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幽霊の手も借りたい

 私には幼い頃から、強い霊感があった。


 日常的に、そういった存在を認識できて、外を歩けば幽霊とすれ違うことなんて、日常茶飯事であった。それくらい、この世界には命亡き者が存在している。そしてそれらは、決してみんながみんな、私たち生者に対して危害を加えるような危険な存在ではなかった。ただじっとこちらを見つめているだけの者。しくしくとその場で泣いている者。きっと想いはそれぞれなのだろう。


 そうして私は、幽霊という存在に慣れていき、それを目の当たりにしても恐怖や驚きといった感情は抱かなくなっていった。幸い、まだ襲われたこともなく平和に高校2年生にもなれた。幽霊のことは視えるが、その者たちの魂を救うような特別な力は持っていないので、視えても決して特別に干渉したりはしない。同情したり、半端な気持ちで近づいたら取り憑かれる………というのは、幼馴染の子から口酸っぱく聞かされている。


 だから、そういった類の者と意思疎通を図るのは、これが初めてだった。私の前に立つ目隠しの男(通称)は、紛れもなく命亡き者。幽霊である。そして私はそんな幽霊に、命を救われたのだ。


「ありがとう………、えっと、幽霊さん」

「………俺の声が聞こえるのか」


 幽霊さん、と呼ばれた目隠しの男は、私が普通に会話をしてくることに対して疑問を投げかけてきたが、特に驚いている様子はなかった。霊感がある人は少なくはない。別に珍しいことでもなんでもないのだろう。そして目隠しさんは、私のお礼を聞くや否や、もう心配はいらないだろうと判断したのか、そのまますっと姿を消そうとした。しかし、それを私が慌てて止める。


「待って!!」


 咄嗟の私の叫びに、目隠しさんは再びその姿を現した。彼にとって、消えたり現れたりすることは自由自在のようだ。返事はしなかったが、まだ何か用か、と言いたげなその様子に、私はダメ元で懇願する。


「お願い!!この廃墟を出るまで、私のことを運んで!!」

「……………」

「頼れるの………、あなたしかいないの………。脚がこんな状態で………」


 先程まで恐怖でアドレナリンが出ていたせいなのか、まったく痛みを感じていなかった右脚が、ジクジクと鋭い痛みを感じるようになっていた。大した手当もしていないので、赤い鮮血がいまだに溢れて出てくる。すぐ命に関わるような怪我ではないが、流血のせいか貧血を起こしており、何よりも歩行が難しい状態であった。これでは1人でこの廃墟を出ることは困難だろう。


 それに………。


「ここ………、あなた以外にも誰かいるよね………?」


 恐る恐る問いかけた私の言葉に、目隠しさんは肯定の意味も込めてコクンと頷いた。さっきから感じる、異様な空気。嫌な気配。それは、私が幼い頃から何度も感じていた、霊感だ。ここには、何かいる。それも強大で恐ろしい何か………。今まで感じたことのない、凶悪な気配だった。


「お前が勝手に足を踏み入れたのだろう………。ここがそういう場所だというのは、お前も分かっていた筈だ………」

「それはそうなんだけど………!でも生きてる人間がいるとは思わないじゃない!」


 私の反論に、目隠しさんがぐっと押し黙る。分かってる。ここに命亡き者が沢山棲んでいることは、分かっている。分かっているからこそ、来たのだ。ある目的のために。


「これ!」


 傍らのスクールバッグを漁って、メモ帳を取り出す。可愛らしいピンクの表紙をぱらぱらと捲り、あるページを開いて目隠しさんの前に突き出した。彼はそれを興味深そうにのぞき込んだ。そこに書かれているのは、『激写!噂の心霊スポットの真実!』という大きな見出し。


「私、オカルト研究部に入ってるの」

「…………」

「ここ、最近噂になっててね。本物が出る、心霊スポットだって」


 ここは、私の学区内にある有名な廃墟だった。昔はマンションか何かの集合住宅だったらしいのだが、そこで殺人事件が起きて、事故物件となってしまったせいで住んでいた人たちはみな去っていき、そのまま放置されて廃墟となったのだ。住宅地や繁華街からは少し外れた場所に位置しているせいもあって雰囲気満点で、いつしかここは『幽霊が出る心霊スポット』として、有名になったのである。


「今じゃ県外からわざわざここへやってくるオカルト好きとか、冷やかし目的のインフルエンサーとかが多くってさ」

「………お前も冷やかしに来たというわけか。ならば尚更、何が起こっても自業自得というものだろう」

「わ、私は冷やかしじゃないよ!」


 ならば何故、という言葉を張り付けたような彼の眼差しが、私を見下ろす。綺麗事だと思われるかもしれないが、私はここに来た本当の意味、理由を、そのまま彼に伝えた。


「………その噂が本物だって証明できれば、そういう冷やかしとか、来なくなるかなって思ったの」

「……………」

「私、小さい頃からそういうの、視えるからさ。せめて、死んだ後くらいは安らかな、静かな時を過ごしてほしかったの。それがこの場所なら………、私たちみたいな生きている人間は近づくべきじゃないって………」


 だから、私はオカルト部の新聞記事にあえてここを取り上げることで、人を遠ざけようと思ったのだ。私の実体験付きなら余計に信ぴょう性も増して、少しは人払いができるのではないかと。しかし先程も言ったが、まさか生きている人間………凶悪な殺人犯がいるなんて思ってもいなかった為、この様である。


「でも………、逆に騒がせちゃったかな………。ごめんね。あなたが助けてくれて、本当に助かったよ………」

「…………」

「やっぱり幽霊って、悪い子ばっかりじゃないよね。私、あなたたちのこと、全然怖くないんだ」


 まあ急に出てこられたりしたらびっくりはするけどね!と笑って見せる。目隠しさんはずっと何も言わなかったけれど、ちゃんと私の話を聞いてはくれているようだった。目が隠れているせいか、彼が何を考えているのか、何を思っているのか、それはあまり伝わってはこないけれど………、私を助けてくれたし、なんとなく彼が纏っている雰囲気も優しくて………いい幽霊さんな気がする。確証はないけれど。


 そうして、私と目隠しさんの間に何とも言いようのない雰囲気が流れ、私の乾いた笑いも段々と静まった頃。目隠しさんは小さく溜息をついた後、痺れを切らしたように私の前に跪いた。そしてあっという間に、彼は私の膝裏に腕を通し、軽々と抱き上げたのだった。まるで、絵本に出てくる王子様とお姫様のワンシーンのように。その一連の動作はスマートで、紳士的で………。


「えっ………」

「………何を驚いている。運んでくれと頼んだのはお前だろう」

「は………、運んでくれるの………?」


 彼は、そんな私からのまっすぐな目から、照れくさそうに顔を背けた。罰が悪そうに、必要のない咳払いをして誤魔化している。私がここに来た理由を知って、気持ちが変わってくれたのだろうか。どうやら目隠しさんは、この廃墟の外までこうして私のことを運んでくれるらしい。


「ありがとう目隠しさんっ!優しい!」

「………!?」


 嬉しさの余り、私はがばりと彼の首元に腕を回して抱き着いた。その時の目隠しさんの表情は下から見えなかったけど、驚きで体が硬直しているのを感じた。そして何故か怒りを含めながら、『軽率なことはするな』と淡々と怒られた。やっぱり、照れてるのかな。


 こうして私は何とか目隠しさんの協力を得て、この廃墟からの脱出を試みることとなったのだ。

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