに………?」

「何度もあなたを手放そうとして、ごめんなさい。でも………、絶対に捨てたりしませんわ。約束」


 一部始終を見つめていた目隠しさんが、人形を握る手を緩める。約束、と笑いかけて小指を差し出す九重さんに、そっと、小さな小さな人形の手が重なった。そのまま九重さんが小さな人形の体を優しく抱きしめる。2人は温かく優しい光に包まれた後、人形は九重さんの体にずぶずぶと飲み込まれていき、そのまま1つになった。目隠しさんが私に取り憑いた時と全く同じ状況だった。


「もしかしてあのフランス人形、九重さんに取り憑いた………?」

「………そうみたいだな………」

「私に、取り憑く………?」

「私でいう、目隠しさんみたいなものだよ。要は………守護霊的な?」


 全てを理解したわけではなさそうな九重さんだったが、確かに自分の中に人形の存在を感じているようで、胸に手を当てながら納得していた。こうして、人形との闘いは、まさかの九重さんに取り憑くという結果で幕を閉じたのである。


 一件落着、良かった良かったと胸を撫でおろしていると、周囲がボロボロと崩れ出した。そういえばここ、私の部屋に見えて鏡映しになっている霊界、なんだっけ。気付けばあんなにぐちゃぐちゃだった部屋は元通り、何事もなかったかのように静寂を取り戻していて、そこに似つかわしくない、ボロボロな私たち3人が放り出されていた。元の世界に、無事戻ってこれたんだ。


 窓にかかったカーテンの隙間から、明るい陽射しが溢れている。げ!と声を上げて慌てて時計を見ると、既に時計は朝の7時を指していて、戦っている間にすっかり日が昇ってしまったようだった。


「また私オールで学校行くの!?」

「そんな………。睡眠不足はお肌の敵なのに………」


 絶望に打ちひしがれる女子高生2人。このボロボロのパジャマもどう母親に説明しようか。


「………とりあえず、朝ごはんでも食べてく………?」


 呆然とする九重さんに、そう問いかける。九重さんは遠慮がちにも、「お言葉に甘えて………」と頷き、急遽我が家で朝食をふるまうこととなった。驚いたのは私の母親で、突然現れた九重さんに「友達呼んでたの!?」と急いでもう1人分の朝食を作っていた。それもそうだ。


 それにしても………。


(目隠しさんの腕………、なんだったんだろう………)


 トーストを口に入れたまま、ぼーっと昨晩の目隠しさんのことを思い出す。黒い魔物のような右腕は、先程こちらの世界に帰って来た時には既に元通りになっていて、目隠しさんもいつもと変わらぬ様子だった。それに、目隠しさんのその姿を見た人形の言葉も気になる。


(化怪………って言ってたっけ………)


 どうやら幽霊とは、まだまだ私たち人間には理解が及ばない存在であるようだ。

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