幽霊の手も借りたい
私は昔から、普通の人には見えないものが見えてしまう体質であった。街を歩けば幽霊とすれ違うなんて、日常茶飯事。だから、もう驚くこともなくなっていた。
けれど、幽霊と会話をするのはこれが初めてであった。
「ありがとう………幽霊さん」
「………俺の声が聞こえるのか」
幽霊騎士さんは、僅かに眉を寄せたように見えた。驚いているというより、私を値踏みしているみたいで………。少しだけ緊張する。
そして彼は、そのまま大した言葉も交わさずに立ち去ろうとした。私は慌てて叫ぶ。
「待って!!」
振り返った彼に、思い切って頼み込む。頼れるのは、この人しかいない。
「お願い、この廃墟を出るまで………私を運んで欲しいの」
忘れかけていたが、私の脚はかなりの怪我を負っていて、歩くことはおろか、立つことも難しかった。震える声で頼み込むと、彼はしばしば黙した後、冷ややかに言い放つ。
「ここに入ったのはお前自身だろう」
「………そ、そうだけど………」
至極真っ当な意見。しかし、それに納得する訳にもいかない。思わず食い下がったが、彼は淡々と私を見下ろすだけであった。ならば仕方ない、私はカバンから部誌を取り出し、必死に言葉を重ねる。
「私、オカルト研究部なんだ。この辺、最近インフルエンサーとかオカルト好きとかが忍び込んできて、騒がしいでしょ?」
「……………」
「だから、ここが本当に"出る"って証明できれば、冷やかしで来る人も減ると思って………」
ここでの実体験や写真なんかを学校新聞に取り上げて、噂を広めれば、また以前のような静かな廃墟に戻るかな、という安直な考えからの行動だった。決して私は、冷やかしで来た訳ではない。
私の話を聞いた彼は、少しだけ雰囲気が和らいだ気がした。畳み掛けるように、私の正直な気持ちも伝える。
「私、幽霊が怖くないの。むしろ………安らかに過ごして欲しいって思ってる」
ふと、画面の奥から息が溢れた。小さな溜息。そして、次の瞬間。
彼の腕が私の膝裏に回り、軽々と抱き上げられていた。
「えっ………」
冷たい体温が、制服越しに伝わる。けれど胸の奥は、逆に熱くなって息が詰まる。お伽話のお姫様みたいな姿勢で、私は幽霊騎士に抱きかかえられていた。
「………何を驚く。頼んだのはお前だろう」
「ほ、本当に………運んでくれるの………?」
彼はそっぽを向き、咳払いを1つ。どうやら肯定らしい。
「ありがとう!目隠しさん!!」
嬉しさのあまり、思わず首に腕を回す。硬直した彼の体から、微かな動揺が伝わってきた。
「………軽率なことはするな」
低い声が叱るように響く。けれど、その言葉の裏にあるのは怒りではなく、照れ隠し。そんな気がして、私は小さく笑ってしまった。
こうして私は、幽霊騎士の腕に抱かれながら、この廃墟からの脱出を目指すことになったのだった。




