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髪は女の命

 九重さんの家を連続で襲った不幸。それは全て、やはりこのフランス人形のせいであった。九重一家全員を殺して食べてやろうと企てた彼女が、髪の毛で操って事故に見せかけて殺そうとしたり、己を燃やそうとした九重さんの父親を、髪の毛を使って逆に燃やし返したりしたのだ。やはり九重さんが感じ取っていた人形への不気味な感覚は正しかったということか。そして今、私たちも人形の魔の手に囚われている。


「どうする小僧。お主、その娘を傷付けることができんのだろう。まるでお姫様を守る騎士のようじゃなぁ、何とロマンチックな事よ」


 人形は既に私と目隠しさんの関係を察しているようだった。私を操って、目隠しさんを襲おうとしている。それが分かっているのに、私は自分の体を抑えることができない。人形がまた指をクイ、と上げると、私の体は人形の思うままに動き出す。徐ろに机の引き出しを上け、カッターナイフを取り出した。それで何をしようとしているのか、簡単に想像が付く。


「嫌だ………っ、目隠しさん逃げて………!!」


 カチカチ、と音を立てて光り輝く刃が頭を覗かせる。私の気持ちとは裏腹に体は止まらず、震える手でカッターを目隠しさんに向けた。私がこの手で目隠しさんのことを傷付けてしまうことを考えると、胸が張り裂けそうになって、泣きそうな情けない声で、ただ彼に「逃げて」と伝える。しかし目隠しさんは決して、私に背を向けようとはしない。


「どうする。娘を殺さなければ、お主が死ぬぞ!」


 楽しそうな人形の合図で、私は一直線に目隠しさん目掛けて距離を詰める。何度もカッターを振り落とし、容赦なく目隠しさんを切り付けようとするが、目隠しさんはやはり私相手に手荒な真似ができないのか、避けるだけで何もできずにいた。


「遠慮しなくていいから!!もう私のこと殴って!!」


 それでもやっぱり目隠しさんは、私に手を上げない。この際多少の痛みは我慢するので、一発殴って気絶でもさせてくれないかと思ったが、もしあの人形が意識を失った私のことすら操れるのだとしたら、それも無意味なのかもしれない。目隠しさんが必死に私からの猛攻を避ける中、それを観戦していた人形が新たな手を投じる。人形から伸びた新たな髪が、拘束するように目隠しさんの手足を掴み、身動きを封じたのだ。


「…………っ!?」

「目隠しさん!!!」


 私の叫びも虚しく、動けなくなった目隠しさんの腹に、ズブリと私が握りしめているカッターが突き刺さった。刺した感触が手に伝わって、私の顔は一気に青ざめていく。私が目隠しさんを刺した光景に満足したのか、一瞬髪の操りが緩められて、慌ててカッターを引き抜く。


「やだ………っ、やだ………目隠しさん………!」

「………この程度何ともない………」


 泣きそうになりながら駆け寄る私を気遣ってくれているのか、目隠しさんはそう強がってみせたが、口の端からは赤いような、黒いような血が垂れている。まだカッターだったので致命傷まではいかなかったようだが、確実にダメージは受けているだろう。


「ごめん………、目隠しさん………ごめんね………!」


 涙ぐむ私の謝罪を、目隠しさんは静かに聞いた後、自分の手足を拘束する髪の毛を焼き消した。自由になった手でそっと頭を撫でてくれる。私がハッとして顔を上げると、人形を見据える目隠しさんの横顔があって、


「………恋白がやったことではない」


 そうハッキリと言ってくれた。痛い思いをした筈なのに………。私のこと、気持ちの面でもまた守ってくれようとしてる。それに………。


(目隠しさん………、怒ってる)


 感情表現が殆どない目隠しさんだが、私には何となく分かる。今の雰囲気、目隠しさん、多分あの人形に怒ってる。ぺっ、と口の中の血を吐き出して、腹を押さえながら人形に向き直る目隠しさんからは、はっきりと怒りのオーラを感じた。


「やはり………わらわの手の内を明かした以上、小僧の体は操れんようじゃの………」


 目隠しさんを拘束していた髪の毛は、呆気なく燃やされてしまいつまらなそうに呟く人形は、こちらに向かって鎌を振りかぶってくる目隠しさんを真っ直ぐ捉えていた。体は所詮人形だ、髪の毛は厄介ではあるものの、本体の動きや戦闘力は高くなさそうである。距離を詰めれば或いは………、と期待したところで、またしても私の体がグンと引っ張られる。


 そして人形は、まるで私を盾にするかのように、自分と目隠しさんの間に私の体を投げ込んだのだ。咄嗟に目隠しさんが鎌を引っ込め、私の体を受け止めてくれたことで、真っ二つに切られずに済んだ。私と目隠しさんは、そのまま床に勢いよく雪崩れ込む。


「ご、ごめん…………目隠しさん大丈夫………!?」

「………平気だ」

「小僧。お主はわらわに指一本触れることができんぞ。その小娘がいる限りな」


 ………私が足を引っ張っている。その事実に、申し訳なさと悔しさを感じて、怒りのままに人形を睨み付けた。私がいなければ、多分目隠しさんなら勝てる。というか、既に勝てていたかもしれない。


(私が何とかしなくちゃ………)


 辺りを見回す。これ以上足を引っ張る訳にはいかない。何か、何かこの状況を打開できるような………、人形の弱点はないのか。それを探すように、部屋中に張られた髪の毛を見渡していると、何かを企む気配に勘付いた人形が慌てて手を上げた。


 ふわりと浮く私の体は、そのまま本棚に勢いよくぶつけられ、床に散らばる本と共に倒れ込む。背中を強打したせいで、嫌な咳が込み上げてきた。


「恋白!!」


 こちらに駆け寄ろうとした目隠しさんを手で制し、ゆっくり呼吸をする。体を打ったには打ったが、命に別状はない。大丈夫だと告げる私のジェスチャーに、目隠しさんの意識は再び人形に向けられた。


「貴様……………」

「あの娘が、人間の分際で良からぬ事を考えたせいじゃろう?」


 さあ早くわらわを切ってみろ、と嘲笑う人形は既に勝ち誇っていて、敢えて殺さずに苦しむ私たちを見て楽しんでいるかのような、そんな残酷さすら垣間見える。その笑い声が余計に神経を逆撫でしていく。痛む体を押さえながらゆっくり起き上がると、視界の端に、本に紛れてライターが落ちているのに気が付いた。


(これ………、まつ毛上げるのに竹串炙ってたライター!)


 数日前にライターを無くして、いよいよ面倒になったのでホットビューラーを買ってから、そのまま無くした事を放置していたライターだ。多分メイクの途中で何か別のことをしたか、母親に呼ばれたか何かで適当に本棚にポンと置いて、忘れていたのだろう。それが今さら出てくるなんて。


(あの人形の髪の毛………、目隠しさんの炎でよく燃えてたし、多分火が弱点の筈………!)


 自分にも繋がっている髪の毛を燃やせば、私も多少服が焼けるなり、火傷を負うなりする危険を伴う。しかし命と目隠しさんの安全を考えれば、天秤にかけたって安いものだ。私に迷いはなかった。


「さあ、早くわらわを斬らんのか。その立派な鎌で」

「………………」


 幸い、人形と目隠しさんはお互いに睨み合っていて、私の事に気付いていない。今がチャンスだ。手に持ったライターを構えて、カチッと指に力を入れる。煌めく小さな炎が、ぼんやりと3つの影を部屋に落としたところで、人形と目隠しさんの視線がこちらに向いた。


「アンタ、人間舐めてたら痛い目見るわよ!」

「小娘、貴様!!!」


 そして私は躊躇うことなく、自分の体から伸びる髪の毛にライターを近付け、火を付けた。これが反逆の狼煙になることを祈りながら。

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